解説者のプロフィール
猫好きでなくても癒されるとわかった
私の専門は人間工学で、ヒトと猫の関係も研究テーマの一つです。
今回は、猫と暮らすことで、私たちが得られるであろう健康効果についてお話ししましょう。
猫は、なでられたりして機嫌がいいとき、のどをゴロゴロと鳴らします。
猫好きのかたにとっては、この音を聴いているだけで気持ちがよくなってくることでしょう。
実は、このゴロゴロ音には、さまざまな健康効果があるとわかっています。
私が以前行った実験を一つご紹介しましょう。
猫好きの主婦3人、猫が好きでない主婦3人に集まってもらいました。
そして、猫のゴロゴロ音を聴いてもらい、そのときの脳波と心拍数などを測定しました。
すると、猫好きのかたは全員、脳波がリラックス状態を示すα 波の出現が多くなりました。
また、心拍数を測定したデータからも、リラックスしていることがわかったのです。
一方、猫が好きでない人にとっては、猫のゴロゴロは単なる雑音でしかないはずです。
ただ、興味深いことに、猫が好きでない3人のうち2人は、ゴロゴロ音を聴いているうちに、リラックス状態になっていることが判明しました。
つまり、猫のゴロゴロ音は、好き嫌いに関係なく、私たちの心と体に直接働きかけ、よい影響をもたらすということです。
猫のゴロゴロ音の正体は、実はよくわかっていません。
気管とのどの筋肉が、共鳴することで発生していると考えられています。
要するに、これは振動なのです。
1999年、ニューヨーク州立大学生物医学工学部のクリントン・ルービン博士は、「猫は、のどのゴロゴロ音で骨折を治したり、骨を強化したりしている」という説を発表しました。
ゴロゴロという音を出しながら、つまり、筋肉と骨とを震わせることで、体を温め、骨密度を上げて骨折を早く治すのではないかというのです。
猫のゴロゴロ音には、リラックスさせる心理的効果のほかにも、骨折の治癒力を高める効果があるようです。
リラックス効果のほかに、骨折の治癒力を高める効果も

血圧を安定させる効果が期待できる
猫の癒し効果は、音ばかりではありません。
ただ、その愛らしい姿を見ているだけでも、精神的なメリットが得られることがわかっています。
猫の動画を16人の女性に見てもらって、リラックスの度合いがどう変化するか調べたことがあります。
それによると、動画を見ただけで、16人中13人がリラックスしたという結果が出ました。
さらに、実際に猫に触れ、なでることができれば、より高いリラックス効果が得られるでしょう。
このように、猫によって精神がリラックスするとき、同時に体で起こっている生理的な変化も見逃せません。
精神的にリラックスした状態にあれば、肉体的にも安定して本来の機能がきちんと発揮されることは間違いありません。
例えば、心理的な影響を受けやすいのが血圧です。
病院に行き、医師の前では緊張して血圧が上がってしまう「白衣高血圧」という現象があります。
このように、血圧は、心理的動揺をしばしば反映し、上下動をくり返します。
そこで、日ごろから猫と触れ合って、できるだけリラックスした状態が長く続けば、血圧を安定させることが期待できるでしょう。
さらに、私は、職場に猫がいると、どのような効果があるかについて実験を行ったことがあります。
9名の女性に実験に参加してもらったところ、9名のうち6名は、猫が職場環境をよくしていると答えました。
気分がよくなって、仕事の効率も上がったというのです。
特に、創造的な仕事には、猫のいる環境が向いているという意見もありました。
このように、猫という存在は、さまざまな有益な効果をもたらします。
緊張を緩和してリラックスさせ、気持ちを落ち着かせて血圧や体調を整える。
しかも、仕事の生産性まで上げるのですから、すばらしい効果ばかりです。
今、猫と暮らしておられるかたは、その効果をあらためて実感していただければ幸いです。
小川家資
1956年、東京生まれ。東海大学大学院修士課程修了。カナダ・ウィンザー大学大学院博士課程修了。1987年、米国ミシガン州マツダ自動車製造会社生産技術課を経て、1991年、西東京科学大学(現帝京科学大学)理工学部専任講師として着任。2008年より同大学生命環境学部教授。現在に至る。専門は人間工学、生理心理学、生体計測工学。ヒトが動物と接することで、どのような癒しが得られるかについて、さまざまなアプローチで研究を深めている。先生に抱かれているのは、大学にある猫カフェのバロンちゃん。