解説者のプロフィール

米山武義
米山歯科クリニック院長。
日本歯科大学歯学部卒業。スウェーデン王立イェテボリ大学歯学部留学。誤嚥性肺炎の発生率低下のために口腔ケアが有効であることを実証するデータを2年間の追跡調査を行い世界的な医学誌『ランセット』に論文を掲載。大きな反響を得て、口腔ケアの重要性を世界に示す。
●米山歯科クリニック
静岡県駿東郡長泉町下土狩1375-1 若葉ビル2階
TEL 055-988-0880
http://web.thn.jp/yoneyama/index.html
口の状態は自然に改善することはない!
肺炎は「老人の友」と言われるくらい、老人に多い病気です。
70代以降は、特に誤嚥性肺炎が増えます。
誤嚥性肺炎は、予防が大事ですが、そのカギを握るのが口です。
私がそのことに気づいたのは、まだ口腔ケアがほとんど知られていない頃でした。
38年前、歯科医師になったばかりの私は、初めて特別養護老人ホームを訪ね、歯の治療を行いました。
そのとき、お年寄りの口の中を見て愕然としました。
歯はボロボロで歯垢や歯石に埋もれており、舌は真っ白。
口臭も強く、ひどい衛生状態でした。
自分たち歯科医の仕事の結末がこの姿なのかと思うと、歯科医療の限界すら感じました。
それから、私は2週間に1回、老人ホームに通い、ボランティアで入所者の歯の治療を行うようになりました。
その後、歯科医療の先進国であるスウェーデンに留学し、歯周病学を勉強しました。
そこで口の衛生管理の重要性を叩き込まれ、口の中の細菌をしっかり取り除けば、歯周病の予防から治療までもできることを知りました。
しかし、その後、歯の治療だけでは、お年寄りの口腔内の衛生状態は改善されないことがわかりました。
口の中は、誰かがケアしない限り悪化する一方で、よくなることはない。
この当たり前のことに、そのとき初めて気づいたのです。
肺炎に関連する発熱が減った
そこで私は施設の人に協力してもらい、ある調査を行いました。
入所者18人を二つに分け、半分は従来どおりの口の手入れ、あるいはそのままの状態、半分は2週間に1度、私たちが口腔衛生管理を行って、口の中をチェックし、歯垢や歯石を取る口腔ケアをしたのです。
当時、高齢者の歯周病はほとんど治らないと考えられていましたが、この調査で、定期的に口のケアをすれば、歯周病を管理できることがわかりました。
半年が過ぎた頃、施設の看護師長から、思いがけないことを聞きました。
「熱を出す人が激減した。特に肺炎に関連する発熱が減った」と言うのです。
そしてその理由は、口腔ケア以外に考えられないとのこと。
歯周病予防のために始めた口腔ケアが肺炎を予防するとは、考えもしませんでした。
その施設では、亡くなる人の3割以上を肺炎で占めていました。
それが口腔ケアで防げるなら、すごいことです。
私は、長年、誤嚥性肺炎を研究されている東北大学老年・呼吸器内科の佐々木英忠教授に相談し、このことを研究することにしました。
その研究は、全国11の老人施設の入所者を対象に、口腔ケアと肺炎の関係を見るものでした。
施設ごとに入所者をランダムに2つのグループに分け、一方は従来どおりの口腔清掃、他方は週1回、歯科衛生士による積極的な口腔ケアを行います。
被験者は、従来グループは182名(平均年齢82歳)、口腔ケアグループは184名(同82.1歳)でした。
これを2年間、追跡調査したところ、7日以上の発熱を発症した人は、従来グループで54名(29%)に対し、口腔ケアグループで27名(15%)と半減し、肺炎発症者も34名(19%)に対して21名(11%)、肺炎による死亡者は30名(16%)に対して14名(7%)と、明らかに統計的な有意差があったのです。
また、口腔ケア群では、肺炎発症者の重症化を防ぎ、認知機能の低下も有意に抑えられたのです。
この結果は、当時、大きな反響を呼び、世界で最も権威のある医学雑誌の一つ、『ランセット』にも紹介されました。
口腔ケアをするだけでこんなに違いが出る!

