解説者のプロフィール
日本人女性がかかるがんの中で、特に多いのが「乳がん」。2017年、34歳の若さで亡くなった小林麻央さんも乳がんでした。今、早期発見の重要性が改めて認識されています。
乳がん検診で行われるマンモグラフィーは「痛い」イメージから敬遠したくなる人もいるようです。また、日本人女性は乳腺の密度が高い人が多くて、異常が見過ごされてしまうことも……。
しかし最近、進化したマンモグラフィーや乳房専用PETなど新たな検査技術が登場し、痛みも少なく、より高精度の検査が可能になっています。
最新の乳がん検査について、ゆうあいクリニック理事長の片山敦先生に詳しくお話をうかがいました。
30~64歳では乳がんが死亡原因の第1位
──まず、乳がんという病気と検診の現状について教えてください。
乳がんは、日本人女性がかかるがんの中で最も多いがんの一つで、患者数は年々増え続けています。まれに20代で発症することもあり、30代から増え始め、40~50代がピークです。乳がんで亡くなるかたは現在、年間14000人ほど。30~64歳の女性では乳がんが死亡原因のトップとなっています。
ただ、乳がんは女性のがん罹患率(病気にかかる割合)の約20%を占める一方、がん死亡率では約10%と比率が下がります。つまり、他のがんに比べると死亡率は低いわけです。他の臓器のがんとは違い、乳がんは体表に近いため、発見しやすいからです。
実際、乳がんは、患者さんが自分でしこりなどの異常に気づき、受診することが多いものです。ですから、月に1回くらいは、乳房に変化がないかどうかを確認するセルフチェックを習慣づけることが大切です。
乳がん検診は、国の指針では、対象は40歳以上、問診とマンモグラフィーが基本となっています。
マンモグラフィーとは、乳房専用のX線撮影装置です。撮影台の上に乳房を乗せ、透明な板で圧迫して薄く伸ばして撮影します。
ほかに、医師による視触診、超音波検査(エコー)を行うこともあります。超音波検査は、乳房に超音波を当て、その反射波を画像に映し出すことで乳房内部の状態を知ることができます。
マンモグラフィーと超音波検査には、それぞれに長所・短所があります。
マンモグラフィーは、乳がんの初期症状である微細な石灰化(死んだ細胞にカルシウムが沈着した状態)やしこりを画像として捉えられます。ただ、乳房が圧迫されるので、人によって痛みを感じます。また、X線による放射線被ばくがあるため、妊娠中もしくは妊娠が疑われるかたには原則として行えません。
超音波検査は、放射線被ばくがないので、妊娠中の女性でも検査を受けられますし、痛みもありません。また、検査部位を動かすことができるので、マンモグラフィーで写りにくい部位を調べることができます。ですが、石灰化を映し出すことはできない、がんではない良性のしこりも画像に映ってしまい、診断が難しいといった短所もあります。
こうした検査で異常が認められた場合は、MRI(核磁気共鳴画像)などの画像検査、実際に組織を採取して調べる生検(細胞診・組織診)などの精密検査が行われます。
乳がんの最新検査機器

乳がん検診は何歳から受けるのがいいか?
──乳がん検診を受けるのは40歳以降でいいのでしょうか?
日本では現在、国が費用を補助する対策型検診では「40歳以上の人が2年に1回、マンモグラフィー検診」を推奨しています。30代以下には検診プログラムは設定されていません。
医師の間でも意見の分かれるところですが、一般には「40歳未満では、乳がんが見つかることよりも検診のデメリットが大きい」と考えられています。主な理由としては、「微量とはいえ放射線被ばくがある」「若い世代では乳腺の密度が高く、マンモグラフィーを受けても乳がんを発見できないことが多い」「検診では、一定の割合で偽陽性(本当はがんではないが、がんではないかと疑われること)が出てしまう」などが挙げられるでしょう。
しかし私は、早期発見のためにも30代から積極的に乳がん検診を受けるのがいいと考えています。望ましいのは、自費での受診になりますが、新型のマンモグラフィーと超音波検査を1年おきに受けることです。
──新型マンモグラフィーとは?
最近になって登場した新たな撮影技術「トモシンセシス」を用いたマンモグラフィーです。複数の角度で撮影した静止画像を収集し、3次元的に再構成して断層像を作成できる技術です。
従来のマンモグラフィーでは、乳腺組織も、がんが疑われるしこりも同じように白く写るため、乳腺の密度が高い人ではがんを見落としてしまう恐れがありました。
乳腺は女性ホルモンの分泌が始まる思春期以降に徐々に発達し、30~40代でピークになり、閉経に伴って脂肪に置き換わっていきます。
アメリカでは近年、マンモグラフィーによる乳がん検診に費用対効果も含めた疑問が投げかけられ、受診を推奨する年齢を40歳から50歳に引き上げました。乳腺が発達している若い世代では、マンモグラフィーを受けても乳がん発見や死亡率の低下につながらないというのが、その理由です。
しかも、日本人では乳腺の密度が高い人(デンスブレスト)の割合が、欧米人より高いとされます。検査画像の見やすさには乳房の大きさなども関係しますから、いちがいに「日本人の乳がんは見つけにくい」とは言えませんが、乳腺に隠れてがんを見つけられないケースはやはり一定数あるでしょう。
しかし、トモシンセシスでは3次元的な画像処理によって、乳腺の重なりの少ない画像が得られるため、病変の観察が容易になる。つまり、乳腺に隠れていたがんも見つけやすくなるわけです(下の画像を参照)。
トモシンセンスと従来画像の比較

