否定したりいい返したりするのは逆効果!
認知症になると、妄想にとらわれることが増えて、それが、介護する家族にとって大きな負担となることがあります。
なかでも、特によく起こるのが、「物盗られ妄想」です。
認知症が進行すると、記憶力と判断力が低下します。
「ここに物があったはず」という過去の記憶と、「実際にここにはない」という今の状況とを、記憶によってつなぐことができないのです。
それを埋め合わせるために、認知症の患者さんは、直ちに「盗られた」という被害妄想に飛びついてしまうのです。
そこには、毎日の暮らしへの不安や孤独などの心理も影響しているでしょう。
さらに問題なのは、「盗んだ容疑」が、たいてい家族やヘルパーさんなど、介護している当事者に向けられることです。
懸命に介護している家族にとっては、全く覚えのない疑いをかけられるため、暴言や暴力と同じくらいのショックを受けてしまうのです。
しかも、この物盗られ妄想は、認知症のごく初期の段階から生じます。
家族は、認知症の妄想についての予備知識が少ない段階なので、よけいに動揺します。
そして、混乱してパニックになったり、必死で疑いを晴らそうと妄想を否定したり、強くいい返したりします。
しかし、このように妄想を強く否定すればするほど、患者さんの興奮をあおることになります。
そもそも、患者さんに妄想なのだと納得させること自体、極めて難しいのです。
認知症では、脳の海馬という部分が萎縮するため、記憶が保持できなくなります(下の図を参照)。
一方、感情は、海馬のそばにある扁桃体という部分がかかわっていますが、認知症になっても、この扁桃体の働きは阻害されません。
妄想のことで口論になり、家族からきつくなじられたとしましょう。
そのとき感じた嫌な感情は消えることなく、患者さんに残るのです。
つまり、こうした軋轢から生じた、嫌な感情ばかり残って患者さんのプライドはいよいよ傷つき、孤立感を深めることになります。
患者さんが孤立感を深める状態は、認知症を改善するうえでは好ましくありません。
認知症は、脳の海馬という部分が萎縮し、記憶が保持できなくなる

患者さんのプライドを傷つけないことが最重要
では、患者さんの妄想をどう扱えばいいのでしょうか。
「物を盗られた」という発言は、「物がなくて困っている」ということを表しているに過ぎません。
ですから、「信頼している人に助けてほしい」と訴えていると考えればいいのです。
物を盗った盗らないには、こだわらず、訴えに対する同情の気持ちを示して、「ないのは困るね。じゃあ、いっしょに探しましょう」と、話を持っていくといいでしょう。
こうすれば、患者さんが気分を害することはありません。
とにかく、「物がなくなって困っていると理解してくれた」のなら、それでいいのです。
例えば、患者さんが、すでにご主人は亡くなっているのに「お父さん、今日は帰りが遅いわねえ」といい出したとします。
もし、ご家族が丁寧に説明して納得させても、記憶が保持できない場合、30分もすると「お父さん、今日は帰りが遅いわね」といい出すものです。
その場合、もう一度丁寧に説明できればいいのですが、「さっき説明したばかりでしょ!」などといってしまいがちです。
すると、患者さんは「怒られた」と感じて、プライドが傷つけられます。
そこで、「お父さん、遅くまで仕事をがんばってるんだろうね。早く帰ってくるといいね」というように返事をして、安心してもらうのは、悪い対応ではありません。
患者さんが妄想めいたことをいったら、真っ向から否定するかわりに、優しく肩をもみながら話を聞いてあげてください。
面と向かって話をすると、つい詰問口調になりがちですが、肩をもみながらだと顔を合わせないので、そのようになりにくいものです。
また、妄想も聞き流しやすくなります。
同時に、肩をもむことでスキンシップも図れるので、患者さんの孤立感、孤独感の解消にも役立つでしょう。
「妄想に話を合わせよ」とか、「妄想を聞き流せ」というと、嫌がるご家族もいるのですが、介護の場合、あまり「がんばり過ぎないこと」が大事なポイントです。
認知症は、終わりが見えない病気です。
だからこそ、介護する側のご家族も、がんばり過ぎてはいけません。
例えば、たまにはデイサービスに患者さんを預けてみてはいかがでしょうか。
その間、ゆっくりと昼寝をする、映画を見に行く、おいしいランチを食べるなど、息抜きの時間を持つといいでしょう。
もしも、盗られたと主張していた物が見つかったら、「見つかってよかったね」といっしょに喜んであげてください。
認知症の患者さんを介護するには、そのくらい気持ちにゆとりを持って対応することが、非常に大切なのです。
スキンシップで孤立感を解消
