解説者のプロフィール
夜中にひどいセキが出て目が覚めてしまったり、運動をすると呼吸がゼーゼーと息苦しくなったり……その症状は、ぜんそくかもしれません。
子どもの病気(小児ぜんそく)のイメージが強いかもしれませんが、近年では大人になってから発症する患者さんが増えています。成人のぜんそくは治りにくく、重症化しやすい傾向があるとされています。
そうした中、2015年に保険適応となった新しい治療法として注目されているのが「気管支サーモプラスティ(BT)治療」です。この治療を国内で早くから実施してきた、聖マリアンナ医科大学呼吸器内科の峯下昌道先生にお話をうかがいました。
ぜんそくの患者数は年々増加している
──まず、ぜんそくはどのようにして起こるのでしょうか?
峯下 ぜんそくは、主にアレルギーによって気管・気管支の表面に炎症が起こることから生じる病気です。炎症があると、気道の上皮(いちばん表面の粘膜)がはがれ落ち、刺激に対して敏感になります。そこに刺激が加わることで気道(空気の通り道)を取り囲む平滑筋が縮み、気道が狭くなってしまいます。そのために呼吸が苦しくなり、息をするたびにゼーゼー、ヒューヒューといったり、激しくセキ込んだりといった症状が現れます。
激しい症状(ぜんそく発作)が起こると、呼吸ができなくなり、死にいたることもあります。治療薬の進歩で、昔と比べ、ぜんそくの発作死はだいぶ減りましたが、それでも年間に1500例ほどはあります。
また、ぜんそくの患者数は年々増えており、治療を受けている人で100万人以上、治療を受けていない潜在的な患者さんはその何倍もいると考えられています。患者数増加の理由は明らかにはなっていませんが、環境中のアレルギーの原因物質の増加や、ストレスの影響などが背景にあると考えられています。
小児のぜんそくは大人になるまでに治ることも多いのですが、だいたい3割くらいの患者さんが治らず、持ち越してしまいます。また、いったんは治っても、時間がたって再発するケースもあります。最近は成人になってから発症するぜんそくも増えており、40~60歳代で初めて発症するケースもめずらしくありません。
投薬治療で約8割の患者は症状が改善
──ぜんそくの治療はどのように行われるのですか?
峯下 ぜんそく発作を防ぐには、アレルゲン(アレルギーの原因物質)などの誘因が特定でき、生活環境から完全に除去できればいいのですが、そう簡単にはいきません。ダニ、ハウスダスト、花粉、カビ、などが主な誘因として知られますが、実際にはどれか一つではなく、さまざまな誘因がからみ合い、発作が起こるケースがほとんどです。
こうした誘因をなるべく遠ざけるとともに、症状をコントロールするための治療を行います。
基本となるのは、炎症を抑える効果のある吸入ステロイド薬です。症状の程度によって、ステロイドの用量を変えていきます。また最近は、気道を広げて呼吸をらくにする薬(長時間作用性β2刺激薬)がいっしょに吸入できる配合剤もよく使用されます。
症状のコントロールが良好な状態が一定期間続けば、医師の判断の上で薬を減らしていき、最終的には、発作が起こらず、健康な人と変わらずに生活できる状態を目指します。
一方、ぜんそく発作が起こったときは、それを鎮めることが最優先で、狭くなった気道をすみやかに広げる薬(短時間作用性吸入β2刺激薬)などを用います。
ぜんそくの主な治療法

通常こうした治療で、8割くらいの患者さんはあまりひどい症状に悩まされずに日常生活を送れます。しかし、改善が見られない患者さんも2割程度います。
そうした重症患者さんに対して、最近は「生物学的製剤」と呼ばれる薬が用いられるようになりました。簡単に言うと、過剰なアレルギー反応によって炎症が起こらないように、免疫細胞や抗体(病原体などの異物を体内から排除するためにつくられる物質)の働きを阻害する薬です。
また、薬物治療以外の新しいぜんそく治療法として登場したのが「気管支サーモプラスティ(以下、BT治療と呼ぶ)」です。
気管支内を65℃の温度で温めて平滑筋を薄くする
──どんな治療なのでしょうか?
峯下 内視鏡を気管支に入れ、65℃の温度で気管支の内側を温めることによって、平滑筋を薄くし、気道を狭める動きを弱める治療です。
前述したように、気道を取り囲む平滑筋が縮み、気道が狭くなることが、ぜんそくの症状を引き起こします。ところが、実はこの平滑筋はなんのためにあるのか、現時点では必要性がわからないのです。
おそらく進化の過程ではなんらかの機能を担っていたのが、今の人類には不要となったのではないかと考えられています。
ぜんそくの症状を引き起こす原因となる平滑筋の働きを弱めるというのが、BT治療の根本的な発想です。
その方法が研究された結果、65℃の温度で温めると、体への負担も少なく、平滑筋が薄くなり、収縮する働きが弱まることがわかりました。すると、刺激を受けても気管支が狭くなりにくいので、ぜんそく症状が抑えられるわけです。
BT治療は、日本では2015年に保険適応になった新しい治療ですが、世界ですでに4000例以上も実施されています。
海外のデータでは、治療1年後に79%の患者でぜんそくに関連したQOL(生活の質)の改善が認められ、重度のぜんそく発作が32%減少、ぜんそくによる救急外来受診が84%減少したと報告されています。また、その後5年間にわたり、こうした治療効果が持続することも確認されています。
──治療はどのように行われるのですか?
峯下 まず、BT治療の対象となるのは、通常の投薬治療では症状がコントロールできない、18歳以上の重症ぜんそくの患者さんに限ります。
ただ、ペースメーカーなどの植え込み型医用電気機器を使用しているかたや、血液凝固障害(出血が止まりにくい、または血栓ができやすい)の疑いがあるかたなど、BT治療を受けられない場合もあります。
3回の治療を3週間以上間隔を空けて行う

