日本の食文化の根っこを支えているもの。それは「麹」

現代によみがえった万能調味料

創業320年の糀屋本店。現在の建物は150年前に建てられたもの。なお「糀」は米麹のことで、出来上がりの状態が、米に花が咲いたように見えることから。

日本の食文化の根っこを支えているもの。それは、「麹」ではないでしょうか。
みそもしょうゆもみりんも日本酒も、麹なしでは作れません。しかし、みそが家庭で手作りされなくなり、麹は日本人の日常からすっかり影を潜めてしまいました。
そんな麹を使った調味料が、今ブームを呼んでいます。それは、「塩麹」。料理がなんでもおいしくなると、インターネット上のレシピ投稿サイト「クックパッド」で大人気。そこで、塩麹を手作りから指導し、その普及に努める大分県佐伯市の麹専門店「糀屋本店」を訪ねました。
佐伯市の中心部にある糀屋本店は、元禄2年(1689年)創業の老舗。店のたたずまいが、長い歴史を感じさせます。
「店は150年前の大火で建て替えましたが、麹を作っている土室は焼けずに残っています。この土室で、320年前から変わらずに麹を仕込んでいるんですよ」と、糀屋本店女将の浅利妙峰さんが、土室に案内してくれました。
麹(米麹)は、蒸したうるち米に麹菌をまき、土室で寝かせて作ります。よい麹を作るには、温度と湿度の管理がとても大事だそうですが、土室が湿度を自然にコントロールしてくれるのだそうです。
こうして麹を作っている麹専門店は、今やすっかり数が減ってしまいました。かつては佐伯市内に5軒あった麹屋も、今は糀屋本店のみ。全国でも、大小合わせて1200軒ほどしかないそうです。
「日本の食文化は、麹などを代表とする発酵食品が支えています。家庭で麹を使って作る手作りの文化を途絶えさせたくない。そんな危機感から、麹の可能性をもっと多くの人に発信しなければと思って製品化したのが、塩麹なんですよ」と妙峰さん。
塩麹は、江戸時代の文献にも載っている古いものです。これまでは知る人も少なかったのですが、おいしさや使い勝手のよさがじわじわと広がっています。
「塩麹は、麹、塩、水だけで簡単に作れるので、ぜひ手作りしてほしいですね。本当に便利ですよ」(妙峰さん)
糀屋本店の塩麹を、ひとなめしてみました。最初に塩辛さが舌にピリリときますが、それはすぐに引き、後に、麹のほのかな甘味が残ります。塩だけの塩辛さではない、絶妙なうま味がありました。

320年前に作られた土室で寝かせて麹を作る
素材のうま味を引き出し減塩もできる
妙峰さんは、塩麹を使った料理レシピを開発し、料理教室で教えています。
「これを使うと、料理の腕は変わらなくても、味は2段階アップします。素材のうま味が引き出されるから、誰が作ってもおいしくなります」(妙峰さん)
この秘密は、麹菌にあります。麹菌から産生される酵素が、でんぷんをブドウ糖に、たんぱく質をアミノ酸に、脂肪を脂肪酸とグリセリンに分解します。その過程で、素材のうま味が引き出されるのです。
「しょうゆやみそは日本料理には合いますが、中華料理や西洋料理には限界があるでしょ。でも、塩麹は世界中の料理に使えるんです。塩は万国共通の調味料ですから」(妙峰さん)
さらにうれしいのは、塩麹なら減塩ができることです。塩麹は、麹と塩と水を混ぜて作りますが、塩の割合は全体の8分の1。塩の2倍入れても、塩分は4分の1に抑えられます。それでも塩味は十分感じられるので、結果として減塩になるのです。
「料理に使うときの黄金比率は、素材の重さに対して10%の塩麹です」と言って、妙峰さんが塩麹を使った料理を振る舞ってくれました。イカの塩麹和え、アクアパッツァ、鶏とキビナゴの唐揚げ、そしてピザパイなど。
どれも調味料は塩麹だけ。味付けは極めてシンプルです。しかし、食べてみてビックリ! とても、塩麹だけで作ったとは思えない、深みのあるおいしさです。
「しょうゆと砂糖で味付けすると、みんな同じ味になってしまうけど、塩麹ならそれぞれの料理の味になるんです。だから、イタリアンにも中華にも合うんですよ」(妙峰さん)
塩麹は、まさに万能調味料。これ一つあれば、食卓はぐんと豊かになりそうです。
塩麹は、麹、塩、水だけで簡単に作れる

材料は麹と塩と水だけ。塩麹作りにチャレンジ!
イタリアンにも中華にも合う塩麴


塩麹と甘酒で生地を作ったピザ。もちもち食感で美味!
解説者のプロフィール

浅利妙峰
糀屋本店女将。麹の素晴らしさを多くの人に知ってもらい、次の世代へと伝えていくために、麹を使った調味料やレシピの考案、料理教室などを精力的に行う「こうじ屋ウーマン」。近著に『浅利妙峰が伝える初めての糀料理』(西日本新聞社)