解説者のプロフィール

塩谷英之(しおたに・ひでゆき)
神戸大学大学院保健学研究科教授、医学博士。
食事や運動を含む生活リズムの乱れが病気につながる可能性に注目し、健康維持を時間という観点から考える「時間健康学」の確立に取り組んでいる。
実は恐ろしい「不活動状態」とは
「じっと座ったまま」など、同じ姿勢で動かないでいることを「不活動状態」といいます。
この状態が長く続くことは、実は恐ろしいことなのです。
その最も顕著な例は、「エコノミークラス症候群」でしょう。
長時間同じ姿勢でいることで引き起こされる症状で、最悪の場合は死に至ることもあります。
しかしそれだけではなく、近年、不活動状態が招く、さらなる健康への害が注目されています。
スポーツジムでの運動やランニングなど、中〜高強度の運動を日常的に行っている人でも、不活動状態が長いと、脳梗塞や心筋梗塞(脳や心臓の血管が詰まって起こる病気)などの、循環器系の病気になる確率が高くなることがわかってきたからです。
これを受けて、アメリカでは「長時間の不活動状態は、生活習慣病のリスクを高める」として、日常生活での不活動状態をいかに短くするかが、重要な課題になっています。
ADA(アメリカ糖尿病学会)でも、2016年10月に、定期的な運動習慣(有酸素運動)の推奨とともに、「座った状態が長時間に及ぶ場合は、30分ごとに3分以上の低強度の運動を行うべき」との指針を発表しました。
実際に、不活動状態の長い2型糖尿病の患者さんに、30分ごとに3分の軽い運動を行ってもらうと、血糖コントロールが改善するという報告も増えており、不活動状態を、簡単な運動で適度に中断することが健康維持のカギであることが、明らかになってきています。

特別な道具は不要でいつでもどこでもできる「スワイショウ」
私は、この軽度な運動として最適なものの一つが「スワイショウ」という腕ふり運動だと考えています。
これは気功法の一つで、立ったまま、腕を前後や左右にふる運動のことです。
誰でも簡単にできて、特別な道具も費用も必要ありません。
もちろん、私自身も長年実践しています。
スワイショウのやり方は下の記事を参照してください。
若いころに腰痛になり、痛みの緩和のために、ヨガや太極拳を始めたのですが、年齢とともに、より簡単でらくな動きを取り入れるようになりました。
パソコンを使ってデスクワークをしていると、目が疲れたり肩がこったりしてきます。
そこで、1時間たったら立ち上がり、窓から遠くの景色を見ながら、3分ほど腕をふるようにしています。
前後、左右に100回ずつふれば、気分もスッキリし、仕事の効率も上がります。

大事なのは「こまめに体を動かす」こと
日本では、不活動状態が長いことの害を指摘する声は、それほど大きくありません。
アメリカの糖尿病学会が注目していることで、今後、日本でも関心が高まり、研究が進むことを期待しています。
超高齢化社会に突入した日本では、「健康寿命」という言葉をよく耳にするようになりました。
健康寿命とは、2000年にWHO(世界保健機関)が提唱した指標です。
健康上の問題がない状態で日常生活を送れる期間のことで、平均寿命から介護期間を差し引いたものです。
誰もが、人生の最後まで自立した生活を送りたいと願っています。
そのためには、
・1日30分程度の有酸素運動(速歩きなど)
・レジスタンス運動(筋トレ)
・30分から1時間に1回、3分程度の軽度の運動
この三つを組み合わせて行うことが重要です。
筋トレは、ハーフスクワットや足踏みなど、軽い負荷のもので構いません。
また、高齢者には、ヨガや太極拳など、リラックス効果のある運動を推奨しています。
スポーツジムでトレーニングをしたり、週末に走ったりするのもいいのですが、それ以外の時間、ずっと座りっぱなしでは、あまり効果は期待できません。
大事なのは「こまめに体を動かす」ことです。
昔は、仕事の多くが体を動かすものでしたが、技術の進歩によって、パソコン操作が中心になってきました。
今後、技術の進化によって、ますます人間が体を動かす機会が減っていくことでしょう。
「健康でいること」は、自分自身のためであり、家族のため、国のためでもあります。
こまめに腕ふりを行って、健康維持を目指しましょう。