治療の流れは図をご参照ください。
まず、全身あるいは局所麻酔をしたうえで、口から気管支内に内視鏡を入れます。内視鏡の先端から電極のついたカテーテル(医療用の細い管)を出し、気管支の内側を温めていきます。
この電極は広げたときで3mmほどの大きさです。ここから高周波電流を10秒間流し、65℃に温めます。1ヵ所を終えたら、少し電極をずらし、また次の場所といったぐあいに、数十カ所を温めます。気管支は先端に行くほど枝分かれした複雑な構造なので、映像を確認しながら行います。
気管支には痛みを感じる神経がないので、温めても気管支に痛みを感じることはありません。しかし、挿入した内視鏡がのどや肺の外の神経を刺激すると不快感があったり、その刺激がぜんそく発作を引き起こしたりする恐れがあるため、麻酔をするのです。
気管支全体を3回に分けて治療する

BT治療は気管支全体を3回に分けて行います。1回ごとに3週間以上の間隔を空けます。
また、治療の直後は一時的に気管支がむくんだりして、ぜんそく発作が起こりやすくなる恐れがあるため、短期間の入院が必要です。当院では万全を期すため、治療前日から平均1週間程度入院していただいています。
──治療効果については、いかがですか?
峯下 効く人には本当によく効いています。これまで症状のコントロールに非常に苦労していたけど、快適に日常生活が送れるようになったという患者さんもいます。
これは、50代の男性Aさんのケースです。幼少期に小児ぜんそくでしたが、小学校低学年でいったんは症状が出なくなりました。その後はぜんそくと無縁の生活を送っていたのが、35歳のとき、再びぜんそくに悩まされるようになりました。Aさんは自動車開発の仕事をしており、当時は排気ガスを日常的に吸い込むような環境で勤務していたそうです。その悪影響もあったのかもしれません。以後、勤務地や職種を変えても、ぜんそくが悪化していくばかりだったそうです。
ぜんそく専門医にかかり、吸入薬以外にも経口ステロイド薬などの服用を続けましたが、症状のコントロールがうまくいかないとのことで、当院を紹介されていらっしゃいました。
BT治療後は、夜中に発作が起こり、翌日、出勤できなくなるようなことがなくなったそうです。また、以前は、香水などの揮発性の成分や線香の煙などの刺激にも反応して、ぜんそく症状が出ることがあったのが、そういうこともいっさいなくなったそうです。
現在では通常の吸入薬以外の薬はやめることができ、健康な人と変わりなく過ごされています。ぜんそくが起こって以来、断念していたスポーツや趣味にも積極的に取り組んでいるそうです。「こんなに昔の自分に戻れるとは思わなかった」とうれしそうに話されていました。
Aさんは特に著効があったケースですが、私たちのこれまでの経験からは6~7割の患者さんには改善が見られるという印象です。
しかし、あまり顕著な効果が見られないかたもいます。実は、BT治療は今のところ、「こういった患者さんなら効果が見込める」という明確な指標がありません。こうした治療基準を確立することが今後の課題だといえるでしょう。
BT治療を受けられる医療機関は全国で約100施設
──BT治療を受けたい人は、どうすればいいのですか?
峯下 現在、BT治療を実施している医療機関は、大学病院や総合病院などを中心に、全国で100施設ほどあります。ただし、前述したように、治療適応になる基準がありますので、まずはお近くのぜんそく専門医を受診し、相談されるのがいいでしょう。
なお、治療費は受けた月の医療費は高額となるため、「高額療養費制度」の対象となります。年齢や収入などによって異なりますが、平均的な自己負担額は1回当たり20万円前後だと思われます。これは入院期間などによっても異なりますので、治療を受ける医療機関に問い合わせてください。
峯下昌道
1986年、防衛医科大学校卒業。防衛庁陸上自衛隊幕僚監部衛生部医務班医療管理係長、自衛隊福岡病院外来診療科部長、自衛隊熊本病院内科部長兼先任診療科部長などを歴任した後、2006年より聖マリアンナ医科大学病院呼吸器・感染症内科講師として勤務。2015年、聖マリアンナ医科大学呼吸器内科教授、2017年、聖マリアンナ医科大学病院副院長。
●聖マリアンナ医科大学病院
http://www.marianna-u.ac.jp/hospital/