低音の耳鳴りは気の不足、高音は気のめぐりが悪い
高齢の患者さんのなかには、耳鳴りや難聴をはじめとする耳の不調を訴えるかたが少なくありません。
東洋医学では、体の不調や病気は、体内を巡る気(生命エネルギーの一種)や血(体を滋養する成分)の異常によって生じると考えます。
耳の場合、加齢などによって気が不足したり、イライラやストレスなどの影響で気が上半身に昇ったりすると、耳鳴りや難聴、めまいなどが生じることがあります。
個人差はありますが、私の経験では、低音の耳鳴りがある人は気の不足、高音の耳鳴りがある人は気の巡りの悪さが原因である場合が多いようです。
そんな耳鳴り・難聴に悩まされている人にセルフケアとしてお勧めしたいのが、手の甲にあるツボ・合谷への指圧です。
合谷は、刺激の与え方次第で、不足した気を補うことも、気の巡りを整えることもできるツボです。
指圧を習慣にすれば、耳鳴り・難聴の治療の助けとなるでしょう。
私も、耳の不調を訴える患者さんに対し、鍼灸施術で合谷を用いることがあります。
指圧なら適度な刺激を与えられる
腰痛で治療を受けていた70代の男性Aさんは、ガンと診断されて以降、抗ガン剤治療が進むにつれて、右耳の耳鳴りにも悩まされるようになりました。
東洋医学では、抗ガン剤は五臓の一つである腎に影響を及ぼすと考えられています。
そこで私は、合谷と腎の働きを補うツボへ治療を施しました。
Aさんの治療は週に二度のペースでしたが、耳鳴りは三度目の治療で気にならない程度まで治まりました。
また、50代の女性Bさんは、オペラ歌手としてコンサート活動を続けていました。
Bさんは以前、突発性難聴を患い、入院したことがあります。
その入院から3年後に突発性難聴が再発。
このときコンサートを控えていたBさんは通院治療を選択。
併せて私の鍼灸治療も受けることにしました。
Bさんは、陽の気(積極的になるエネルギー)が高ぶり過ぎて上半身に昇っている状態でした。
そこで、合谷と陰の気を補うツボに対し、3日から1週間に一度のペースで治療を開始。
すると、気が整い、七度目の治療で完治し、コンサートも無事に終えることができました。
二つの例をご紹介しましたが、高齢の患者さんへの耳の鍼灸治療では、私は合谷を第一選択として使いません。
合谷は刺激に対する感度が強いツボです。
特に高齢者の場合、鍼などの刺激は強く反応が出ることがあるためです。
ただ、患者さんご自身で行う指圧であれば、合谷へ適度な刺激を与えることができます。
耳の不調の原因である気の不足と気の巡りの悪さのどちらも改善できるでしょう。
何を食べても味がしないときにも有効
合谷の位置は、治療家によって考え方が異なります。
私は手の甲の、人さし指と親指の骨が交わる骨のきわを合谷としています。
低音の耳鳴りがする人で、疲れやすい、カゼをひきやすいなど、気が不足したタイプは、左右の手の合谷を押してみて、気持ちよく感じる側の手の合谷を刺激してください。
高音の耳鳴りがする人で、ストレスが多くて気が滞ったタイプの場合は、左右の合谷を押して、痛みが強い側の手の合谷を押します。
指圧は、反対側の手の親指の腹を合谷に当てて、その裏側を人さし指で支えて行います。
指圧は、痛みや気持ちよさなどの反応が得られる方向に対し、5〜10秒かけてゆっくりと、3〜5回押します。
押すのは骨ではなく、筋肉です。
痛気持ちいいと感じる程度の力加減で、あまり強く押し過ぎないように注意してください。
合谷への指圧は、1日に2〜3回で十分です。
耳鳴りや難聴は重篤な病気が原因で起こる場合もあります。
耳鳴り・難聴が生じたら、必ず専門医に診てもらいましょう。
その上で、セルフケアとして合谷への指圧を行ってください。
合谷は、五感すべての不調や病気に有効なツボといわれています。
耳鳴り・難聴だけでなく、高齢者に見られる、何を食べてもおいしくない、味が感じられないといった状態にも有効です。ぜひお試しください。

松浦聡
コンチェルトはりきゅう院院長。通常の治療のほか、不妊症の体質改善や音楽家のフォーカルジストニア(自分の意思とは関係なく体の一部が勝手に動く病気で音楽家に多く見られる)や腱鞘炎などを専門的に行っている。