解説者のプロフィール

戸原玄
歯科、高齢者歯科、摂食機能障害、リハビリテーションが専門で、高齢者を中心とする摂食嚥下障害の治療・リハビリテーションに取り組み、往診による自宅診療や地域連携を積極的に行っている。インターネットや講演活動などを通して、摂食嚥下障害に関する情報発信も行う。
のどの状態が良好でも姿勢が悪ければむせる
食べ物や飲み物をスムーズに飲み込めない、うまく飲み込めずにむせてしまうといった嚥下障害や誤嚥は、口やのどの機能の衰えからくる問題と捉えられがちです。
しかし、むせる原因はさまざまです。
口やのどの状態はさほど悪くないのに、飲食するときの姿勢が悪いことが原因で、むせてしまう人もいます。
試しに、背中を丸めてあごを突き出した姿勢で、つばを飲み込んでみてください。
のどの筋肉が突っ張ってしまい、うまくつばを飲み込めないはずです。
私は、飲食時の姿勢に着目して、高齢者や介護を必要とする方々の摂食嚥下障害を改善するリハビリの研究に取り組んできました。
加齢や運動不足などの影響で硬く縮んでしまった体の筋肉を伸ばすストレッチ運動などを行うことにより、姿勢が改善し、嚥下しやすくなったり、誤嚥が減ったりした患者さんもたくさんいらっしゃいます。
そこで今回は、嚥下機能の向上や誤嚥の防止に役立つ姿勢改善ストレッチをご紹介します。

深い呼吸ができると飲み込みもよくなる
①胸を開くストレッチ
背中が丸まってあごが前方に突き出た姿勢は、高齢者に多く見られます。
こうした姿勢は、胸が狭くなるので呼吸が浅くなり、のどが狭まるので、飲み込みにくくなります。
飲み込みをよくするには、背すじをスッと伸ばし、胸を開き、あごを軽く引いた姿勢が理想的です。
「胸を開くストレッチ」は、肋骨の間にある肋間筋を伸ばして、胸郭を開き、深い呼吸ができるようにする効果があります。
呼吸と嚥下には関係があり、呼吸が深いほうが飲み込みもよくなるのです。
このストレッチを行うときは、組んだ両手を上に上げるときに鼻から息を吸い、腕を下げるときに口から息を吐きます。
②肩甲骨のストレッチ
背中が丸まっている人は、肩が前に出て内側に巻き込んだ、「巻き肩」の状態になっています。
巻き肩の人は、背中の肩甲骨が外に開いています。
「肩甲骨のストレッチ」は、外に開いた肩甲骨を内側に寄せる筋力を強化して、巻き肩を解消し、姿勢を整える効果があります。
胸を開くストレッチと肩甲骨のストレッチは、それぞれ5回を1セットとして、朝昼晩に1セットずつ、1日合計3セット行うとよいでしょう。
毎日続けるうちに筋肉が鍛えられ、自然と姿勢が改善されていきます。
食前に行うと、食事中の姿勢がよくなり、誤嚥の予防に役立ちます。
③太もも裏のストレッチ
姿勢が悪くて飲み込みがうまくできない高齢者の多くは、イスに深く腰かけることができず、骨盤が後ろに倒れて背中が丸まった姿勢になっています。
原因は、太ももの裏側にあるハムストリングスという筋肉が硬くなり、しっかり伸びない状態になっていることです。
ハムストリングスは、ひざの裏から骨盤にかけて走っている筋肉です。
この筋肉が硬いと、イスに座ったときに骨盤をまっすぐ立てることができず、骨盤が後方に倒れる形になり、背中が丸まってしまうのです。
太もも裏のストレッチは、ハムストリングスを伸ばして、深く腰かけられるようにする効果があります。
食事のとき、イスに座る前に行うとよいでしょう。
片足を座面の上にのせ、足首を直角に立てて、太ももの上に両手を置き、15~30秒ほど太ももの裏を伸ばします。
飲み込み力を高める姿勢改善ストレッチのやり方
1.胸を開くストレッチ

❶両腕を前方で組む。

❷息を吸いながら、組んだ腕を頭上に上げる。
両わき腹が伸びていることを感じる。

❸息を吐きながら、ゆっくり元の位置に戻す。
2.肩甲骨のストレッチ

その1
❶両手のひらをそれぞれの肩に置く。

❷手を肩につけたまま、ひじをできるだけ高く上げ、ゆっくり後ろに回す。
このとき、肩甲骨を寄せるイメージで行う。
❸元の位置に戻ったら、反対方向へも回す。

その2
❶両腕を軽く開く。
❷息を吐きながら、左右のひじを合わせる意識で、肩甲骨を寄せる。
3.太ももの裏のストレッチ

❶片足をイスの座面の上にのせ、足首は直角に立てる。
ふらつく場合は、何かにつかまって行う。
❷このままの姿勢で、15~30秒キープ。
太ももの裏側が伸びているのを感じる。
余裕があれば、両手を太ももの上にのせ、前かがみの姿勢を取る。
反対の足も同様に行う。
4.口を開ける筋トレ

❶思い切り口を開けて、10秒キープする。
※1と2のストレッチは、5回を1セットとして朝昼晩に各1セットずつ行う。
※3のストレッチは、朝昼晩の1日3回行う。
※4のストレッチは、5回を1セットとし、1日2セット行う。