検査に伴う痛みも改善されている
また、従来のマンモグラフィーでは、乳房をなるべく薄く伸ばして撮影する必要があるため、どうしても強く圧迫しなければなりませんでした。それに対してトモシンセシスでは複数の角度から撮影ができるので、そこまで強く圧迫しなくていいのです。圧迫の強さは、従来のマンモグラフィーの3分の1程度とされています。患者さんに聞くと、やはりトモシンセシスのほうがだいぶ痛みが少ないようです。
大学病院や総合病院ではトモシンセシスを導入する医療機関も増え、徐々に普及し始めています。データが積み重ねられて、有効性が証明される日も遠くないでしょう。私は、国が費用を補助する対策型検診にトモシンセシスが取り入れられることを期待しています。
また、より精密な乳がん検査としては、乳房専用のPET検査「PEM」も注目されています。
──どのような検査なのですか?
PET(陽電子放射断層撮影)検査とは、目印となる特殊な薬剤を注射した後に、専用の機器で撮影する検査のことです。
がん細胞のところだけ、画像では目印の薬が光って写る

がん細胞は非常に活発に活動するため、正常な細胞や良性腫瘍よりも多量のブドウ糖を取り込む性質があります。この性質を利用し、ブドウ糖に目印をつけた薬を注射して撮影することで、がん細胞の有無や位置、大きさを調べることができます。わかりやすく表現すると、がん細胞のところだけ、画像では目印の薬が光って写るというわけです。
このPET検査を、乳房専用の機器で行うのがPEMです。私たちのクリニックでは、2011年に国内で最初にPEMを導入しました。
他の検査で見つからない小さながんも発見可能
PEMの特長として、小さながんの発見に優れ、他の検査では困難な「腫瘍の良性・悪性」の判断も可能だということが挙げられます。マンモグラフィーで発見可能ながんの大きさが約5mmに対して、PEMでは1.5mm程度でも発見できることがあるとされています。
これは40代女性のケースです。ある大学病院で受けた画像検査で乳がんの疑いと診断され、生検を4回も行ったのですが、その結果はすべて陰性、つまりがん細胞が見つけられなかったそうです。画像検査の結果をもとに乳房の全摘手術を勧められるも、踏ん切りがつかないとのことで、当クリニックにセカンドオピニオンを求めていらっしゃいました。
生検では、画像を見ながら「この辺にがんがあるだろう」と当たりをつけて細胞や組織を採取してきますが、小さながんを針先で確実にとらえるのは、簡単ではありません。かといって、体に何度も針を刺したり、皮膚を切開して多くの組織を取ってきたりするのでは、患者さんの身体的負担が増えてしまいます。
そこでPEM検査をしたところ、たしかにがんが見つかりました。しかも、指摘されていた片側だけでなく、両側の乳房にがんが見つかったのです。もう片方のがんは、明らかなしこりを形成せずにフワッと広がるDCIS(非浸潤性乳管がん)というタイプでした。このかたの場合、それ以前に受けていたマンモグラフィーやMRI、超音波では発見されずにいたのです。
この女性はそれで決意され、両乳房の手術を受けられました。手術から6年以上経過していますが、現在も元気に過ごされています。
乳がん検診の受診率向上が重要
──乳がんが気になるかたはPEMも受けたほうがいいのでしょうか?
私たちもよく「マンモグラフィーなどと比べて、PEMのほうが優れているんですか?」といった質問を受けることがあるのですが、基本的には、必ずしも検診としてPEMを受ける必要性はないと考えています。実際のところ、PEMを日本国内で設置している医療機関はまだごくわずかです。
むしろ、マンモグラフィーや超音波検査などの一般的な検査で、乳がんの疑いありとされた人が確定的な診断を得るために、PEMを活用するのがいいでしょう。PEMの診断結果は、ほぼ「ファイナルアンサー」と言えますから、生検のように身体的負担を伴う検査を減らすことにも役立つはずです。
こうした検査機器の進化により、乳がん発見は容易になってきていますが、一方で、検診の受診率は諸外国に比べ、かなり低いのが現状です。現在、30代女性の乳がん検診の受診率は2割未満、好発年齢の40~50代でも4割未満です。この受診率を引き上げることが今後の重要課題です。
治療も昔と比べ、乳房を温存できる手術や副作用の少ない抗がん剤(分子標的薬など)など選択肢が広がり、早期発見できれば、より体にダメージの少ない治療を選べます。ですから、どうか30代からの乳がん検診を意識していただきたく思います。
片山敦
1996年、横浜市立大学医学部卒業。専門は内科。川崎協同病院勤務、愛育会協和病院勤務、千歳船橋クリニック院長を経て、2004年、医療法人社団ゆうあい会ゆうあいクリニック理事長。同クリニックは、がんをはじめとする病気の検査や高度な健康診断を行う検査専門施設で、検査精度の高さに他の医療機関からの信頼も厚い。
●医療法人社団ゆうあい会ゆうあいクリニック
https://www.shinyokohama.jp/