解説者のプロフィール
60代男性の約20%の心臓は骨化している
全身に血液を送り出すために、休みなく働いている心臓。体のほかの臓器と同様、心臓も加齢とともに機能が低下します。
心臓を動かし続けている心筋は、年を重ねるにつれて筋肉が硬く変性し、心臓は徐々に小さく硬くなります。
そうした心臓の老化現象の一つとして、近年の研究で新たに明らかになってきたのが、心臓の「骨化」です。骨化とは文字どおり、本来は柔らかい組織が、骨のように硬くなってしまうこと。
心臓の骨化が起こる場所は、心臓を囲むように走っている冠動脈という太い血管で、動脈硬化に併発するかたちで生じます。通常の動脈硬化では、脂肪などが蓄積した結果、プラークと呼ばれる袋状の柔らかい塊が、血管内にできてしまいます。
このプラーク内に、何らかの原因でカルシウムが沈着してしまった状態が、骨化です。
通常の動脈硬化によるプラークは、脂肪分や細胞の死骸など柔らかいものばかりなので、プラークがよほど大きくならない限り、破裂する危険性は高くありません。
ところが、プラークの中で骨化したカルシウムは、ゴツゴツと硬く角が立った状態です。やや乱暴な例えをすると、風船の中にとがった小石を入れているようなもので、ささいな衝撃でもプラークが破れてしまい、冠動脈に血栓(血の塊)が詰まって心筋梗塞や狭心症を招いてしまうのです。
最近の研究で、心臓の骨化が起きている人は、心筋梗塞や狭心症、脳卒中などの脳血管疾患による死亡率が、10倍も高まることが明らかになりました。そのため、健康上注意すべき病変として、心臓の骨化が注目されているのです。
冠動脈が骨化している人の割合は加齢とともに増加し、男性では50代で16%、60代で20%くらいです。女性の場合は、月経がある間は骨化はほとんど起こりませんが、閉経後に骨化が急速に進む傾向が見られます。
ただし、個人差が大きく、動脈硬化が進んでいても骨化が起きていないケースもあります。
心臓の骨化が起こる仕組み
なぜ、骨化が起こるのでしょうか。
骨化が起こる主な原因は、体内のカルシウム不足です。体内のカルシウムが過剰なため、余分なカルシウムが血管のプラーク内に沈着して骨化すると思われがちですが、実は逆なのです。
カルシウムは骨や歯を構成する主成分ですが、神経の伝達や筋肉の収縮、ホルモン分泌や免疫機能を正常に保つなど、体内で重要な働きをしています。
そのため人体には、血液中のカルシウム濃度を一定に保つしくみがあります。血液中のカルシウムが不足すると、副甲状腺ホルモンが分泌され、骨からカルシウムを溶かし出して血液中に補給します。
そうして、血液中に増えたカルシウムが血管のプラーク内に蓄積される結果、骨化が起こるのです。
体内のカルシウムが不足するほど、骨からカルシウムが過剰に溶け出して、血管や脳、内臓など骨以外の臓器にカルシウムが沈着してしまうことを「カルシウム・パラドクス(逆説)」といいます。

石灰化ではなく、骨化。自覚症状や予防策について
ちなみに、カルシウムが骨以外の臓器に沈着することを一般に「石灰化」と呼びます。しかし、血管のプラーク内に生じるカルシウム沈着は、単に余分なカルシウムがたまる受動的な現象ではなく、骨の形成に働く骨芽細胞などが関与する、能動的な現象であることがわかってきました。そのため、石灰化ではなく「骨化」と呼んでいます。
心臓の骨化の有無は、画像検査の冠動脈CT(コンピュータ断層撮影)を受けるとわかります。
冠動脈CTで測定されるアガットストン・スコア(カルシウムスコア)が10以下の場合は骨化は「なし」、100以上は「中等度」、400以上は「重度」と診断されます。残念ながら、一般の健康診断では、見つけることができません。
心臓の骨化は、かなり進行しても自覚症状がないことがほとんどです。心筋梗塞や狭心症などを発症して、事後的に発見されるケースが大半です。それだけに、普段の生活習慣を見直して予防策を講じることが大切なのです。
原田和昌
1985年東京大学医学部卒業。ハーバード大学研究員、東京大学医学部附属病院循環器内科助手、東京都健康長寿医療センター内科総括部長、東京医科大学客員教授等を経て、2012年より現職。特に高血圧の治療で定評がある。