解説者のプロフィール
唾液で胃液の酸を流すために歯ぎしりをする
「ギシギシ」「キリキリ」「ギリギリ」……。睡眠中に、強く歯をこすり合わせ、音を出す「歯ぎしり」。家族から、苦情を言われるかたもいるでしょう。
歯ぎしりは、専門的には「ブラキシズム」といい、
①上下の歯をギシギシさせる「グラインディング」
②食いしばり「クレンチング」
③上下の歯を小刻みに動かす「タッピング」
の三つに分けられます。
一般には、①を歯ぎしりと呼びますが、②や③も、歯ぎしりに含まれます。
さて、こうした歯ぎしりが、逆流性食道炎に関係して起こることがわかっています。その関係を確かめた実験があります。
普段は歯ぎしりをしない被験者の食道内に、睡眠中、酸を注入したところ、「高い率で歯ぎしりが認められた」というものです。つまり、酸を注入して逆流性食道炎に似た状況を作ったところ、歯ぎしりが誘発されたのです。
これを基に、歯ぎしりは、逆流性食道炎によって誘発されているものがあるのではないかと考えられています。その理由については、「食道内に入り込んできた胃酸を唾液で洗い流すため」という説が有力です。
歯ぎしりは悪習癖だがストレス解消に役立つ
歯ぎしりは、口腔内の悪習癖の一つではありますが、実は、役立っている面もあります。
その一つが、「唾液の分泌を促す」ということです。試しに、今、少し上下の歯をすり合わせたり、カチカチさせたりしてみてください。唾液が出てくるのがわかるでしょう。
睡眠中は唾液が減りますが、歯ぎしりをすると唾液の分泌が促されます。そこで、食道に流れ込んだ胃酸を唾液で薄めて中和するため、「脳が指令して歯ぎしりを起こさせているのではないか」というわけです。
実際、私が日ごろの診療で出会う歯ぎしりを訴える患者さんの中にも、逆流性食道炎の人が相当数います。
ただし、逆流性食道炎になったときから歯ぎしりが起こるとは限らず、「昔から歯ぎしりがあったが、最近になって逆流性食道炎と診断された」という患者さんもいます。
逆流性食道炎自体、初期や中期であれば、ほとんど自覚症状がない場合もあります。そんなこともあって、「歯ぎしりと逆流性食道炎のどちらが先」とも言いがたいのです。
もともと、歯ぎしりは無意識のうちに行われるストレス解消のための行為です。一方、逆流性食道炎発症の主要因にストレスが挙げられます。ですから、この二つが併発しやすいのは当然ともいえます。

歯ぎしりがあるなら逆流性食道炎の可能性も
歯ぎしりを止めずに歯を守るマウスピースの着用
ここで重要なのは、「歯ぎしりは止められないし、また止めてはいけない」ということです。歯ぎしりは、脳が指令して起こるストレス解消のための行為だからです。
前述の通り、唾液で食道を洗い流すためにも役立っているので、逆流性食道炎の人が無理に歯ぎしりをしないようにすると、かえって悪化させる危険性もあります。
とはいえ、歯ぎしりは、歯と歯ぐきを傷めます。歯ぐきの炎症や知覚過敏症を起こしたり、ひどい場合は歯がぐらついたり、折れたりすることもあります。嚙む動作に使う咀嚼筋という筋肉が慢性的に疲労し、顔にしこりや痛みが出たり、顎関節症や肩こり、頭痛の原因になったりもします。
また、逆流性食道炎を併発している場合、逆流してきた胃酸による歯の酸蝕症(強い酸で歯の表面が溶けてもろくなるもの)が起きる危険性もあります。この状態で歯ぎしりをすると、よりいっそう歯が傷みやすくなるので要注意です。
結果的に歯ぎしりは、歯と歯ぐきを傷めてあごの痛みなども起こし、かえってストレスになっている場合もあります。
では、歯ぎしりの効用を生かしつつ、歯と歯ぐきを守るにはどうすればよいのでしょうか。
現在のところ、唯一の解決策は、歯科でマウスピースを作ってもらい、睡眠中に装着することです。そうすれば、歯ぎしりの動作自体は止めずに、歯と歯ぐきを守ることができます。
先日、私は50代半ばの男性の患者さんに、「歯ぎしりをどうにかしたい」と相談されました。
その男性は、奥さまを亡くされて以来、ひどい歯ぎしりをするようになり、顔とアゴの痛みに悩んでいました。
そこでマウスピースを作ったところ、痛みが取れて、精神的ストレスも緩和され、表情が明るくなりました。
マウスピースで歯を守るとともに、歯ぎしり自体によるストレスを緩和するのは、非常によい方法です。
逆流性食道炎の改善を促すためにも、歯と歯ぐきを守るためにも、歯ぎしりで悩んでいる人は、歯科で相談してマウスピースの使用を検討してみてはいかがでしょうか。
野村洋文
1968年埼玉県入間市生まれ。日本大学歯学部卒業。トロント大学歯学部留学。歯学博士。中久喜学術賞受賞。木下歯科医院副院長。食と口の評論家として、主な著書に『たいへん申し上げにくいのですが…』(秀和システム)、『食いしん坊歯医者のしゃべくり世界史』(しののめ出版)などが好評発売中。雑誌の口腔関連記事への監修および、異業種と歯科医療とのコラボレーション、Cwave(インターネットテレビ)のMCなど、マルチに活動している。