週1回、3ヵ月続けると高齢者が能動的になった
ここ数年、認知症の研究はどんどん進歩し、ある段階までの認知症は予防ができるとわかってきました。
食べ物、運動、心理療法など、さまざまな手法について、認知症の予防効果が明らかにされつつあります。
今回お勧めするのは、そうした手法の一つである「回想法」です。
回想法とは、昔の写真や品物を見て古い記憶を呼び覚まし、誰かと語り合うことで、人との交流を図るものです。
回想法のよいところは、誰もが主役になれること。
ふだんは介助や介護をされる立場の高齢者が、昔のことを「人に教える立場」になるため、自信が持てるのもよい点です。
特別な道具も必要なく、何か一つ昔の品物や写真があるだけで、そこから楽しい会話が広がり、人は喜びを感じることができるのです。
私は15年前、愛知県北名古屋市に、市の介護予防事業の一環として、日本初の「回想法センター」を開設しました。
きっかけは、北名古屋市にある「昭和日常博物館」を訪れたとき、車イスに乗った高齢の女性が、柳行李(コリヤナギの枝で編んだ箱形の入れ物)を見て、娘や孫に思い出話をしているのを目にしたことでした。
柳行李一つで昔に帰り、次々と思い出を語ることができる。
その女性のいきいきとした姿を見て、私は「これだ!」と思ったのです。
古い日本家屋を利用して作った回想法センターは、誰でも自由に出入りできる「ふれあいサロン」です。
私たちはそこで週1回、3ヵ月に及ぶ回想法を実践し、参加者の脳の血流を測定しています。
その結果、昔話をしたり、昔の品物を見たりすると、脳の血流が増えることが確認できました。
さらに、3ヵ月続けると、高齢者の能動的な活動につながることもわかってきました。
回想法に参加した皆さんは、今では、地域の公民館で回想法を指導したり、小学校で子供たちに遊びを教えたりするなど、社会活動を行うほど元気に過ごしておられます。
会話による脳内血流の変化

ミニアルバムを作り思い出を書き記そう!
私たちは高齢者施設などでも回想法を行い、認知機能の調査を行っています。
これまでの研究では、回想法を実践しなかったグループは認知機能が低下するのに対し、回想法を実践すると認知機能が向上するというデータが得られています。
また、回想法を継続すると、認知機能が一部改善することや、認知症の周辺症状(暴言・暴力、抑うつ、不眠、幻覚、せん妄、徘徊など)が減ることもわかってきました。
認知症予備軍(MCI)はもちろん、普通の日常会話ができる中等度の認知症までであれば、回想法の成果は期待できると考えています。
なお、回想法は家庭でも行うことができます。
お勧めのやり方を一つ紹介しましょう。
ご本人のアルバムから、誕生時、学生時代、結婚したとき、子供が生まれたときなど、好きな写真を10枚選んでもらいます。
それを見ながら、ご本人に思い出を語ってもらうのです。
10枚の写真でミニアルバムを作り、思い出を書き記していけば、その人の「ライフレビューブック」が出来上がります。
それを開けば、いつでも昔話に花が咲きます。
そのアルバムがプロフィールになるので、初対面の人との会話のきっかけにも役立ちます。
暴言やせん妄、徘徊などが起こるのは、不安があるからです。
周りの人とコミュニケーションがうまく取れれば不安が減り、そうした症状も起こりにくくなります。
回想法とまではいかなくても、人と会話するだけで、認知症予防には有用です。
ただし、会話の内容は、挨拶や季節の話などの表面的なことではなく、もう少し深い、興味深く語れるもののほうが効果的です。
以前、長寿で有名になった「きんさん・ぎんさん」という双子の姉妹を覚えていますか。
ぎんさんには4人の娘さんがいて、平均年齢は97歳。
非常に仲がよく、いつも4人で集まっては、おしゃべりをして過ごしているそうです。
私はこの4人の脳の血流を調べたことがあります。
黙っているときと、初対面の人と話したとき、姉妹でおしゃべりしたときの脳の血流を測ったのです。
すると、初対面の人との会話ではほとんど血流が増えなかったのに対し、姉妹で会話すると一気に血流量が増加しました。
遠慮しながら挨拶程度の会話をするよりも、思い出話などを交えて積極的に話をするほうが、脳は活性化するのです。
皆さんも、認知症予防や改善のために、家族や友達と1日30 分程度、楽しく会話することを心がけてみてください。
解説者のプロフィール

遠藤英俊
長寿医療研究センター内科総合診療部長。医学博士。老年病専門医。日本認知症学会理事。『よくわかる認知症Q&A』(中央法規)など著書多数。