胃の内容物が食道やのどまで逆流する「逆流性食道炎」とは
「逆流性食道炎」は、もともとは欧米に多い病気で、日本の罹患率は1980年代で成人の2〜3%でした。
しかし1990年以降、急増し、今では成人の約10%が逆流性食道炎とされています。
では、逆流性食道炎とは、どのような病気なのでしょうか。
私たちの体は、食べ物を飲み込むと食道のいちばん下にあり、収縮して管を閉める括約筋が開いて、食べ物が胃に入る仕組みになっています。
通常は、胃の内容物が逆流しないよう、食道の括約筋は閉じています。ところが、なんらかの理由でこの括約筋がゆるみ、物を食べるとき以外も開いてしまうと、胃の内容物が逆流して上がってきてしまいます。
胃には食べた物以外に、食べ物を溶かす胃酸があります。これは非常に強い酸なので、逆流すると食道が傷つき、胸の辺りが熱くなる「胸やけ」が起こります。これが、逆流性食道炎と呼ばれる病気です。
胸やけのほかには、吐き気、酸っぱいものが上がってくる「呑酸」といった症状を訴える人も多くいます。
また、食道に傷がなくても、ストレスなどで神経が過敏になっていると、ごく少量の胃酸が刺激となって、のどの痛み、セキ、ぜんそくなどを引き起こすケースもあります。これは若い女性に多く見られます。
一方、食道の通り道である横隔膜の穴が大きくなり、胃が上に上がってしまう「食道裂孔ヘルニア」によって逆流性食道炎が起こる場合もあります。こちらは、背中が曲がった高齢者などに多い病気です。
命にかかわる病気ではないが不快症状は深刻
逆流性食道炎は命にかかわるような悪性の病気ではありませんが、その不快な症状から生活の質が著しく低下する病気です。
代表的なのが、睡眠障害です。
日本で行われた疫学調査によると、一般成人の約20%が何らかの睡眠の問題を抱えているのに対し、逆流性食道炎患者ではそれが50%以上に上るという結果が出ています。
寝ているときに胃酸の逆流が起こって目が覚めたり、軽微な不快感によって熟睡が妨げられていたりすることが多いのです。
さらに、睡眠が十分取れていないと、逆流性食道炎の症状がひどくなることも、研究で明らかになっています。
こうした睡眠障害や、日中の逆流症状によって、集中力の低下や不調が続くと、仕事を休まざるを得なくなったり、外出もままならなかったりするなど、日常生活に支障をきたします。
生活の質の低下の度合いは、高血圧や安定している狭心症の人よりも悪いといわれています。
なお、欧米では逆流性食道炎の長期化が食道がんを招くといわれていますが、日本人では逆流から起こるがんはほとんどありません。重症化するまで放っておく人が少ないのでしょう。
逆流性食道炎になるとどんな困ったことがある?

胃酸を抑える薬の服用が標準治療
治療方法は、胃酸を抑える薬の服用が基本となります。ただし、この薬は括約筋が開いて逆流が起こるのを防ぐわけではありません。
必要に応じて薬を飲み続けることで、再発を防げるようになっています。とはいえ、長期にわたって薬を服用し続けていると、腸内細菌に影響を与える可能性は考えられます。症状が落ち着いているときは薬を減らすなど、医師の管理が重要となります。
海外では胃酸を抑える薬を長期間服用していると、認知症、腎臓病、心筋梗塞になりやすいとする報告もあります。しかし、これについては明らかな因果関係は証明されていません。
そのほか、前述した睡眠障害との関連で、睡眠薬を処方してよく眠れるようになると、逆流性食道炎の症状が改善するケースもあります。
日本で逆流性食道炎が増えたのは、食生活の欧米化、肥満の増加、ピロリ菌感染率の低下などが要因といわれています。
特に逆流を起こしやすい食べ物に挙げられているのは、高脂肪食、チョコレート、あんこ、サツマイモ、炭酸飲料、香辛料などです。また、喫煙との関連も明らかになっています。
最も逆流が起こりやすいのは、食後2〜3時間と就寝中です。そのため、夜遅くに食べてすぐ寝るのもよくありません。
医師の適切な治療を受けながら、こうした生活習慣の見直しも、この病気を治すのには必要と考えられます。

自覚症状が希薄でも実は・・・・・・ということも
逆流性食道炎の代表的な症状は、胸の辺りが焼けるように熱くなってムカムカする胸やけ、げっぷや吐き気、酸っぱいものが上がってくる呑酸です。
しかし中には、おなかの張りを訴えて医療機関を受診し、調べてみると胃酸の逆流が原因だったというケースもあります。
このような場合も、詳しく問診すれば、実は胸やけや呑酸などの症状を併発していることが多いものです。おなかの張りという主訴だけを見ていたのでは、なかなか逆流性食道炎であることに気づけない場合があります。
そこで、最近は待ち合い中に簡単な問診票に記入してもらい、逆流性食道炎の症状がないかどうかをチェックする医療機関も増えてきています。
今回はそのチェックリストを掲載するので、気になる人はぜひやってみてください。合計点数が8点以上なら、逆流性食道炎の可能性があると考えられます。一度、医療機関を受診することをお勧めします。
逆流性食道炎の確定診断に最も有効な方法は、内視鏡検査です。逆流性食道炎は多くの場合、食道に傷や炎症が見られます。
ところが、食道に傷や炎症がなくても、胸やけ、吐き気、呑酸などの症状を訴える人がときどきいます。これは若い人に多く、ストレスや睡眠不足で神経が過敏になっていて、わずかな胃酸の逆流が刺激になっているのです。のどの痛みやセキ症状だけの場合もあり、このようなケースはなかなか診断がつきにくいものです。
鼻からカテーテルを入れて食道の酸性度を測る検査もありますが、この検査が行える病院は限られています。そのため、通常は胃酸を抑える薬を服用してみて判断します。この薬が効いて症状が改善すれば、胃酸の刺激によって症状が起こっていたということです。
逆流性食道炎の自己診断チェックリスト

内視鏡検査をすれば正確な診断がつく
胸やけ、吐き気、呑酸などの症状は、胃炎や胃潰瘍など、胃の病気でも起こります。内視鏡検査は、こうした逆流性食道炎と似た症状を持つ病気との鑑別にも有効です。
また、ごくまれに、食べ物を飲み込んでも括約筋が開かない「食道アカラシア」という病気があります。これも、症状は逆流性食道炎と似ています。この病気は、食道内圧検査や内視鏡検査で鑑別が可能です。
逆流性食道炎は、生活の質が著しく低下する病気です。チェックリストで点数が高かった人、逆流性食道炎と診断され、今まで一度も内視鏡検査を受けたことがない人は、他の病気との鑑別や悪性の腫瘍などがないことを確認するためにも、ぜひ一度、内視鏡検査を受けてみてください。診断が確定し、適切な治療を受ければ、快適な生活を取り戻すことができます。
次の記事では「逆流性食道炎とタバコ」について解説しましょう。
解説者のプロフィール

藤原靖弘
大阪市立大学大学院医学研究科消化器内科学教授。
日本内科学会(指導医・総合内科専門医)、日本消化器病学会(指導医・専門医、評議員)、日本消化器内視鏡学会(指導医・専門医、評議員)、日本消化管学会、日本癌学会、米国消化器学会などに所属。
1988年大阪市立大学医学部卒業。
1995年同大学大学院医学研究科博士課程修了。
日々の診療とともに、上部消化管疾患の病態解明や内視鏡診断、治療(特に胃食道逆流症、バレット食道)、睡眠と消化器疾患を研究テーマとして活躍中。