解説者のプロフィール

松本光正(まつもと・みつまさ)
関東医療クリニック院長。高校から大学時代にかけて、中村天風氏の最晩年の弟子として薫陶を受ける。以後、天風会の講師として活躍。外来医療をこよなく愛する内科医師として知られる。著書に『血圧心配症ですよ!』(本の泉社)、『高血圧はほっとくのが一番』(講談社+α新書)などがある。
高齢者の高血圧は気にする必要なし
皆さんのなかには、血圧が高くなることを気にしておられるかたもいらっしゃるでしょう。しかし、私は医師として、それはあまり意味がないと断言します。
なぜなら、血圧というものは、年を取れば自然に上がっていくものだからです。血管が老化し、動脈硬化が徐々に進むと、若いときのような血管のしなやかさが失われていきます。
すると、弾力を失いつつある血管を使って、全身に血液を送り届けなければなりません。そのためには、若いころよりも血管に大きな圧力をかけることが必要となります。
つまり、年齢とともに血圧が上がるのは、生命を維持するために必要な自然現象なのです。高齢者の場合、血圧が高いおかげで元気なのだといってもいいでしょう。
かつては、「年齢+90」というのが、適正な最大血圧の目安とされていました。例えば、50歳なら、最大血圧の適正値は140mmHg、60歳なら150mmHg、70歳なら160mmHgと、年齢によって、しだいに上がるのが自然なのです。
今でも、私はこの考え方が正しいと思っています。ところが、現在では、若い人も高齢者もいっしょにして、基準値を当てはめています。この結果、どんなことが起こるでしょう。
降圧剤で脳梗塞になるリスクが2倍というデータも
高齢者の場合、本来もっと高くていいはずの血圧を、基準値より高いからといって薬を使って無理やり下げることになります。
薬の作用で、血流の勢いが落ちれば、栄養素や酸素を含んだ血液が体の隅々まで行き渡りません。こうして、しびれ、息切れ、倦怠感、肩こりなど、さまざまな症状が起こってきます。
特に、大きな影響を受けるのが脳です。人間は直立歩行をするようになったため、脳へ血液を届けるためには、血液を重力に逆らって押し上げなければなりません。そして、年を取れば取るほど、押し上げる圧を高めることが必要とされます。
それにもかかわらず、薬を飲んで無理に血圧を下げると、脳へじゅうぶんな血液が供給されず、めまいが起こったり、脳の機能低下が引き起こされたりすることになります。さらに、うつ病や認知症が進行する危険性も高まるのです。
また、降圧剤を使い続けると、脳梗塞になる危険性が2倍になるというデータも報告されています。
私は、患者さんから降圧剤をやめたいと相談を受けたら、「今すぐ飲むのをやめてもいいですよ」と話します。なかには、たくさん飲んでいた薬をいきなり全部断つことに不安を感じる人もいるでしょう。そうしたかたには、少しずつ薬をやめていくことを提案します。
とはいえ、ずっと飲んでいた降圧剤をいきなりやめても、ほとんどの場合は、血圧が上がることはありません。仮に万が一、血圧が多少は上がったにせよ、年齢+90くらいの数値に落ち着いていれば、なんの問題もないと考えてよいでしょう。
それに、降圧剤をやめれば、薬の副作用と考えられる諸症状が、目に見えて改善してくるはずです。なによりも、頭がシャキッとして、元気が出てきます。
複数回測って最も低い血圧がほんとうの数値
健康診断の結果、血圧が基準値を超えていて、まさに今、降圧剤を飲むかどうか迷っているかたも、薬を飲まなくて問題はありません。
血圧は、1日のうちでも、大きく変動します。活動すれば血圧が上がりますし、ストレスがかかればたちまち跳ね上がります。血圧を測定する際、病院まで走ってきたり、病気が見つかったらどうしようと緊張していたりしたら、血圧が上がるのはあたりまえ。
これは、運動やストレスに対して、体が自然に反応しているからです。
ちなみに私自身、通常は最大血圧が130〜140mmHg程度なのですが、あるとき、午前中の診療後に測ったところ、160mmHgだったことがあります。基準値を超えているわけですが、降圧剤を飲むかといえば、答えは無論、否です。
仕事をてきぱきこなすために血圧が上がるのは、ごくごく自然のことです。また、健康診断で緊張して測った血圧が、高めに出ることはしばしばあります。
たった1回きりの計測が基準値を超えると、すかさず高血圧と思い込み、降圧剤を飲まなくては、などと思う必要はありません。
ご自身のほんとうの血圧が知りたい場合、1日のなかで複数回血圧を測り、そのうちで、最も低い血圧が自分の血圧と考えればよいでしょう。
なお、そのようにして血圧を測った結果、最大血圧が常時200mmHgを超えているかた、過去に脳内出血を起こした経験のあるかた、大動脈瘤が破裂する恐れのあるかたなどは、降圧剤を飲む必要があります。
こうしたケースを除く大半のかたは、少しくらい基準値を超えたからといって、慌てて降圧剤を飲む必要はありません。
ただ、できるだけ血圧が上がらないようにするための配慮は必要です。
例えば、できる限りストレスをためないように心がけ、よく笑って明るく朗らかに過ごすこと、体重をへらすこと、よく眠り疲労回復に努めることなどが挙げられます。これらの努力を続ければ、降圧剤よりもはるかに安全に、体をよい状態へと導くことができるはずです。
薬をやめることを不安に思ったり、心配したりする気持ちはわからなくはありません。しかし、勇気を持って薬をやめてみましょう。薬に頼り切って副作用に苦しめられて生きるか、血圧が高いおかげで元気に生きるか、選択するのは、もちろん、あなたなのです。