解説者のプロフィール

高沢謙二(たかざわ・けんじ)
東京医科大学病院健診予防医学センター長、東京医科大学教授。
1952年、埼玉県生まれ。浦和高校、東京医科大学卒業後、同大学大学院修了。医学博士。日本循環器学会評議員、日本高血圧学会会員、日本動脈硬化学会会員。加速度脈波の波形分析による血管年齢を発案し、世界的に注目される。著書に『「やわらかい血管」で病気にならない』(SBクリエイティブ)、監修書に『100歳まで切れない詰まらないタフな血管をつくる!』(マキノ出版)などがある。
4人に1人が血管の病気で死ぬ
厚生労働省の2016年の人口動態統計によると、日本人の死因の1位はガン、2位は心臓病、3位は肺炎、4位は脳卒中です。
心臓病や脳卒中といったいわゆる血管病が二つも入っており、この二つを合わせると、実に4人に1人の死因となっています。
心臓病や脳卒中は、心臓や脳が悪化したために起こるのではありません。
血液がドロドロになり、動脈硬化が進行した末に起こります。
つまり、血管の状態が悪化した結果として、これらの病気は起こるのです。
そして、これらの血管病の最大の原因は高血圧です。
それでは、高血圧がなぜ血管病を引き起こすのでしょうか。
まず、血圧が高くなると、その圧力によって血管が傷つけられます。
そもそも血管は、内側から「内膜」「中膜」「外膜」の3層から成ります。
血管の外側には、知覚神経が張り巡らされており、採血などによって痛みを感じます。
ところが、血管の内側には知覚神経がありません。
血圧が上がり、内膜を傷つけられようと、一切痛みを感じません。
高血圧が、「サイレントキラー」(沈黙の殺し屋)といわれるのもこのためです。
私たちは、血管の内側で起こる変化を自分では感じられないのです。
血圧が高くなると、その圧力から血管を守ろうとするしくみが働き、血管は厚く硬くなります。
血管の内腔(血管の内部の広さ)が次第に狭くなり、動脈硬化が進行します。
血管がしなやかさを失って硬くなると、心臓から血液を押し出す圧力を高めないと血液が流れにくくなります。
このために血圧が上昇し、高まった血圧によって血管がさらに傷つけられることになるのです。
このように血圧が上がるとともに動脈硬化が進み、悪循環に陥ってしまうのです。
脂質異常症が血栓を作り心筋梗塞や脳梗塞を呼ぶ
また、高血圧のある人は、糖尿病や脂質異常症といった生活習慣病を併発していることが多い点も大きな問題です。
糖尿病は、食事で取った糖分が消化・分解できずに余り、血液中にあふれ出す病気です。
糖分を多量に含む血液もまた、血管を傷つける大きな要因となります。
脂質異常症は、血液中に中性脂肪や悪玉コレステロールが増える病気です。
脂質異常症になると、血液はドロドロになり、余分な中性脂肪や悪玉コレステロールが血管壁に付着し、動脈硬化を進行させます。
血管の内腔はどんどん狭くなり、血管壁がいよいよ硬く、もろくなっていきます。
もろくなった血管壁には、こぶ(プラーク)ができやすくなります。
そもそもプラークははがれやすく、破れやすいのです。
プラークが破れると、それを修復するために、血小板が集まってきます。
こうして作られる血の塊が血栓なのです。
この血栓が心臓や脳で詰まれば、心筋梗塞や脳梗塞などの重大な疾患が引き起こされることになります。

高血圧の人は1ミリでも下げる努力を
血圧が高くなれば、血管がその圧力に耐えきれず、血管が破れることもあります。
それが脳で起これば脳出血なのです。
厚生労働省が行っている健康づくり運動「健康日本21」では、健康に役立つ国内外の調査データを紹介しています。
そのデータによれば、最大血圧が10㎜Hg上昇すると、男性で約20%、女性で約15%、脳梗塞や脳出血にかかる確率が高まるとされています。
また、逆に最大血圧を5㎜Hg下げるだけで、脳梗塞や脳出血の発症率が実に42%も低下するという報告もあります。
昨年の9月には、アメリカの国立心肺血液研究所が出した公式発表が大きなニュースとなりました。
「最大血圧を120㎜Hg未満に下げる目標の治療を行えば、心臓発作や脳卒中の発症率が3分の1に減り、死亡率も4分の1下がった」というのです(日本高血圧学会のガイドラインでは、通常の降圧目標は140/90㎜Hg未満)。
研究は、50歳以上の心臓病や腎臓病などを発症する恐れのある高血圧の患者約9400人を対象として、2010年から2013年まで実施されました。
当初は2018年まで行われる予定でしたが、科学的な検証が進み、一般の人が健康を維持するうえで「重大な結論」が出たとして、前倒しで発表されたのです。
いずれにしても、高血圧の人はたとえ1㎜Hgでも下げれば、体によい影響を及ぼします。
なぜなら、心臓は1日におよそ10万回も動いています。
血圧が1㎜Hg下がれば、それが毎日10万回ずつくり返されるため、その積み重ねが体へ、そして血管へと反映されるのです。
心筋梗塞や脳卒中などの血管事故を予防するためには、最大の危険因子である高血圧を、日ごろからチェックしておくことが大事です。
猛暑が続く今夏は特に注意が必要!
脳梗塞は、夏に最も多いというデータがあります。夏は汗などで体内の脱水が起こりやすいためです。
水分補給が不足すると、血管内の水分だけ失われ、血液の血球成分が濃縮されて血液がドロドロになるのです。その結果、血栓ができやすくなり、脳梗塞の危険性も高まります。
これは、戸外だけでなく、エアコンの効いた室内でも同じです。涼しい室内にいるから大丈夫ということではありません。
エアコンは湿度を下げて、空気を乾燥させます。そのため、デスクワークをしていても、体内から水分は出ていきやすい。
室内にいても、意識して水分補給を心がけるといいでしょう。65歳以上の高齢者では、気温が30℃を超える真夏日で死亡率が上昇し始め、32℃を超えると1.66倍にもなるというデータもあります。
真夏日が多い今年の夏は、水分補給が特に重要です。のどが渇いたという自覚がなくても、意識してこまめな水分補給を心がけてください。
特に運動後の水分補給には、塩分(ナトリウム)も重要です。夏場の急激な発汗は、脱水や熱中症の大きな原因になります。
スポーツドリンクを利用するなど、意識して塩分も取るようにしましょう。これは、高血圧の人にもいえることです。
しかし、高血圧で健康意識の高い人の中には、塩分の取り過ぎに神経質になり過ぎている人もいます。そんな人は、塩分を取るべきときにも控えてしまいます。
その結果、脱水で倒れる事故が起こるのです。高血圧の人であっても、「のどが渇いたら、水を飲め。汗をかいたら、塩も取れ」という原則を守りましょう。
また、あまり知られていないかもしれませんが、脳梗塞の初期症状は、熱中症とよく似ています。夏に急激に起こるめまいや頭痛、吐き気、冷や汗、倦怠感などは熱中症と思われがちです。
しかし、脳梗塞などの血栓が詰まる病気(血栓症)でも、同じ症状が現れるのです。血栓症は、一度発症すると重篤な症状になることも多い病気です。
自分で勝手に熱中症と判断せず、そんな症状が出てきたらすぐに医師に相談するといいでしょう。
