脳卒中の一種の「くも膜下出血」は致死率が高く、発症すると、3〜4人に1人が命を落としてしまうほどの恐ろしい病気です。
一命を取り留めても、約半数の人に手足のマヒなど重大な後遺症が残ってしまいます。
この病気を引き起こす原因となるのが脳動脈瘤です。
実は、脳ドックなどで意外と高い頻度で発見されます。
もし、自分に脳動脈瘤があったら、気が気でなくなってしまうはず。
治療はすべきなのか?
どんな治療があるのか?
今回は脳動脈瘤の最新治療について、東京医科歯科大学大学院教授・血管内治療科の根本繁先生に詳しいお話をうかがいました。
[取材・文]医療ジャーナリスト山本太郎
解説者のプロフィール

根本繁
1978年東京大学卒業。東京警察病院脳神経外科医長、虎の門病院脳神経血管内治療科部長、自治医科大学血管内治療部教授を経て、現在、東京医科歯科大学血管内治療科教授。
脳動脈瘤の破裂がくも膜下出血の原因になる
――脳動脈瘤とは、どのようなものなのでしょうか?
根本:脳に血液を送る太い動脈の血管壁の一部がふくらんで、こぶ状になっているものを指します。
1~2mm程度の比較的小さなものから、30mmを超える大きなものまでさまざまです。
脳動脈瘤が問題となるのは、これが破裂すると、「くも膜下出血」を引き起こす原因となることです。
くも膜下出血はいわゆる脳卒中の一つですが、発症すると死亡率が高く、命を取り留めたとしても脳に重篤な障害をもたらすことの多い病気です。
くも膜下出血の原因として最も多いのが、脳動脈瘤の破裂です。
くも膜下出血が起こると、きわめて激しい頭痛が起こります。
よく「バットで後頭部をなぐられたような痛み」などと表現されます。
これは、脳を覆う膜の一部には痛みを感じる働きがあり、くも膜下に広がっていく出血の刺激によって、頭痛を起こすためです。
また、嘔吐やけいれんを伴うこともあります。
もし、こうした頭痛が起こったら、ただちに救急車を呼んでください。
意識を失ってしまうことも少なくないですから、周りに人がいたら、まず助けを求めてください。
くも膜下出血は、男女別では女性に多く、男性の約2倍の頻度で起こるとされます。
年齢では、40歳代から増え始めます。
くも膜下出血の特徴

経過を観察しながら治療の必要性を検討
――脳動脈瘤が見つかったら、どうするべきなのでしょうか?
根本:近年は画像検査の進歩により、症状のない未破裂脳動脈瘤が発見される機会が増えました。
脳ドックや頭痛を訴えて検査を受けたら、未破裂脳動脈瘤が見つかることはよくあります。
脳動脈瘤は決して珍しくはなく、日本人では100人に1人以上の割合で発生するといわれています。
では、脳動脈瘤が見つかったら、ただちに治療すべきかといえば、そうではありません。
近年になって研究が進み、脳動脈瘤は大きさや形、できた場所などで破裂の危険性が異なり、実際にくも膜下出血にいたるケースは意外と少ないことが明らかになりました。
日本では「UCASJapan(日本未破裂脳動脈瘤悉皆調査)」という全国規模の調査が2001年から行われ、治療されていない未破裂脳動脈瘤が破裂する確率は、5mm以下の小さい動脈瘤であれば、年間に1%未満と報告されています。
海外では、それよりさらに低いという報告もされています。
脳動脈瘤が見つかると、「自分の脳にそんな爆弾を抱えているなんて!」とパニックに陥る患者さんが多いものです。
しかし、未破裂動脈瘤を緊急に治療する必要のあるケースは比較的まれです。
一般に、まずは経過を観察しながら、将来の破裂リスクと治療に伴う合併症リスクなどを踏まえて、慎重に治療の必要性を検討していくことになるでしょう。
ですから、まずは落ち着いて、医師の説明をよく聞いていただくことが大事です。
――積極的に治療したほうがよいのはどんな場合ですか?
根本:未破裂脳動脈瘤を積極的に治療すべきと考えるのは、まず動脈瘤が大きい場合です。
大きくなるほど、破裂のリスクが高まります。
一般に、大きさが5~7mm以上ならば治療を検討することが多いでしょう。
また、動脈瘤ができた部位によって破裂のリスクが異なり、「前交通動脈瘤」「後交通動脈瘤」といった部位は破裂頻度が高いため、小さくても治療したほうがいいと言われています。
動脈瘤の形状によってもリスクが変わってくることがわかっています。
私の経験から言えば、家族にくも膜下出血になった人がいる場合、破裂率が高いので、積極的な治療を提案することが多いです。
患者さんの年齢も大きなポイントになります。
脳動脈瘤の治療は身体的な負担が小さくなく、高齢のかたでは治療に伴う合併症が懸念されます。
一般に、70~75歳より下くらいで、体力に不安のない患者さんに治療をお勧めするケースが多いでしょう。
40~50代と比較的若いかたでしたら、将来のリスクを考えて、早めに治療を受けるという選択肢もありえます。
治療には大きく2種類の術法「開頭クリッピング術」と「脳血管内治療(コイル塞栓術)」がある
――どんな治療法があるのですか?
根本:治療法は、「開頭クリッピング術」と「脳血管内治療(コイル塞栓術)」の2種類があります。
順に説明しましょう。
開頭クリッピング術は、全身麻酔下で頭部を切開し、動脈瘤の根本をチタンなどの金属で作られた小さなクリップではさみ、こぶの中に血液が入らないようにすることで破裂を防ぐ手術です。
脳動脈瘤の形に関係なく治療できますが、脳の深い部分では治療が難しくなります。
一方、脳血管内治療は、太もものつけ根の血管からカテーテル(医療用の細い管)を入れ、動脈瘤のある脳血管まで到達させ、その先端からコイルを出して、動脈瘤内に詰め込みます(下の画像参照)。
コイルの詰まった動脈瘤には血液が入らなくなり、やがてかさぶたのようにふさがります。
以前は、脳動脈瘤の治療といえば開頭クリッピング術一辺倒でしたが、この十数年でだいぶ傾向が変わりました。
現在、日本国内で行われる脳動脈瘤の治療は、開頭クリッピング術が6割、脳血管内治療が4割くらいの割合です。
欧米では近年、脳血管内治療のほうが圧倒的に多く、8割くらいを占めています。
当院でも、近年は脳血管内治療を多く行っています。

