精神疾患が原因でない不眠によく効く「失眠」
私たちの病院にも、不眠に悩む患者さんが、おおぜいいらっしゃいます。
不眠を治療する際に、私たち鍼灸治療の専門家が、よく用いるツボがあります。
それが、足裏のかかとのふくらみ部分の中央にある、「失眠」です。
眠りが失われたとき、つまり不眠のときに有効というのが、その名称の由来です。
失眠は、ツボのなかでも奇穴に分類されます。
奇穴について少し説明しておきましょう。
東洋医学では、生命エネルギーの一種である「気」の流れを整えることで、さまざまな病気・症状を解消します。
この気の通り道とされているのが、経絡です。
経絡に沿って存在するツボを、適切に刺激することで、気の流れがよくなり、病気は快方に向かいます。
正穴と呼ばれる361種類のツボは、世界保健機関(WHO)により、標準のツボとして認められています。
ところが、奇穴というのは、それに属さないツボです。
経絡の流れに関係なく、単独で存在し、特定の症状に対して、即効性があります。
いわば、特効ツボというわけです。
数多く存在する奇穴ですが、東洋医学の長い歴史において、現代まで伝えられ、使われてきたということが、その有効性の証といえるでしょう。
失眠も、そうした奇穴の一つなのです。
私たちが治療する際には、不眠に悩む患者さんの失眠に、鍼やお灸をします。
すると、不眠を訴えていたのに、気持ちがいいのか、その場で眠ってしまう人もいるのです。
精神疾患が主な原因でない不眠には、よく効きます。
効くという実感があるのでしょう、患者さんのほうから、「今日は、失眠にはお灸をしないのですか」とリクエストされることもしばしばです。
そこで、皆さんも、この失眠を上手に刺激して、不眠対策に活用してはいかがでしょうか。
私たちの病院でも、治療の間隔が空く患者さんには、来院できない間の家庭療法として、勧めています。
刺激の痛みが和らぐと不眠も改善していく
失眠への刺激を自分で行う場合、お灸は適しません。
かかとは皮膚が厚く熱さを感じにくいため、ヤケドを起こすおそれがあるのと、家庭用のお灸では効果に限界があるからです。
家庭で行うなら、イスに座った状態で、かかとの下にボールを置くのが、最も簡単で効果的な方法だと思います(やり方は、下の図解を参照)。
使うボールは、ソフトボール用の球が最適です。スポーツ用品店などで、一つ1000円程度で購入できます。
ソフトボールを勧めるのは、自分で試して比較検討した結果です。
テニスボールだとやわらかく、ツボに刺激が届かないという難点に加え、圧力で破裂するおそれがあります。
ゴルフボールだとサイズが小さいので、刺激が1点に強く伝わってしまいます。
同様に、いわゆるツボ押し用の指圧棒も、ピンポイントで押すため、ツボに刺激が届く前に表層で痛みが起こります。
そのため、お勧めできません。
ゆるい曲面で押すことで、刺激がツボの受容器(刺激に対して最初に応答する細胞)に適切に届き、効果が現れるのです。
その点からいえば、ソフトボールが手に入らない場合は、青竹踏みを利用して、かかとを中心に踏んでもいいでしょう。
イスに座ってボールにかかとをのせ、少し重さをかけると、特に不眠に悩む人は、痛みを感じる箇所があると思います。
そこが、刺激するポイントです。
というのも、ツボは治療に使えると同時に、診察にも活用できるからです。
体に病的な異常が出ている場合、基本的に、その症状に対応したツボの知覚が過敏になったり、痛みを生じたりします。
痛いところは悪いところ、というわけです。
力加減については、ギュウギュウ押すのは禁物。
あまり力を入れずに、軽く押す程度で十分です。
強く刺激して、かかとに痛みを感じると、自律神経のうちの副交感神経(体をリラックスモードに導く神経)が緊張し、かえって眠りにつきにくくなるからです。
刺激するタイミングは、昼間でもよいのですが、就寝の2〜3時間前に行うと効果的です。
また、夜、入浴前に行うのもお勧めです。
もし痛みが出ても、そのあとに入浴して血行がよくなれば、痛みが散るので、もみ返しを防ぐことができます。
失眠を刺激すると、最初は痛みを感じた人も、毎日行っているうちに、痛みが和らいでくるはずです。
それとともに、不眠も改善するでしょう。
失眠は、通常、押したときにしか痛みを感じません。
何もしていないのに、歩いているだけでかかとに痛みが出る人は、別の疾患が隠れている可能性があります。
そうした場合は、かかとへの刺激は控え、一度整形外科などを受診してください。
特効ツボ「失眠」の刺激の仕方
