認知症の核心は記憶障害ではない!
私は医師として40年以上、認知症の治療に取り組んできました。
そのなかで、さまざまな試みをした結果、行き着いたのが、水の問題でした。
飲む水の量が足りないと、高齢者はすぐに脱水を起こし、熱が出たり肺炎になったりします。
そこで、脱水を防ぐために、患者さんに十分な量の水を飲ませるケアを始めたところ、認知症の特徴的な症状がよくなる人が続出したのです。
なぜ、そうなるのかについて考えてみましょう。
おそらく、認知症の核心となる症状は「記憶障害」だと受け止めている人が大半ではないでしょうか。
記憶障害が進行して正しく覚えられなくなるため、さまざまな異常行動も生まれてくるのだと思われるかもしれません。
現に、「物忘れ外来」といった看板を掲げている診療科もあるくらいですから、「認知症=記憶障害」と思う人が多くても、無理もないでしょう。
しかし、認知症の核心となる症状は、実は、記憶障害ではないのです。
核心となる症状を記憶障害と考えてしまうと、認知症を正しく理解することはできません。
そもそも認知症の「認知」とは、自分が置かれている状況を、「認識」「理解」「判断」するその精神の働きです。
●認識=その場がどういう場であるのかわかること。
●理解=その場と自分との関係がわかること。
●判断=これらの認識と理解を踏まえて、それなら自分はどうすればいいかがわかること。
これら一連の精神の働きが阻害されるのが、認知障害です。
認知症の核心となる症状は、記憶障害ではなく、この認知障害なのです。
認知というのは、世界と自分をつなぐ手段です。
認知障害が起こると、世界と自分とのつながりを失ってしまいます。
自分を取り巻く世界との関係づけができないので、どのようにふるまうのが正しいのかわからなくなるのです。
例えば、部屋に財布を取りに戻ったものの、部屋に入ったとたん、何をしに来たか忘れたとしましょう。
単なる物忘れであれば、そのとき思い出すことができなくても、どこかで「そうだ、財布だ!」と思い出し、取りに戻ることができます。
ところが、認知症の人は、自分の部屋に戻っても、「この部屋はなんだ?」と考えるばかり。
ほかの部屋を渡り歩いたり、脈絡のない行動を取ったりするのです。
物忘れであれば、そこが自分の部屋だと理解できますが、認知症になると、自分とその場の関係が理解できないので、どう行動したらいいかわからないのです。
そのため、行動がどんどん脈絡のないものになってしまいます。
認知症の人は、このような、状況を理解できない不安や心配のなかで生きています。
問題行動もそこから起こるのです。
1日に1500mL飲めば数日で効果が現れる
この認知障害を引き起こす、最大の要因が「脱水」です。
私たちの体に含まれている水分量は、成人で体重の60%。体重が50kgなら、30kgが水です。
これほど大量の水がないと、体は正常に機能しません。
体重50kgで65歳以上の高齢者なら、総水分量の1~2%、すなわち300~600mlの水が欠乏すると、意識の覚醒水準が低下して頭がボンヤリしてきます。
さらに総水分量の3%、900mlの水分が欠乏すると、血液がドロドロになって発熱が起こります。
認知症になった高齢者は、飲んでいる水の量が、たいてい不足しています。
トイレが近くなるのを嫌って摂取量が少ないので、体内の水分量はどんどん減っていきます。
前述のように、脱水によって総水分量の1~2%の水が容易に失われると、意識水準の低下が起こります。
すると、認知力が低下して、認知症の核となる認知障害が起こります。
この結果、自分が置かれている場がどういう場であるのか、理解・判断できなくなり、認知症に特有の異常な行動を取るようになってしまうのです。
夜になると興奮して歩き回る人に、日中、十分な量の水を飲ませると、1~2日で治まります。水はそれほど効果的で大事な物です。
認知症を治す際には、水を十分にとってもらうことが極めて重要なのです。
現在では、四つの基本のケアが定まっています。
❶水分を1日に1500ml以上摂取する。
❷便秘を解消する。
❸1日に1500kcal以上の食事をとる。
❹ウォーキングなどの運動をする。
便秘や低栄養も、認知症の異常行動の誘因となるものです。
逆にいえば、これらのケアを実践すれば、認知力を向上させ、認知症の問題行動を大きく改善させることができるのです。
とにかく、認知症を防ぎ、治すためには、脳トレをするのではなく、まず水を十分に飲む(飲ませる)ことから試してみてください。
わずか数日で、必ずはっきりとした効果を実感できるでしょう。
竹内孝仁
1966年、日本医科大学卒業。東京医科歯科大学助教授、日本医科大学教授を経て、2004年より現職。1973年から特別養護老人ホームにかかわり、おむつ外し運動、胃ろう外し運動を展開。在宅高齢者のケア全般に取り組む。著書に『ボケは脳の病気ではない~だから防げる、治せる』(マキノ出版)など多数。