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便意がない弛緩性便秘、便意があるのに出ない直腸性便秘
女性の中には、がんこな便秘に悩まされている人も多いでしょう。一般的に便秘といえば、大腸の動きが低下して起こる弛緩性の便秘を指します。しかし、最近にわかに注目を集めているのが、腸の出口付近に便がたまる直腸性便秘です。その中でも、女性しかならない直腸瘤は、治りにくい、やっかいな便秘です。
便秘は大きく分けると、腸管に病変(ガンや炎症など)があって起こる器質性便秘と、病変がないのに起こる機能性便秘があります。機能性便秘には、先に書いた弛緩性便秘、直腸性便秘のほかに、ストレスなどで腸が敏感になって起こるけいれん性便秘があります。
その中で、便秘全体の7割を占めるのが弛緩性便秘、残りの2〜3割を占めるのが直腸性便秘です。つまり、がんこな便秘のほとんどは、弛緩性か直腸性の便秘ということになります。しかし両者は、まったく違うタイプの便秘です。
弛緩性便秘は、腸の蠕動運動(内容物を先へと送り出す腸の働き)が弱くなって起こる便秘で、便を直腸まで送ることができません。
便は、直腸に届いて初めて便意を催します。弛緩性便秘は、便が直腸まで届かないので便意はあまりありません。しかし、大腸を刺激するタイプの便秘薬を飲むと、便が直腸まで動いて、便意を感じるようになります。
ですから、便秘薬を飲まないと3日も4日も便が出ないという人は、たいてい弛緩性便秘です。それをくり返すうちに、だんだん薬の刺激になれて、薬が効かなくなってきます。
一方の直腸性便秘は、便意があって毎日トイレに行くけれど、いくら息んでもなかなか便が出ないという便秘です。便は直腸まで送られているのですが、うまく排便されないので少量しか出ず、いつも残便感があります。
その理由として挙げられるのが、骨盤底筋(骨盤内の臓器を下から支えている筋肉群)の緊張です。スムーズに排便するためには、骨盤底筋が緩み、肛門も緩まなければなりません。ところが、骨盤底筋が緊張していると、息んだときに肛門に力が入ってしまうのです。
また、便を押し出すには腹圧が必要ですが、腹筋の弱い女性や高齢者は腹圧をうまくかけられず、直腸に便がたまりやすくなります。
こうして便が出にくくなると、排便のたびに強く息むようになります。その結果起こるのが、直腸瘤です。
直腸瘤の画像

直腸瘤を防ぐ「正しい排便」のやり方

直腸瘤は、女性特有の便秘です。息んだときに、直腸の壁が膣側にポケットのように膨らんで、そこに便がたまってしまうものです。
女性の体は、直腸と膣壁が背中合わせになっています。本来、膣の壁はしっかり膣を支えているものですが、出産や加齢に伴って、だんだん弱くなってきます。すると、排便で息んだときに、直腸が膣壁を押して前に突き出してきます。そこに便がたまるため、いくら息んでも便が出ないのです。
直腸瘤になると、便意はあるのに出ないので、長くトイレで息んだり、何度もトイレに行くようになります。それが余計に直腸瘤を悪化させたり、痔になる原因をつくったりします。
こうした症状から直腸瘤の診断はほぼつきますが、きちんと鑑別するためには、排便造影検査を行います。肛門からバリウムを注入して排便のときのように息むと、直腸がポケット状に膣のほうに膨らむので、すぐに診断がつきます。
直腸性便秘と診断されたら、バイオフィードバック療法やバルーン訓練で、息んだときの力の入れ方や腹圧のかけ方などを訓練、適切な薬などで排便をコントロールします。直腸瘤がひどい場合は、手術になりますが、膣の壁を縫う手術なので、術後に性交痛などが出ることもあり、勧められないケースもあります。
前かがみで排便するとスルッと出やすい
こうしたがんこな便秘は、日常生活の中で排便コントロールをしていかなければなりません。その有効な方法が、次に紹介する排便法です。
便は直腸を通って肛門に下りていきますが、直腸と肛門の角度はほぼ直角です。しかし息むとその角度が広がり、便が排泄されやすくなります。ところが直腸瘤があると、その角度が開きにくく、息んでも力が前(膣)のほうに抜けるので、下に押し出す力が働かなくなってしまいます。
そこで、排便の姿勢を少し変えます。便座に座ったら、前屈みの姿勢になります。こうすると直腸と肛門の角度が広がり、便が下方に出やすくなります。かかとを少し上げ、おなかを手で押さえて軽く息むと、おなかに力が入りやすく、腹圧が外に逃げません。
このとき強く息み過ぎると、肛門が緊張して、かえって出にくくなります。排便するときは肩の力を抜き、リラックスしてください。
深呼吸でゆっくり長く息を吐くと、リラックスして肛門の緊張が解け、排便しやすくなります。また、ティッシュペーパーを折り畳んで鼻に当てたりするとリラックスできるという人もいます。
直腸瘤の人は、長く息んでも出るわけではないので、3〜5分、軽く息んで出ないようなら、いったん切り上げましょう。便意を感じたら、また行けばいいのです。
こうした排便法のほかに、いくつか気を付けてほしいことがあります。
まず、便秘薬を正しく使うことです。便秘薬には腸を刺激するタイプの下剤(センナなど)と、便の水分を増やして軟らかくするタイプの下剤(酸化マグネシウム)があります。直腸瘤は腸の動きが悪いわけではないので、刺激するタイプの下剤ではなく、酸化マグネシウムのほうが効果があります。いま、刺激タイプを使っている人は、段階的に薬を変えていきます。
便秘によいとされている不溶性の食物繊維(ゴボウやイモ類など)も、あまりお勧めできません。便のカサを増やして、出口に便がたまりやすくなるからです。むしろ、海藻類やキノコ類、果物など、水溶性の食物繊維をたくさん取ってください。
直腸瘤をはじめとする直腸性便秘は、そのがんこさから、テレビで「スーパー便秘」として取り上げられました。しかし弛緩性便秘でも、下剤が効かなくなると非常にがんこな便秘になります。また、弛緩性と直腸性の混合タイプの便秘もあります。
大事なことは、自分の便秘がどのタイプか知って、正しく対処することです。しつこい便秘の人は、一度病院を受診して、自分の便秘のタイプを知るといいでしょう。
山名哲郎
1961年東京生まれ。秋田大学医学部卒業。社会保険中央総合病院大腸肛門病センター部長などをへて、現職に至る。専門は大腸・肛門病。特に機能疾患(便秘、便失禁)の診断と治療を専門とする。著書に、『スーパー便秘に克つ! 』(文藝春秋)などがある。