解説者のプロフィール
口腔内の状態が改善して 血糖値が下がる例は多い
昭和の時代から、歯科医師の間では、「糖尿病の人は歯周病になりやすく、治りにくい」といわれていました。
最近になって、「歯周病の治療をすると、糖尿病が改善に向かう」という報告が多く上がり始め、さらに、「歯周病の人は糖尿病になりやすい」ということも、わかってきたのです。
歯周病になると、炎症を起こした組織から炎症性サイトカインという物質が産生され、歯茎の毛細血管から血液中に入り込みます。
そして、血糖値を下げるインスリンというホルモンの働きを阻害し、糖尿病を発症・悪化させるのです。
実際、歯周病の患者さんは、健康な人に比べて2倍以上も糖尿病になりやすいといわれます。
口腔内を清潔にする目的は、歯や歯茎の健康を守ることだけではありません。
病気にかかる危険性を減らし、全身の健康を守ることにもつながるのです。
私は歯科医師なので、全身の病気を判断する立場ではありません。
しかし、口腔内の状態が改善することで、血圧や血糖値が基準値まで降下する例を、数多く見てきました。
ここで注意していただきたいのが、口腔ケアの内容です。
皆さんは「歯磨きをしていればOK」と思っていませんか?
「歯をきれいにする」ということは、食べかすを取り除くことではありません。
細菌の塊かたまりである「歯垢」を除去することです。
もちろん、食べかすを取り除けば、歯垢のえさになる糖類を減らすことになります。
ですから、全く無意味ではありませんが、歯垢を取り除く最善の方法とはいえません。
まず、「食後すぐの歯磨きが正しい口腔ケア」という認識を、改めてください。
歯は、糖質を含む物を飲食したあと、やわらかくなります。
やわらかくなった歯の表面を修復するのが、唾液なのです。
食後すぐに歯磨きをすると、歯ブラシで歯が削られ、唾液は歯磨き剤といっしょに口の外に出てしまい、かえって虫歯を作ることになります。
歯垢を取るケアの基本は 歯ブラシではなくフロス
唾液には、抗菌作用(歯周病菌の増殖を抑える)、pH調整作用(飲食後、酸性に傾いた口内を中性に戻して虫歯を防ぐ)、洗浄作用(口臭の原因である歯垢の増殖を抑える)など、さまざまな役割があります。
毎食すぐに歯磨きをすると、唾液のこうした恩恵を受けられません。
歯の健康を守るどころか、虫歯や歯周病、口臭の原因となるのです。
口腔内の健康を保つには、歯磨き剤をつけた歯ブラシで歯をこするのではなく、デンタルフロス(歯間清掃用の糸)や歯間ブラシを使って、歯と歯の間の歯垢や食べかすを取り除くと同時に、唾液の通り道を作ることが重要です。
歯垢は、食後すぐにできるわけではありません。
糖質を含んだ飲食をしたあと、約24時間で作られるといわれます。
そして、歯垢がいちばんできやすいのは、睡眠中です。睡眠中は唾液がほとんど出ないからです。
そう考えると、歯垢除去は、夜寝る前と、朝起きたときに行うのがよいということになります。
歯科で指導を受けている人は、その指示に従ってください。
ここでは、プロの指導を受けていない人に向けて、歯垢を効率よく取り除き、唾液を十分に出して口腔内に行き渡らせる方法を紹介します。
❶起床後、デンタルフロスを歯間に通し、口をすすぐ。
❷歯磨き剤をつけない歯ブラシで、歯を磨き、口をすすぐ。
❸朝食後、デンタルフロスで食べかすを取り、口をすすぐ。舌回し(後述、下図)で唾液を出す。
❹昼食後、夕食後も、デンタルフロスと舌回しを行う。
❺就寝直前に、デンタルフロスと、歯磨き剤をつけない歯ブラシで歯磨きをする。
デンタルフロスが基本で、歯ブラシは補助的な存在です。
外出時に持ち歩くのは歯ブラシではなく、デンタルフロスにしてください。
最後に、舌回しのやり方を説明しましょう。
❶口を閉じて、舌を、上唇と歯茎の間に入れる。
❷口を閉じたまま、歯茎の外側をなぞるように舌を回す。
上中央→上右奥→下右奥→下中央→下左奥→上左奥→上中央と、約3秒かけて1周する。
これを10回くり返す。
❸反対回しも同様に10回行う。
舌回しは、食後に行うことで唾液の分泌を促すのが目的ですが、食前に行うと食べ過ぎの予防にもなります。食事制限をしている糖尿病のかたは、食前と食後に舌回しを行うとよいでしょう。
糖尿病を防ぎ、改善する口腔ケア

森 昭
大阪歯科大学卒業後、勤務医期間を経て、1995年に竹屋町森歯科クリニックを開院。2007年、MDE(メディカル&デンタルエステ)協会を設立し、唾液分泌を促進する予防歯科の普及に努める。『脳卒中で死にたくなければアゴを押しなさい』(マガジンハウス)、『歯はみがいてはいけない』(講談社)など著書多数。
●竹屋町森歯科クリニック
http://morishika.main.jp/