解説者のプロフィール
胃腸運動が緩やかになり糖の吸収速度が遅くなる
私は、糖尿病専門医として、日々、糖尿病の患者さんの治療に当たっています。
近年、糖尿病研究の進展により、患者さんにお勧めする運動療法の内容が変わりつつあります。
その一つが、食後の運動法です。
従来、糖尿病の患者さんは、食後1時間ほど経ってから運動するのがよいといわれてきました。
ところが、最近、食後5分以内に運動したほうがよいと判明したのです。
近年開発され、血糖値の計測に使われ始めた、新型の血糖測定器があります。
これは、二の腕につけたセンサーに計測器をかざすだけで、何度でも血糖値の計測ができる装置です。
この新しい計測器の登場により、血糖値の上下動が以前より正確に、克明に追跡できるようになりました。
その結果、食事を始めて15分経つと、早くも血糖値が上昇し始めることがわかりました。
つまり、これまでのように、食後1時間経ってから運動を始めたのでは、血糖値がかなり上昇してしまい、運動効果が得られないのです。
そして、運動を始めるのが食後すぐであればあるほど、血糖値の上昇が抑制されると判明しました。
この点からも、食後すぐの運動が、糖尿病の予防・改善に役立つといえるのです。
ちなみに、これまでは、食後すぐに運動をすると、おなかに集まるべき血液が筋肉で使われてしまうため、消化が悪くなるといわれてきました。
しかし、この点についても、考え直されています。
筋肉に血液が使われることで、血流が悪くなった胃腸の運動は、緩やかになります。
つまり、糖の吸収速度が遅くなり、血糖値上昇が抑制されると考えるようになったのです。
短い運動をこまめに行うほうが血糖値は下がる!
では、食後すぐの運動には、何をすればいいのでしょうか。
私が糖尿病の患者さんたちにお勧めしているのが、「つま先立ち」や「階段の上り下り」などの、下半身強化の運動です。
つま先立ちは、ふくらはぎの筋肉(下腿三頭筋)を、階段の上り下りは、太ももの筋肉(大腿四頭筋など)を主に使います。
これらは、非常に大きな筋肉です。
こうした大きな筋肉を使うことが、血糖値の降下に、大いに役立ちます。
また、上半身の重みを使って筋肉を刺激する点も、筋肉への糖の吸収が促されるので有効です。
特につま先立ちの動作は、下腿三頭筋を集中的に使います。
一つの筋肉に特化した運動を行うほうが、多数の筋肉に分散して行う運動よりも、高い効果がもたらされると考えられます。
つま先立ちは、食後5分以内に、30回を目安に行いましょう。
もしも余裕があるなら、続けてさらにもう1セット行うか、食後以外のときにも行うといいでしょう。
このように、長めの運動を1日1回行うよりも、短めの運動をこまめにくり返すほうがよいというのが、糖尿病における最先端の運動療法です。
例えば、ウォーキングなら、45分間歩くのを1日1回行うよりも、15分間歩くのを3回に分けて行ったほうが血糖値が下がる、というデータが報告されています。
また、朝食後に1回30分の運動を行う場合と、1回100秒の運動を1日18回(運動にかける総時間は同じ)くり返した場合では、1日18回のほうが、血糖値を下げることもわかっています。
ですから、つま先立ちも、1セット30回を目安に、なるべく多く行いましょう。
こうした運動療法は、続けることが肝心です。
無理なくできる範囲でかまわないので、毎日行ってください。
「血糖値スパイク」という言葉を耳にしたことがあるかもしれません。
血糖値スパイクとは、食後の短時間に血糖値が乱高下する症状です。
健康診断などでは、こうした血糖値の乱れは発見できないため、体の異変になかなか気づきません。
しかし、血糖値スパイクをくり返していると、しだいに血管を傷つけていきます。
放置すれば、動脈硬化が進行し、糖尿病になるリスクが高まるだけではなく、脳梗塞や心筋梗塞といった、さまざまな重大な疾患へとつながるのです。
この予防のためにも、今回ご紹介した、食後すぐのつま先立ち運動は、非常に有効です。
さらに血糖値だけではなく、中性脂肪値の低下も期待できるでしょう。
つま先立ちは、場所と時間を選ばず、手軽に行える運動です。
ぜひ皆さんも、毎日の習慣に取り入れてください。
食後すぐのつま先立ちが効く
