解説者のプロフィール
「幸せ」よりも「健康」が欲しい?
『壮快』読者の皆さんにいちばん伝えたいのは、「健康雑誌は読むな」ということです。
これにはちゃんと理由があります。
人間の三大欲は、食欲・性欲・睡眠欲といわれています。それに加え、昨今は「いつまでも元気で長生きしたい」という「健康長寿欲」に、多くの人がとらわれています。
「健康長寿を願うのは当然」と思うかもしれません。
でも、次の調査結果をどう思いますか。
2016年に、博報堂生活総合研究所が60~74歳を対象に実施した意識調査で、「欲しい物」の1位が「健康」で、「幸せ」を大きく上回ったのです。
「幸せよりも健康が欲しい」という結果に、私は衝撃を受けました。
平均寿命が延び、高齢化が進んだ日本では、「健康」や「長生き」を必死で追い求めるあまり、かえって不幸になっている人が増えている気がします。
80歳の人が、「健康のため」に、好物のお菓子やお酒を我慢することに、どんな意味があるのでしょうか。
85歳の人が「健康のため」に毎年健康診断を受け、血圧の数値を気に病み、山のような薬を飲むことに、違和感を覚えませんか。
私は、そんな光景を何度も見るうちに、「何かおかしい。健康よりも大事な物があるのでは」と考えるようになりました。
もちろん、働き盛りの年齢で、子供がまだ小さかったり、自分の親が生きていたりするうちでしたら、健康は大切です。
現に私も、親が生きていますし、クリニックの院長という責任のある立場にあるので、健康を保つよう留意しています。
しかし、子供が自立し、親を見送って、あとは自分のことだけ考えればいい、という年齢や立場になったら、もう「健康」に執着しなくてもいいのではないでしょうか。
病気やケガを治療するな、ということではありません。
「症状がないのに、まだ見ぬ病気を恐れて、検査結果や数値に一喜一憂するのをやめませんか」ということです。
高齢者の薬の効果は実は曖昧なもの
例えば、血圧です。
働いているときは、健康診断を毎年受け、血圧が高ければ食事制限をし、医師にいわれるがままに薬を飲んできたことでしょう。
病気になったら困りますし、まだまだ死ねないからです。
確かに若いうちは、高血圧の人とそうでない人とでは、脳卒中による死亡リスクに大きな差があります。
つまり、「血圧を上げないことが、脳卒中を防ぐ」といえますし、健康診断を受ける意味もあります。
しかし、高齢になると、血圧と脳卒中による死亡リスクの相関は、曖昧になってきます。
例えば、最大血圧が120mmHgの80代が脳卒中になるリスクは、最大血圧が160mmHgの80代よりも多少低いに過ぎません。
今は定年を延長する会社も増え、65歳で退職する人が多くなりました。
65歳で会社を辞めた時点で、子供が独立し、親も見送った人は、血圧を気にしたり、症状がないのに検査を受けたり薬を飲んだりする必要はあるでしょうか。
検査や薬にかかるお金と時間は、自分や家族の楽しみに使ったほうがいいと思いませんか。
しかも、薬には必ず副作用があります。飲まないにこしたことはありません。
そもそも、降圧剤を飲む目的は血圧を下げるためではありません。脳卒中や心疾患などの合併症を予防するためです。
血圧は、脳卒中や心疾患を予防する目安に過ぎません。
一般的には、降圧剤で最大血圧を160mmHgから150mmHgに下げると、脳卒中が約半分に減るとされています。
ただし、高齢者に対する薬の効果を実際の数字で見ると、効果が不明瞭になってきます。
70代で高血圧の人が降圧剤を飲むと、脳卒中の発症率は5年間で10%から6%に下がったという研究データがあります。
しかし、降圧剤を飲まずに10%発症ということは、90%は脳卒中にならないということです。
そして、薬を飲み続けても4%しかリスクは下がりません。
また、2008年に、80歳以上の高血圧(最大血圧が平均173mmHg)の人を、降圧剤を飲むグループと飲まないグループとに分け、脳卒中の予防効果を調べた結果が発表されました。
すると、脳卒中の発症は、飲んだグループが年率1.24%だったのに対し、飲まないグループは年率1.77%でした。
このように、薬の効果は曖昧になってくるのです。
自分にとって血圧を測ることに意味があるのか、今一度考えてみてください。
血圧を気にしなくなったら、人生が楽になるのではないでしょうか。
年齢が上がるほど血圧と脳卒中の関係が曖昧になる

名郷直樹
1961年、愛知県生まれ。自治医科大学卒業。山間部の診療所に勤務後、僻地医療専門医の育成に携わる。2011年、武蔵国分寺公園クリニックを開院。『65歳からは検診・薬をやめるに限る!』(さくら舎)など著書多数。
●武蔵国分寺公園クリニック
http://ebm-clinic.com/