解説者のプロフィール

井上節子
文教大学健康栄養学部管理栄養学科教授。
研究分野は応用健康科学、応用生物科学。
タマネギの外皮の機能性と、効果的においしく食べる調理法などについて、研究を続けている。
玉ねぎの皮の有効成分の含有量は可食部分の20~30倍!
タマネギは、血液をサラサラにする健康によい野菜として知られています。
しかし、普段捨ててしまう「皮」にも、強い健康効果が期待できるのをご存じでしょうか。
タマネギの皮には「ケルセチン」というポリフェノールの一種が豊富に含まれています。
タマネギの健康効果の多くは、このケルセチンによるものです。
ケルセチンは、タマネギの可食部分である白い部分にも含まれていますが、皮には、それよりもずっと多くのケルセチンが含まれているのです。
私がケルセチンに関心を持ったのは、3年以上前のことです。
当時所属していたアメリカの研究室の同僚から、ケルセチンの抗酸化力について聞いたのがきっかけでした。
私たちが呼吸で取り込んだ酸素は、その一部が体内で活性酸素に変わります。
活性酸素は、体内で他の物質と結びつき、酸化させてしまう性質があります。
鉄を空気に長期間さらすとサビつくように、体内も活性酸素によってサビつく、とイメージするとわかりやすいでしょう。
体内で酸化が進むと、老化が進んだり、病気を引き起こしたりすると考えられています。
この活性酸素の影響を抑えたり取り去ったりする力が、抗酸化力です。
ケルセチンはさまざまな植物に含まれていますが、最も豊富に含まれているのはタマネギです。
当時、学会で発表されていたケルセチンの論文も、大半がタマネギの可食部分から抽出したケルセチンを使っていました。
私も、当初はタマネギの可食部分を研究に使っていました。
しかし、研究を続けるうちに、大量に捨てる皮が気になり始めたのです。
そこで試しに、タマネギの皮を調べてみたところ、なんと、可食部分よりもはるかに多いケルセチンを含むことがわかりました。
タマネギの種類や栽培法、収穫時期などによって異なりますが、皮には可食部分の20~30倍ものケルセチンが含まれていたのです。
ケルセチンに関しては、世界中でさまざまな研究報告がありますが、その中には、血液中のコレステロール値や中性脂肪値の低下、血圧の低下、動脈硬化の予防、抗ヒスタミン作用など、健康効果が期待できるものが少なくありません。
脳の関門を通過できるケルセチン
このように、数あるケルセチンの作用の中でも、私が注目したのは、脳への作用です。
人体の中でも重要な部位である脳には、血液中の有害な物質が脳へ入らないようにするための、門番のような仕組みがあります。
この仕組みは「血液脳関門」と呼ばれます。
血液脳関門を通過できるのは、ごく一部の物質に限られます。
ケルセチンは、この血液脳関門を通過できるのです。
そこで私は、タマネギの皮に含まれるケルセチンの抗酸化力が、脳内でも働くかどうかについて実験を行いました。
実験では、粉末にしたタマネギの皮を、量を変えてエサに混ぜ、マウスに与えました。
そして1週間後、マウスの脳の過酸化脂質の量を調べました。
ここでいう過酸化脂質とは、脳を構成する脂質の一部が、活性酸素によって酸化・変質したものです。
結果は、タマネギの皮を与えなかったマウスと比べると、与えたマウスは、いずれも脳内の過酸化脂質の濃度が低くなっていることがわかりました。
これは、タマネギの皮に含まれるケルセチンが脳へ達して抗酸化力を発揮し、脳細胞の酸化・変質を食い止めたからだと推察されます。
現在、アルツハイマー型認知症の患者さんは、脳内で過酸化脂質が増加していることが確認されています。
まだ研究の途中ですが、タマネギの皮は、認知症をはじめとする脳の老化の予防・改善に大いに役立つ可能性があると、私は考えています。

