「心房細動」は、高齢者によく起こる不整脈の一種です。
血栓ができやすくなり、脳梗塞(脳の血管が詰まって起こる病気)を引き起こす原因となります。
心房細動による脳梗塞の予防には、一般に血栓をできにくくする抗凝固薬が用いられますが、出血が起こりやすくなる副作用があり、また服用を一生続けなくてはならないという問題点があります。
根治療法に外科手術もありますが、人工心肺を用いる大がかりな手術でした。
それに対して、内視鏡を用いることで体への負担を軽くし、かつ、脳梗塞を防ぐ上で根治的な治療を可能にした新しい手術が注目されています。
この手術を開発した、大塚俊哉先生に詳しいお話を伺いました。
解説者のプロフィール
脳の病気に直結する危険性がある
――まず、心房細動という病気について教えてください。
【大塚】心臓は大きく上下に分かれ、上の部分を心房、下の部分を心室といいます。
心房細動はその名のとおり、心房が細かく震える状態に陥って、心臓の拍動(心拍)のリズムがくずれることをいいます。
心拍は通常、心臓の上部にある洞結節という部位が電気信号を発することで、規則正しくリズムを刻んでいます。
ところが、その働きが正常に機能しなくなったり、代わりにどこか別のところから、異常なリズムの電気信号が流れたりすると、心拍が乱れてしまいます。
その状態を「不整脈」と総称します。
心房細動は不整脈の中で最も多く、年を取れば取るほど起こりやすくなります。
60代から急増し、80歳以上では7~8人に1人の割合で、心房細動があるとされています。
心臓の加齢現象といってもいいでしょう。
心房細動は脈が不規則になるのが特徴で、通常より脈が速くなること(頻脈)もあれば、逆に脈がゆっくりになること(徐脈)もあります。
脈が速くなる場合、「胸がドキドキする」といった自覚症状、さらには息切れ、疲れやすさ、体のむくみなど、心不全の症状が現れてくることがあります。
脈が遅くなって飛んだりする場合には、失神につながることもあります。
ただ、こうした症状の現れ方には個人差が大きく、自覚症状がほとんどない人も少なくありません。
心房細動の恐ろしい点は、血栓症を引き起こす原因となることです。
心房細動で心拍が不規則になると、心房内の血流がよどみ、血の塊(血栓)ができやすくなります。
その血栓がなんらかのショックではがれて血流に乗ると、血管を詰まらせてしまうことがあるのです。
最も多いのが、脳の血管が詰まってしまう脳梗塞です。
脳梗塞全体の約3割は、心房細動が関与していると考えられています。
また、心房細動が原因で起こった脳梗塞は重症化しやすく、死亡、あるいは重い後遺症が残る可能性が高くなります。
最近の研究では、心房細動があると、たとえ大きな脳梗塞の発作にいたらなかったとしても、脳内の小さな血管が詰まる微小な脳梗塞が多発し、それが原因で脳機能が障害され、認知症やうつ病の発症につながると考えられています。
心房細動は、脳の病気に直結する危険性があるのです。
ほかにも、心房細動でできた血栓が足や腎臓、小腸などの血管を詰まらせて、重大な病気を引き起こすことが知られています。
脳梗塞の原因となる心房細動

動悸などがあれば早めに医療機関を受診
──心房細動の診断はどのように行われるのですか?
【大塚】心房細動が慢性的に起こっている状態(慢性心房細動)になると、健康診断などで行われる一般的な心電図検査ですぐに発見できます。
もし心房細動があれば、放置せずに必ず循環器内科などの専門科を受診してください。
ただし、慢性化する以前は心房細動の発作が断続的なため、健康診断を受けたときは、たまたま治まっていて、見逃してしまうこともあります。
治療のためには慢性化する前に発見するのが望ましいので、もし動悸などの自覚症状があるなら、やはりなるべく早期に医療機関を受診してください。
24時間ホルター心電図などの検査で発見が可能です。
心房細動になっていたことを本人が知らず、脳梗塞で倒れてから初めて判明するケースも多いものです。
ある程度の年齢になったら、定期的に心電図検査を受け、早期発見に努める意識が大切です。
認知症患者は薬物療法が難しい場合も
──どんな治療法があるのですか?
【大塚】心房細動の治療には、二つの異なる目的があります。
一つは、心拍数を一定範囲にコントロールし、不整脈を改善すること。
もう一つは、心臓の中で血栓ができないようにして、脳梗塞を予防することです。
心拍数を整えるには、抗不整脈薬と呼ばれる薬を用いたり、電気ショックを用いた治療が行われたりします。
脳梗塞などの血栓症予防には、抗凝固薬と呼ばれる薬を用いるのが一般的です。
従来は「ワルファリン」が広く用いられてきましたが、この薬は患者の体質や食事の影響を受けやすく、量の調節が難しいのが問題点でした。
定期的に血液検査をして、量を調整する必要があるのです。
また、ビタミンKが多い納豆を控えるなど、食生活にも制限が加わります。
そこで近年、服用量を調節する必要のない新たな抗凝固薬が相次いで発売されました。
ただ、新しい薬なので薬価が高いという問題点があります。
いずれにせよ、抗凝固薬の服用は一生にわたって続けなければなりません。
そこに問題があるのです。
高齢になれば動脈硬化が進み、血管がもろくなって出血のリスクが高まります。
胃潰瘍やガンなど、出血性の臓器疾患にかかる可能性も高くなります。
認知症の人は、すでに薬を飲んだことを忘れて、飲み過ぎてしまうという危険も生じます。
つまり、高齢になるほど出血のリスクにさらされる可能性が高まるわけです。
かといって、薬の服用を中止すると、年を重ねたぶん、服薬を始めたときより大きな脳梗塞の危険にさらされるというジレンマに陥るのです。
心房細動による脳梗塞を予防するために、まず抗凝固薬を用いることは決して間違いではありません。
けれど、服用を続けるうちに必ずどこかで限界がきます。
患者さんの年齢や状況によって、薬物療法を継続するより、根治療法を検討したほうがいいケースが出てくるわけです。
従来、心房細動の根治療法は「メイズ法」と呼ばれる外科手術だけでした。
心房の心筋を一時的に切り、再度縫い合わせることによって、心房内の異常な電気信号を遮断する手術です。
効果は高いのですが、人工心肺を用い、胸を切り開いて行うもので、難易度が高く、患者さんの身体的な負担も大きい手術でした。
外科手術以外では、近年「カテーテルアブレーション」がさかんに行われています。
足の付け根などの血管からカテーテル(医療用の管)を入れ、その先端から高周波電流を流し、心臓内の異常な電気刺激の発生部位を焼く治療法です。
メイズ法に比べれば、身体的負担は格段に少ないのですが、治療効果の面では劣ります。
一度の治療では改善が見られなかったり、心房細動が再発してしまったりすることもあります。
ですから、脳梗塞の予防という面では万全の治療とはいえないのです。
また、慢性心房細動にはあまり治療効果がありません。
薬物療法が続けられない心房細動の患者さんには、次の選択肢としてカテーテルアブレーション、それもダメなら外科手術……というのが従来の一般的な考え方だったといえるでしょう。
心房細動に対する主な治療法