「写真」(下の画像)は脳動脈瘤に対してコイル塞栓術を行ったものです。
治療の結果、動脈瘤が造影されなくなった(血液が入らなくなった)ことがおわかりになるでしょう。
治療器具や技術が進歩した結果、現在では、両者の治療成績にそれほど差が見られなくなってきたのです。
そもそも開頭クリッピング術は手技がかなり難しく、習得に時間のかかるものです。
それに対して、脳血管内治療は比較的短期間で習得できる点もメリットと言えるでしょう。

脳血管内治療は体の負担が少ないがデメリットも
――治療成績にあまり差がないとなれば、患者さんは身体的な負担の少ない治療を選びたいと考えるのでは?
根本:治療がうまくいけば、脳血管内治療のほうが体の負担が少ないのは間違いありません。
開頭手術の場合、侵襲(治療に伴って体を傷つけること)が大きく、術後しばらくは安静にして経過を観察する必要があります。
入院が2週間前後、社会復帰までは1ヵ月ほどかかるものでした。
一方、脳血管内治療は太ももに小さな穴を開けるだけなので、翌日には自分で歩くことができます。
入院期間も3~7日間程度で、早ければ、その後すぐに社会復帰が可能です。
そうしたメリットもあって、急速に普及してきたのです。
ですが、脳血管内治療にもデメリットがないわけではありません。
開頭クリッピング術では、顕微鏡で実際に患部を直視しながら治療をするので、クリップが適切にかかるまで、何度でも微調整できます。
それに対して、血管内治療ではコイルをいったん切り離すと、もう戻せません。
動脈瘤をしっかり閉じるには適切な量のコイルを入れる必要がありますが、入れ過ぎてしまうと、正常な血管を狭くしてしまう恐れがあります。
また、万が一、治療中に出血が起こったような場合、開頭手術ではその場ですぐに対処が可能です。
しかし、血管内治療は遠隔操作で行っているため、こうした万が一の事態に迅速に対処できません。
その結果、大きな後遺症、場合によっては死亡事故につながることがまれにあるのです。
治療に当たっては、それぞれの治療法のメリット、デメリットに関して医師がしっかりと患者さんに説明した上で、適切な治療法を選択することが大事です。
なお、脳血管内治療は近年、さらに進歩しています。
従来のコイル塞栓術では、動脈瘤の入り口が広いと、コイルがずれてしまい、完全にふさぐのが難しいという問題がありました。
そこでステント(金属製の網でできた細い筒)を血管内に入れ、それを足場としてコイルを挿入することで、今まで脳血管内治療では対応できなかった動脈瘤にも対応可能になっています。
2015年より新しい治療法「フローダイバーター留置術」が保険適用された
また、2015年にはステントだけを使用する新しい治療「フローダイバーター留置術」が保険適用となりました。
脳動脈瘤の根元の血管に、「フローダイバーター」と呼ばれる特殊なステントを入れ、血液がこぶの中に入りにくい状態を作ります。
その結果、こぶの中では血液が停滞して血栓を作り、やがて血栓がこぶを完全にふさぐというものです。
ただ、フローダイバーターは適応となる脳動脈瘤の大きさや部位が限られるため、まだそれほど多く実施されていないのが現状です。
なお、未破裂脳動脈瘤の治療は、開頭クリップ術にせよ、脳血管内治療にせよ、健康保険の高額療養費制度の適用になります。
ですから、実際に患者さんが負担するのは自己負担の限度額以内です。
70歳未満、保険3割負担、平均的な所得の人でしたら、十数万円の負担といったところでしょう。