解説者のプロフィール
突然、目の前にチカチカとした動く光が見え、しばらくの間、部分的にものが見えなくなる……。こうした経験をされたことのある人は、いませんか。
これは「閃輝暗点(せんきあんてん)」と呼ばれる症状で、片頭痛の前触れとして起こることが多いものです。
通常、閃輝暗点の症状は一過性で心配ないとされますが、車の運転中など、場合によっては危険なこともあります。
また、ごくまれにですが、脳の血管が詰まって起こる病気である脳梗塞の前兆として起こることもあり、この場合は早急に医療機関を受診すべきです。
危険な閃輝暗点の見分け方について、日本医科大学脳神経外科の喜多村孝幸先生に詳しいお話を伺いました。
目の異常ではなく脳の血管の収縮が原因
――閃輝暗点とは、どのような症状なのでしょうか?
喜多村
突然、視野の中にキラキラと乱反射する光のようなもの(閃輝)が現れるのです。
光の形は、ノコギリの刃のようにギザギザした形、幾何学模様のような形に見えることが多いものです。
この光は、目を閉じても消えません。
閃輝暗点の見え方のイメージ

そして、しだいにキラキラした光が視界の中で広がっていき、今度は、目を凝らしても、今まで見えていた視野に見えにくい部分(暗点)が出てきます。
ときには、視界のかなりの部分が見えなくなることもあります。
短ければ5分、長ければ1時間ほどもこうした症状が続き、しばらくすると視野が回復してきます。
閃輝暗点の症状を初めて経験する人は、驚かれるでしょう。
そして、目がおかしくなったと思われるかもしれませんが、閃輝暗点の原因は、眼球の異常ではありません。
視覚にかかわる脳の血管が異常に収縮し、一時的に血液量が減ることで引き起こされる症状なのです。
――目ではなく、脳の血管の問題なのですね。
喜多村
私たちの目は、ちょうどカメラのような構造で、さまざまなものの色や形を光の情報として取り入れます。
その情報が視神経を通じて脳に伝達され、映像として認識されます。
視覚情報を認識しているのは、脳の後ろのほうの後頭葉にある視覚野です。
脳の中にはたくさんの血管が通っていますが、血管の収縮に深くかかわっているのが、「セロトニン」という神経伝達物質です。
脳がなんらかの刺激を受けたさい、血液中にセロトニンが大量に放出され、血管を急激に収縮させます。
後頭葉の血管が収縮して血液量が減ると、視覚野の働きにも支障が生じて、閃輝暗点の症状が引き起こされるというわけです。
なぜセロトニンの急激な放出が起こるのかはまだ解明されていませんが、ストレスやホルモンバランスの変化が関与していると考えられています。
そして、セロトニンが分解されてくると、収縮していた血管が今度は急激に広がりますが、そのさい、ただ元に戻るのでは済まずに、反動で血管が広がり過ぎてしまうことがあります。
すると周囲に炎症が起こり、三叉神経というものを刺激します。
三叉神経が刺激されると、片頭痛の症状が起こります。
閃輝暗点は、後ほど紹介する例外的なものを除けば、このようなメカニズムで片頭痛の前触れとして起こることが多いものです。
片頭痛に悩まされている人の3割くらいが、片頭痛が起こる前触れとして閃輝暗点の症状を経験します。
片頭痛患者の8割は女性
――片頭痛は、どんな特徴のある頭痛なのでしょうか?
喜多村
慢性的に起こる頭痛の中で最も多いのは、首・肩のこりや目の疲れなどからくる「緊張型頭痛」です。このタイプの頭痛持ちは2500万人ほどもいるといわれています。
一方、片頭痛は840万人ほどといわれていますが、男性より女性に圧倒的に多く、8割は女性です。年齢層は比較的若い世代に発症しやすい傾向があり、20代~40代に多く、小児や10代から症状が始まることも珍しくありません。
体質的に遺伝する傾向があり、親に片頭痛がある場合は、子も片頭痛が起こりやすいといわれています。
よく一般には「頭の片側がズキズキと痛むのが片頭痛」と言われますが、痛む箇所や痛み方だけでは片頭痛かどうかは判断できません。
「頭全体がギューッと締め付けられるように痛む」とか「頭が破裂しそうになる」と感じる人もいるのです。
主な片頭痛の症状の特徴

