解説者のプロフィール
今ここに気持ちを向け過去や未来のかせを外す
マインドフルネスは、心のストレスを軽くします。
自分の心を自由にして、今の自分の体や心の状態に気づく力を育てます。
そうすることによって、日々のストレスを軽減させるのです。
私の専門とする認知行動療法(認知に働きかけて気持ちを楽にする精神療法の一種)の1つとして、マインドフルネスは世界的に注目されています。
近年、欧米ではうつなどの予防・改善などに使われるようになってきているほどです。
例えば、つらい出来事でショックを受けたり、強いストレスを感じたりしている人は、それらに心をとらわれ、抜け出せなくなることがあります。
そんなとき、ぼんやりして頭を休めることができればよいのですが、そうした人はそれも難しいでしょう。
自分ではぼんやりしていると思っていても、過去に起こった出来事を後悔したり、未来のアレコレを心配し続けたり、気づけばいやな考えを頭の中で一生懸命追い続けます。
そのうち心が疲れ果て、それがひどくなると、うつ病になったり、強い不安に悩まされたりします。
いずれにしも、本来、あるべき「今、ここ」に心がありません。
マインドフルネスは、「今、ここ」に集中することで、過去や未来にとらわれていた人の目を、今へ向けさせます。
とらわれを外して心を整え、改善へと導いていくのです。
禅のマニュアル化がマインドフルネス
マインドフルネスは欧米から日本に導入されて注目を集めています。
しかし、実は私たち日本人にとって、非常になじみの深いものです。
忙しく仕事に追われてストレスに押しつぶされ、心に余裕がなくなってきたとき、山に行ったとしましょう。
山に出かけて森林浴をすると、心が安らぎ、ほっとして、自分を取り戻すことができます。
このようにほっとしたときには、心が「マインドフル」な状態になっていると考えられます。
昔から日本人は、このマインドフルな状態を重要視し、文化にも取り入れてきました。
一例を挙げれば、茶の湯です。
茶室は、自然の中へ赴かなくともマインドフルになれる場としてさまざまな仕掛けが施されています。
お湯を沸かす炭のパチパチ爆ぜる音、シュウシュウと沸き上がるお湯の音、季節感を演出する掛け軸や花。
こうした環境の中で、お茶や和菓子の色、香り、温度、味、舌に触れる感触などを味わうのです。
こうして「今、ここ」に五感が研ぎ澄まされた状態が、マインドフルな状態をもたらし、心を落ち着かせるのです。
禅は、マインドフルな状態を目指す最も伝統的な方法です。
この禅を欧米風にマニュアル化したものが、現在、欧米でブームとなっているマインドフルネスといえるでしょう。
別記事でご紹介している、「マインドフルネス呼吸法」は、呼吸法を利用したマインドフルネスの技法です。
この方法も、心を整える方法の一つとして、気軽に試してみることをお勧めしたいと思います。
マインドフルネス呼吸法をやりながら、森林浴をして、心がほっとほぐれた感覚を頭に浮かべてもよいでしょう。
そのうえで、今の体の感覚と気持ちに集中します。

認知行動療法は問題解決を目指す
マインドフルネスで重要なのは、今の自分や周囲に対して平等に、思いやりを持って注意を振り向けることです。
うつや不安障害で過去や未来で頭がいっぱいの人には、これがなかなかできません。
さまざまな考えにとらわれていると、自分に対しても、周りに対しても思いやりを持つことができません。
それが、自分に対する絶望感や、周囲に対する不信感を強めてしまうのです。
ですから、マインドフルネスを通じて、「今、ここ」の自分に向き合ったとき、思いやりを持って現実を受け入れることが肝腎です。
穏やかな心持ちで、今、ここにある現実を受け入れたうえで、その現実と自分がどう関わっていけばいいかを考えてみてください。
マインドフルネスで、「現実をありのままに受け入れよ」というと、ありのままに現実を受け入れれば、事態が自然に改善するとらえる人も出てきます。
しかし、それは誤解です。
マインドフルネスは、そうした受け身なものではありません。
ありのままの現実を見つめ、それを認めたうえで、その現実に自分がどう関わっていくか、それをいつも念頭に置いておいてほしいのです。
認知行動療法は、問題解決に向けたアプローチです。
悩んでいる人は、現在、直面している問題があるはずです。
悩みの対象は、うつ病や過度な不安といった病気だけではありません。
人間関係のトラブルや仕事のストレスなど、今、目の前の問題のために悩んでいるはず。
そうしたときにマインドフルな状態に自分を置き、心に余裕を持ち、目の前にある問題を冷静に観察していきましょう。
そうすれば、その問題に対してどのように関わっていけばいいのか、冷静に判断できるようになります。
問題解決に向けての第一歩として、マインドフルネス呼吸法をぜひ活用してください。
大野裕
1950年、愛媛県生まれ。1978年、慶應義塾大学医学部卒業。その後、コーネル大学医学部、ペンシルバニア大学医学部への留学を経て、慶應義塾大学教授。認知行動療法の日本における第一人者。日本認知行動療法学会理事長、日本ストレス学会理事長。認知療法活用サイト「こころのスキルアップトレーニング」を監修。