体内で効率よく抗酸化力を発揮する
この実験では、ほかにもさまざまなことがわかりました。
まず、タマネギの皮には、鉄が可食部分より9.42倍も多く含まれていることが確認できました。
実はケルセチンは、それ単体では、さほど抗酸化力はありません。
体内で鉄や銅などと共に存在することで、初めて抗酸化力を発揮するのです。
タマネギの皮には、ケルセチンと鉄の両方が含まれていますから、体内で効率よく抗酸化力を発揮してくれると考えられます。
また、タマネギの皮を与えたマウスは、非常に元気になりました。
よく動くため、つかまえづらかったほどです。
エサもよく食べました。
ただ、体重はあまり増えませんでした。
海外では、ケルセチンは、セロトニン分解酵素の働きを抑えるという報告があります。
セロトニンは、神経伝達物質の一種です。
精神を安定させたり、やる気を向上させたりする働きがあるため、「幸せホルモン」とも呼ばれます。
ちなみにうつ病は、脳内のセロトニン不足が原因の一つともいわれています。
私たちの研究室でも、タマネギの皮の粉末を入れたクッキーを約40名に食べてもらったことがありますが、食べた人の中には「元気になった」「やる気が出た」という声がありました。
実験で使ったマウスが元気になったのは、タマネギの皮のケルセチンによって、脳内のセロトニンの量が維持できたからかもしれません。
体重が増えなかったのも、運動量の増加と関係があると思われます。
ですから、普段からタマネギの皮をとっていれば、脳を含む全身の老化や病気、肥満の予防・改善が期待できるでしょう。
具体的な方法としては、お茶のようにして皮を煮出したものを飲んだり、乾燥させた皮を粉末にして、料理に加えたりするのがお勧めです。
玉ねぎの皮茶の作り方

糖分とあわせると吸収がよくなる
ただ、タマネギの皮のケルセチンは、扱い方しだいで抗酸化力が落ちます。
特に顕著なのは、金属や空気との接触です。
研究室では、タマネギの皮の粉末を水と一緒にビーカーに入れて攪拌するさい、金属製のスプーンを使っただけで、ケルセチンの抗酸化力が落ちました。
混ぜすぎによって空気と触れさせすぎても、抗酸化力は落ちました。
調理するときも、フライパンを使うと、抗酸化力は落ちます。
電子レンジや、ガラス質の釉薬で覆われたほうろう鍋では、抗酸化力はあまり変わりません。
調味料によっても、抗酸化力は変わります。
塩を加えると抗酸化力は落ちます。
ただ、みそやしょうゆでは、あまり変化がありませんでした。
これは、みそなどに含まれるアミノ酸が、なんらかの影響を及ぼしたのでしょう。
油分や砂糖では、ケルセチンの抗酸化力にほとんど変化はありませんでした。
砂糖の場合は、糖と結びつくことで、ケルセチンが体内で吸収されやすい形に変わるため(ケルセチン配糖体)、むしろ、あわせてとったほうがよいと思われます。
もちろん、混ぜたり金属と触れたりしたからといって、抗酸化力がまったくなくなってしまうわけではありません。
ですから、ご家庭ではそこまで厳密に考えなくてもいいとは思いますが、タマネギの皮を使う場合は、可能な範囲で上記のことを意識すると、ちょっとお得かもしれません。
私たちの研究室では、これまでに何度か、地元・神奈川県茅ヶ崎市主催の講演会やイベントなどで、タマネギの皮の粉末を使った料理を披露しています。
このときは、ハンバーグやマフィン、みそを使った田楽・鍋料理などが好評でした。
なお、ケルセチンは「1日10g以上摂取すると、肝臓に負担がかかる」という報告があります。
とはいえ、タマネギの皮のみで、それだけの量のケルセチンをとるのは、まず無理です。
ですから、タマネギの皮の摂取においては、副作用はほぼないと考えていいでしょう。
ただし、タマネギの皮は繊維質が多いため、人によってはお通じが多少ゆるくなるかもしれません。
気になるかたは、様子を見ながら食べてください。
なお、タマネギの皮を使う場合は、タマネギは無農薬・有機栽培のものがお勧めです。
農薬などの心配がなく、安心して使えますし、通常のものよりも、皮に含まれるケルセチンの量が多いからです。
無農薬のタマネギが手に入らない人は、市販のタマネギの皮の粉末を利用するのも、手軽でよいと思います。