寝ているときの汚れた唾液がいちばんの原因
誤嚥性肺炎で問題になるのは、不顕性の誤嚥です。
これは簡単にいいますと、寝ている間に汚れた唾液がタラタラと少しずつ気管に入って肺炎を起こすものです。
原因は、口の中の菌ですから、寝る前に口の中をきれいにすれば肺炎を防げます。
東日本大震災の被災者で、日頃から口腔ケアをしていた人は、肺炎にかからなかったそうです。 このことからも、口腔ケアの大事さがわかります。
また、この研究では、いろいろな波及効果があることもわかりました。
①歯周病が改善する
歯周病原菌が減り、歯ぐきの状態がよくなります。
②臭いが減る
歯周病菌のような嫌気性菌は、独特の臭いを出します。
この菌が減るので、口臭が減って人間関係がよくなります。
また、老人養護施設には独特の臭いがありますが、それも消えました。
施設の臭いは便や尿の臭いではなく、口の臭いが原因だったのです。
③唾液がよく出る
高齢者は口の中が乾燥しやすいですが、唾液がよく出るようになって、飲み込みやすくなります。
また、唾液が細菌を洗い流し、口の中を殺菌します。
④味覚が敏感になる
味がわかるようになるので、食欲が増して栄養が取れるようになり、元気になります。
⑤表情が出てくる
歯を磨いたり、口をブクブクすると、口の周りの筋肉が使われるので顔つきが変わり、表情が明るく豊かになります。
このように、口腔ケアをすると、よいことずくめなのです。
施設のスタッフにとっては、口腔ケアの仕事が増えますが、発熱や肺炎が減り、入所者がむせたりせずによく食べて元気になれば、結果として手がかからなくなります。
しかも、栄養がしっかり取れると、肺炎の発症率が減ることもわかっています。
60代に入ったら口の中を整えることが大事
口腔ケアは、口の中をきれいにするだけでなく、口の機能をよくすることでもあります。
高齢者は、歯の治療を受けていないことにより、うまく嚙かむことができない人が多くいます。
たとえば、片方の歯だけで嚙む片嚙みをしていたり、嚙み合わせが悪くてうまく嚙めなかったりします。
こうした口の機能の低下は、嚥下機能の低下につながり、誤嚥性肺炎を発症する原因になります。
それを予防できるかどうかは、60代が境目です。
嚥下機能は70代になるとガクンと衰えますが、その入り口が60代なのです。
ですから、60代から歯の治療をきちんとし、しっかり嚙めるようにすることが大事です。
日ごろからできる口のケア
口の機能の衰えの目安になるのが、ガラガラうがいです。
口の中に水をためてガラガラペーができない人は、要注意です。
のどが閉まっていないので、水が気管に流れてしまうのです。
では、日頃からどのようなケアをしたらいいのでしょうか。
まず、毎日の歯磨きをしっかりしてください。
歯磨き後は、ブクブクうがいやガラガラうがいをしてください。
口の周囲の筋肉やのどが鍛えられます。
その上で、3ヵ月に1度は歯科医院に行き、歯垢や歯石を取ってもらいます。
大事なことは、こうした口腔ケアを、継続することです。
昔から「口は健康(病気)の入り口、魂の出口」といわれてきました。
口は食べることで命につながり、話すことで社会につながります。
私たちが最後まで、人間らしく尊厳を持って生きるためにも、おいしくものを食べるためにも、口腔ケアは非常に重要です。
1毎日の歯磨きはしっかり行う
2ブクブクうがいやガラガラうがいを行う
3 3ヵ月に1度は歯科医院で歯垢や歯石を除去
4よく話し、よく笑う
5表情豊かに生きる