脳梗塞の前兆と、片頭痛の前兆の違いはこれ

片頭痛であるかどうかは、主に次のような特徴から判断します。
①体を動かすと、頭痛がひどくなる
緊張型頭痛の場合は、体を動かすと頭痛がまぎれることがあります。
ところが、片頭痛では首や頭を下げる程度の動作でも症状が悪化するのです。
②吐き気を伴う
脳の視床下部というところに、吐き気をもよおす嘔吐中枢があります。
炎症で三叉神経が刺激されると、この嘔吐中枢に刺激が伝わり、胃腸の不調がなくとも吐き気をもよおしてしまいます。
③視覚・聴覚・嗅覚が過敏になる
「光がまぶしく感じられる」
「音がうるさく感じられる」
「においに過敏になってしまう」など、感覚の過敏が起こります。
また逆に、強い日差しが目に入ったり、大音量が耳に入ったりすると、片頭痛の発作が誘発されてしまうこともあります。
④特定の状況下で起こりやすい
まず女性では、女性ホルモンのエストロゲンという物質の血中濃度が低下したとき、すなわち、月経・排卵の周期で片頭痛の発作が起こりやすくなります。
気圧が急に下がったときにも、片頭痛が起こりやすいことが知られています。
頭痛の発作が起こるので、天候の変化が予測できるという患者さんもいるほどです。
また、緊張が解けて、リラックスしたときに起こりやすいという、やっかいな面もあります。
週末に普段より長く寝たりすると、片頭痛が起こってしまうことがあるのです。
これは内臓や血管の働きを調整する自律神経の働きが関係していて、リラックス時に優位になる副交感神経に血管を広げる働きがあるからです。
――閃輝暗点の症状があった人は、どうすべきですか?
喜多村
いずれにせよ、脳神経外科や神経内科などの専門医を受診していただきたいのですが、ここで注意しておきたいのは、閃輝暗点に片頭痛が伴わないケースでは、他の重篤な病気が隠れていることがある点です。
片頭痛がある人の3割程度に、前触れとして閃輝暗点が起こると述べました。
つまり、閃輝暗点が起こらない片頭痛患者さんも多いわけです。
それとは反対に、閃輝暗点の症状が起こるけれど、片頭痛はないという人もいらっしゃいます。
閃輝暗点は後頭部の血流障害が起こす症状ですが、先ほど説明した「血管の急激な収縮」とは異なる原因で、血流障害が起こることもあります。
可能性として考えられるのは、脳梗塞や、脳腫瘍による血管の圧迫です。
特に、中高年から閃輝暗点だけが起こるようになったという人は、脳梗塞の前触れである恐れがありますから、一度は脳の精密検査を受けられたほうがいいでしょう。
脳の血管の様子を見ることができるMRA(磁気共鳴血管造影)検査を受診するのがお勧めです。
目に栄養を送る血管は、脳の中を通る動脈から枝分かれしたものです。ですから、脳の血管に障害が起こると、目の症状として現れることも少なくありません。
脳梗塞の前触れとして、「ものが二重に見える(複視)」「突然、片目だけが黒いカーテンがかかったように見えなくなる(一過性黒内障)」といった目の症状が起こることがあります。
余談ですが、MRAのような機器ができる以前は、私たち脳神経外科医は眼底の血管を見て、脳の血管の状態を推測していたものです。
一過性脳虚血も、脳梗塞の危険信号
目の症状のほかには、
「片側の手足に力が入らない・しびれが起こる」、
「ろれつが回らなくなる」、
「言葉が思うように出なくなる、人の言うことがうまく理解できなくなる」などといったことが起こる場合があります。
これらは一過性脳虚血発作といい、脳の血液の流れが一時的に悪くなり、血栓が詰まってしまっている状態です。
血栓が溶けると血流が正常に戻るため、通常は24時間以内には症状が消えます。
一過性のため、重要視しない人も多いですが、これらは脳梗塞の危険信号であり、発症を未然に防ぐ最後のチャンスでもあります。ただちに脳の検査を受けましょう。
頻度が高く長引く場合は治療が勧められる
閃輝暗点があって脳の検査を受け、特に異常が見つからなければ、片頭痛に伴うのと同様の血管の収縮によるものと考えられます。
命にかかわる心配はないと考えていいでしょう。
ただし、閃輝暗点の起こる頻度が高かったり、症状が治まるまでの時間が長かったりして、生活に支障が生じるような場合には、血管拡張剤などの薬を用いたほうがいいかもしれません。
また、若い人で片頭痛を伴う典型的な閃輝暗点であれば、そんなに心配はいりません。
むしろ、閃輝暗点よりも片頭痛の症状のほうがつらいでしょうから、専門医に治療を受けられるのがいいでしょう。
片頭痛の治療法は薬物療法が中心となり、頭痛発作を起こりにくくするための予防薬と、発作が起こってすぐに服用する急性期治療薬との2種類に大別されます。
なお、閃輝暗点と似た症状の起こる目の病気に「光視症」があります。
光視症では、暗い部屋で急に雷のような光が見えたり、目に光が当たっていないにもかかわらず、チカチカと点滅を感じたりします。
網膜剥離や硝子体剥離という目の障害が原因で、眼科の扱う病気になります。
ですから、チカチカした光が見える症状が気になったら、眼科と脳神経外科、あるいは神経内科を受診するのがいちばんいいでしょう。
喜多村孝幸
1982年、日本医科大学医学部卒業。日本医科大学脳神経外科教授等を経て2013年より現職。専門は頭痛の治療と、水頭症、脳室内腫瘍、脳下垂体腫瘍、脳内出血に対する神経内視鏡手術。著書に『もう頭痛で悩まない』(主婦と生活社)などがある。日本脳神経外科学会専門医、日本神経内視鏡学会技術認定医、日本頭痛学会認定専門医。