加齢で減少する脳の重要な栄養分(BDNF)が増加する
別の記事(血圧を下げるカカオの効果)で、昨年私たちが愛知県蒲郡市で行った大規模調査の結果をご紹介しました。
そこで、血圧をはじめとした血液・血管への影響についてお話ししましたが、実はそれ以外にも、驚くべき結果が得られました。
高カカオ分のチョコレートを食べることで、認知機能が向上する可能性があることが明らかになったのです。
被験者の血液を解析したところ、記憶や学習などの認知機能にかかわる「BDNF(脳由来神経栄養因子)」の値が有意に上昇していたのです。
BDNFは、脳の海馬という部分に多く含まれているたんぱく質の一種です。
海馬は、記憶にかかわる神経細胞が集まっている部分で、アルツハイマー型認知症になると海馬が萎縮してしまいます。
BDNFは脳の神経細胞の発生や成長、維持や再生に深くかかわって、記憶をつかさどる神経細胞の活動を促進させるなど、脳にとって重要な栄養分になっています。
したがって、BDNFが減少すると、学習能力が低下したり、記憶障害が引き起こされたりします。

アルツハイマー型認知症やうつ病の予防に期待
さらに、いくつかの研究で、アルツハイマー型認知症やうつ病とも関連性があることもわかってきています。
認知機能を維持するためには、BDNFの値を高く保つのが望ましいのですが、健常な人でも、65歳以上では年齢を重ねるほどにBDNFが減っていくことがわかっています。
BDNFの減少をくいとめるには、運動と抗酸化物質が有効と知られています。
しかし、今回の調査では、高カカオチョコレートにBDNFを「増加させる」可能性があることがわかったのです。
これは、日本人を対象としたデータとしては、世界で初めてのことです。
カカオポリフェノールは非常に抗酸化作用にすぐれていますから、摂取することでBDNFが増加しやすくなると考えられます。
また、カカオポリフェノールには、血管を広げる物質の生産量を高める働きがあることが証明されています。
つまり、高カカオのチョコレートを食べると脳の血流が増え、それもまたBDNFの増加にかかわっているのでしょう。
カカオポリフェノールはチョコレートのほか、同じくカカオ豆を原料とするココアからも摂取できます。
これらの食品を摂取することで、BDNFが増加し、認知機能や学習能力が向上する可能性があり、引いてはアルツハイマー型認知症やうつ病の予防につながることも期待されます。
実際、カカオ製品を多く摂取している人は、認知機能テストの結果がよいという報告もあるのです。
カカオポリフェノールの抗ストレス効果がイライラを抑制
また、ストレスを感じると、脳の働きによってコルチコステロンというホルモンが分泌されます。
カカオポリフェノールには、このストレスホルモンの分泌を抑える作用のあることが報告されています。
今回の調査後に行った心や活力に関するアンケートでも、「実験中は落ち着いて、楽しく、穏やかな気分だった」「いつでも活力にあふれていた」などの回答が得られています。
これらも、カカオポリフェノールの抗ストレス効果といえるでしょう。
イライラしたり、気分がふさいだり、活力が足りないと感じたときには、カカオ製品で気分転換を図りましょう。
現代人は常にストレスにさらされて、精神的なダメージを受けやすい環境にあります。
過剰なストレスは、心身にさまざまな悪影響を及ぼしますから、ストレスを早めに和らげることが大切です。
カカオプロテインの効果で“便のかさ増しと整腸”二つの作用で便秘を改善
ところで、今回の大規模調査では、カカオポリフェノールでは説明がつかない健康効果の声も寄せられました。
その一つが便通の改善です。
それがきっかけとなり、私たちは、カカオに含まれる新たな機能性成分「カカオプロテイン」に着目しました。
研究の結果、カカオプロテインは、小腸で吸収されずに大腸に届き、便の材料となってかさを増すことがわかりました。
また、カカオプロテインは腸内細菌のえさとなり、腸内フローラを変化させることで、整腸作用を及ぼします。
便のかさ増し効果と整腸作用の二つの作用で便秘に働きかけるわけです。
ココアの場合は、カカオプロテインに加えて食物繊維も豊富です。
そのため、ココアはより高い便通を改善する効果が期待できるでしょう。
日本人はもっとチョコレートやココアを取っていい
日本人は、カカオ製品の摂取量が少ない傾向にあります。
日本では糖分や脂肪分が多いミルクチョコレートやホワイトチョコレートが多く流通していて、甘いもの好き以外の人はチョコレートを敬遠しがちだったことも影響しているでしょう。
最近は、カカオ分が多いタイプのチョコレートもよく見かけるようになりました。
また、砂糖やミルクの加えられていない純ココアは、カカオポリフェノールの宝庫です。
日本人は、もっとチョコレートやココアを取っていいと私は常々思っています。
ショウガココアをはじめ、カカオ製品をさまざまな形で摂取していただいて、健康に役立ててください。
解説者のプロフィール

大澤俊彦
愛知学院大学教授。
機能性食品の研究、特にカカオポリフェノールをはじめとした抗酸化食品研究の第一人者。食事を要
因とする生活習慣病誘発メカニズムの解明に関する研究を行っている。日本AOU協会理事長、日本食
品安全協会理事、日本酸化ストレス学会理事、名古屋大学名誉教授。著書に『チョコレートの科学』
(朝倉書店。共著)など。