手術後は凝固薬が不要
──大塚先生は、心房細動の新たな手術法を考案されたそうですね。
【大塚】胸腔鏡(内視鏡の一種)を用いて行う「WOLF‐OHTSUKA法(以下、WO法)」という手術です。
具体的には、胸に1㎝未満の小さな穴を4箇所開け、そこから胸腔鏡を挿入して行います。
骨や筋肉を切ることはなく、残るのは皮膚の表面の小さな傷跡だけですから、患者さんには「切らない手術」だと説明しています。
従来の外科手術と比べて、身体的負担を圧倒的に少なくすることができる。
これが第1のメリットです。
第2のメリットは、脳梗塞の予防効果を得られるため、手術後に抗凝固薬を飲まずに済むようになることです。
心房細動による血栓の大半は、「左心耳」という箇所でできます(下の図参照)。
名前のとおり、耳のような複雑な形をした出っ張りで、血流が滞りやすいのです。
WO法ではホチキスのような器具を使い、この左心耳を切り取ると同時に、傷口をふさぎます。
左心耳を切除すれば血栓ができなくなり、脳梗塞を起こすリスクがなくなるのです。
ちなみに、左心耳は切除しても、心房細動の患者さんにとって不都合はありません。
また、WO法では多くの場合、左心耳切除と同時に、不整脈を治すためのアブレーション(患部を焼くこと)も併せて行います。
通常のカテーテルアブレーションでは心臓の内側から点をつなぐように焼くため、1回の治療では効果がない場合があります。
これに対してWO法では、外側から問題の部位を器具ではさむようにして焼けるので、1回でも比較的高い効果が認められます。
ただし、心房細動を長年患っていて慢性化している人は、アブレーションによる不整脈の改善効果が期待できないため、
左心耳切除だけを行うこともあります。それでも、心房細動の治療の最大の目的である脳梗塞予防は達成できます。
「抗凝固薬を飲まなくて済み、脳梗塞におびえることなく、安心して過ごせるようになった」と喜ぶ患者さんが多いものです。
WOLF‐OHTSUKA法で切り取る左心耳


高齢者ほど検討したい手術法
──WO法はどのような患者さんにお勧めでしょうか?
【大塚】薬物療法や、カテーテルアブレーションでは十分な効果がない患者さん、また、年齢やライフスタイルなどの要因から「薬を飲み続けたくない、続けられない」といった患者さんは検討してよいと思います。
当院では2008年から現在まで約650例、この手術を行っています。これまでに手術を受けた患者さんの年齢は、最高91歳に及びます。
高齢になるほど薬物療法の継続が困難になりますから、むしろ高齢者ほどお勧めと言ってもいいかもしれません。
最後に、当院で手術を受けた70代の男性Aさんの例です。
Aさんは、その数年前から胸が突然ドキドキしたり、趣味のラグビーのプレー中に強い動悸がして、体を動かせなくなったりしたそうです。
心房細動と診断され、当初は抗凝固薬を服用していました。
けれど出血しやすくなり、ラグビーをやると体中あざだらけになったそうです。
抗凝固薬をやめたいと希望して、主治医に紹介されて来院し、WO法を受けたのです。
手術後、抗凝固薬は不要になり、Aさんは現在もラグビーを楽しんでいらっしゃいます。
8年経過していますが、MRI検査で脳梗塞の兆候はありません。
なお、WO法は現在、当院のほか、茨城県の筑波記念病院、埼玉県の上尾中央総合病院、三重県の松坂中央総合病院などでも行われています。
大塚 俊哉
都立多摩総合医療センター 心臓血管外科部長
1986 年、東北大学医学部卒業。東京大学医学部胸部外科助手、米国オハイオ州クライスト病院心臓・胸部外科臨床フェロー、東京大学医学部心臓外科講師を経て、2002 年より現職。心臓・胸部外科手術のパイオニアRandall K.Wolf 医師の「ウルフ・ミニメイズ法」に独自の改良を加えた「WOLF-OHTSUKA 法」が高く評価されている。