解説者のプロフィール
歩行運動で透析療法を2年先延ばしできた!
私たちは、20年以上前から、慢性腎臓病(CKD)と運動の関係を研究してきました。
かつては、運動すると尿たんぱくが増え、腎機能が悪化するといわれていました。
ですから、慢性腎臓病の患者さんは、安静第一で、運動はあまり奨励されていませんでした。
しかし、ほんとうにそうなのだろうか─。
そんな素朴な疑問が、研究の出発点でした。
私たちが最初に行ったのは、ネズミを使った実験でした。
末期腎不全のネズミを運動させたところ、強い運動をしても尿たんぱくは増えず、腎機能も悪化していませんでした。
むしろ、運動していないネズミと比べ、腎臓の組織は若返っていたのです。
この論文を発表してから、日本でも徐々に、慢性腎臓病に対する運動の大切さが理解されるようになってきました。
慢性腎臓病が進行すると、やがて腎臓が機能しない「腎死」の状態になり、透析療法を受けることになります。
しかし、それ以前に注意が必要なのが、心筋梗塞や狭心症、脳卒中といった心血管疾患です。
心血管疾患は、慢性腎臓病が進行するにつれて加速度的に発症が増え、末期腎不全になると死亡率が腎死をはるかに上回ります。
つまり、透析療法を受ける前に、心筋梗塞や脳卒中などで多くの人が亡くなっているのです。
このような背景には、「運動不足」があります。
慢性腎臓病で安静にしていると、筋力が衰えて血流が滞り、動脈硬化を起こしやすくなります。
そのため、心筋梗塞や脳卒中の発症リスクが高まるのです。
それを防ぐためにも運動が必要です。
実際に運動をすると、腎機能が改善したり、透析療法への移行を遅らせたりする効果があります。
それを実証する研究が、相次いで発表されています。
例えば、次のような結果が出ています。
慢性腎不全の保存期(透析前段階)の患者さん18人を無作為に2群に分けます。
1群(10人)は通常の治療のみ、2群(8人)は2年め(12ヵ月後)から、週3回・1日40分の有酸素運動を取り入れました。
すると、1群の腎機能は低下する一方でしたが、2群は運動を導入した2年め以降、有意に腎機能(GFR)が改善したのです(下のグラフ参照)。

台湾で行われた、慢性腎臓病の保存期の患者さんによる臨床試験では、ウォーキングを行った群は、行わなかった群よりも、透析療法への移行が2年ほど先延ばしできました。
さらに、10年後の死亡率も大幅に下がることが判明しました。
透析患者にも有効!心身ともに元気になる!
このように、慢性腎不全になっても、適度な運動を定期的に行えば、腎機能が改善したり、透析を先延ばしできたりするのです。
もっと早くから運動療法を行えば、透析療法への移行を免れる可能性もあります。
このことは、患者さんの生活の質の向上だけでなく、医療費の削減にもつながります。
運動療法は、すでに透析療法を受けている患者さんにも有効です。
私たちは2005年から、透析患者さんに、透析中のリハビリ(運動療法)を行ってきました。
透析療法は、通常4~5時間かかります。
その前半2時間以内に30~60分リハビリを行うと、心臓の働きがよくなったり、透析療法の効率が上がったりします。
また、筋力がついて日常の活動性が高くなり、元気になります。
寿命が延びるという研究報告もあります。
私の透析患者さんのなかには、心身ともに元気になり、社交ダンスを始めたという女性もいました。
腎臓病の患者さんに運動療法を中心としたリハビリを行うことを「腎臓リハビリテーション」といいます。
腎臓リハビリを行うと、これまで紹介してきた効果のほかにも、さまざまな効果・効能がもたらされます。
主なものを挙げると、持久力や心肺機能の向上、筋力の増強、糖尿病や脂質異常症の改善、心筋梗塞や脳卒中の予防、不安やうつの解消、生活の質の向上などがあり、運動には計り知れないメリットがあります。
2016年4月から、透析患者さんがリハビリをした場合、糖尿病性腎症に限って、健康保険が適用されるようになりました。
ネズミの実験を始めてから20年、ようやく私たちの研究の成果が一つの形になりました。
足の筋力を鍛えれば酸素を多く取り込める!
慢性腎臓病の患者さんに指導している運動療法は、有酸素運動とレジスタンス運動(筋力トレーニング)です。
ただし、筋力トレーニングを行う場合は、耐えられる運動量が個別に異なるので、医師の指導のもとで行ってください。
ここでは、私たちが考案した腎臓体操(準備体操)と、有酸素運動をご紹介しましょう。
腎臓体操は、運動を始める前や運動後に行ってほしい四つの簡単な体操です(下の図参照)。

一つひとつの動きを10~15秒かけてゆっくり行います。
リラックスした状態で、体を動かす範囲をできるだけ広げるつもりで行いましょう。
有酸素運動なら、ウォーキングや自転車こぎ(エルゴメーター)などがお勧めです。
足を使って筋力を鍛えると、血流がよくなって酸素の取り込み量が多くなります。
この酸素の取り込み量が、寿命の長さを決めます。
慢性腎不全の患者さんにとって、足を鍛えることは大事なことです。
ウォーキングは、速足で歩く必要はありません。
息が上がらない程度の速度でかまいません。
最初は5~10分の短い時間から始め、少しずつ歩く時間や距離を延ばします。
1日20~60分間、週に3~5日を目標に行いましょう。
最近は、透析中のリハビリを行える医療施設が少しずつ増えています。
日本腎臓リハビリテーション学会のホームページの「施設会員」を参考にするといいでしょう。
なお、急性の腎臓病や、慢性腎臓病でも急に悪化した人、ネフローゼ症候群で尿たんぱくが多くむくみのある人は、腎臓を悪化させる危険性があるので、運動は控えてください。
上月正博
1981年、東北大学医学部卒業。
東北大学大学院医学系研究科障害科学専攻機能医科講座内部障害分野教授、東北大学病院リハビリテーション部長、同内部障害リハビリテーション科長。日本腎臓リハビリテーション学会理事長。日本リハビリテーション医学会理事。医学博士。著書に『「安静」が危ない!1日で2歳も老化する!「らくらく運動療法」が病気を防ぐ!治す!』(さくら舎)など多数。
●日本腎臓リハビリテーション学会
https://jsrr.jimdo.com/