解説者のプロフィール

太田光明
東京農業大学バイオセラピー学科動物介在療法学研究室教授。
1950年、愛知県生まれ。東京大学農学部を卒業。同大学院修士課程を修了。財団法人競走馬理化学研究所、東京大学助手、大阪府立大学助教授、麻布大学獣医学部教授を経て、現職。農学博士、獣医師。専門は、獣医生理学、人と動物の関係学。
イルカ介在療法で脳性マヒが治った
1999年10月、アメリカはフロリダ州にあるマイアミで開かれた学会に、私は参加しました。
その途中に立ち寄ったボストンで、地方新聞(「ボストングローブ」)に掲載されたイルカセラピ(イルカ介在療法)の記事を読み、大きな衝撃を受けました。
記事には、11歳のジョー・ホーグランド君という少年のことが書かれていました。
彼は3歳のとき、心臓手術の失敗により血流が止まり、その結果、脳性マヒと視覚障害を患らい、普通の生活が困難になってしまいました。
母親であるディーナ・ホーグランドさんの苦しみは計り知れないものがあります。
ディーナさんは、通常のリハビリ施設に通うことを止め、近くのイルカがいる施設に通うことを決心しました。
以来8年間、イルカと一緒に泳ぐことを通し、ジョー君の後遺症がすべて治ったというのです。
常識で考えると、ありえない話でした。
だからこそ、興味を引かれたのです。
ジョー君が通ったイルカセラピーの施設は、マイアミからキーウエストに行く途中の有名なキーラルゴ(フロリダ州にある島)にあります。
私が参加した学会の開催地からそう遠くもなかったため、現地を訪ねてみました。
しかし残念ながら、このときにはジョー君には会えませんでしたが、母親のディーナさんからは話を聞けました。
そして、その翌年3月に再訪すると、今度はジョー君と会えました。
ジョー君は普通の少年となんら変わらない健康体でした。
彼はイルカセラピーで、本当に回復したらしいのです。
「イルカには計り知れない可能性がある」というそっちょくな驚きから、私はイルカセラピーの研究を始めました。
うつの改善効果が3カ月間も持続
イルカセラピーは、1970年代後半に、アメリカ・フロリダ国際大学のベッツィ・スミス博士によって開始されたものです。
自閉症児(※発達障害の1つ。他人との社会的関係を形成する困難さや言葉の発達の遅れ、特定のものにこだわることなどを特徴とする)などを主な対象として、イルカとの触れ合いによって、さまざまな成果を挙げてきました。
また、2005年には、イギリスのレスター大学の研究チームが、イルカと人間が一緒に泳ぐとうつが改善するという研究を発表し、注目を集めました。
この研究に参加したのは、軽度から中程度のうつ病の患者さん30名です。
実験の4週間前から、参加者には抗うつ剤と心理療法を中断してもらいました。
この30名を、1日1時間イルカと遊ぶグループと、イルカを伴わず水に入るだけのグループに分けました。
2週間後、イルカと一緒に泳いだグループは、うつが有意に改善していたのです。
さらに、イルカと泳いで効果のあった10名中9名は、改善効果がその後も持続しました。
実験から3カ月後も、追加の治療を必要としなかったのです。
この実験データから、イルカの効果についてさまざまな推測がなされました。
その中で有力視されているのが、「イルカの鳴き声による影響」なのです。

海中では超音波のエネルギーを感じる
イルカの鳴き声は、大別すると3つあります。
1つ目が、「クリックス」と呼ばれる極めて短い間隔(1万分の1秒程度)で断続的に発せられるものです。
人の耳に聞こえる音から人の耳には聞こえない超音波の音まで含まれていますが、人の耳には「カチカチ」「ギリギリ」といった音に聞こえます。
ドアのきしむ音に似ているとも言われます。
クリックスによって信号を周囲に発し、物体に当たって跳ね返ってきたこだまを聞くことで、イルカは自分の周囲の環境を知ります。
つまり、クリックスは、ソナーや魚群探知機のような役割もしているのです。
2つ目が、「ホイッスル」と呼ばれる、「ピューイピューイ」と口笛のように聞こえる音です。
イルカどうしのコミュニケーションに用いられていると言われます。
3つ目が、「バーストパルス」と呼ばれる、興奮したり、相手を威嚇したりするときに使う音です。
いくつかのカテゴリーに分けられ、人の耳には「オインク」「ココココ」といった音として聞こえます。
この3種のうち、クリックスが人の心身に最も影響するとの考えがあります。
イルカは、ものすごい超音波を発することができます。
アメリカ海軍の研究により、イルカは少なくとも160万Hzヘルツの超音波を発していることがわかっています。
音の高さを周波数と言い、周波数が大きいほど高い音となります。
聞こえる高さは動物によって異なり、例えば、身近な動物であるネコは5万Hz、人は2万Hzまでと言われています。
人が聞こえない音は超音波と呼ばれますが、まさにイルカは超音波の世界で生きているのです。
私たちは超音波を聞けませんが、水中ではっきりと感じることができます。
例えば、イルカと一緒に海中にいるとき、イルカが人に向けて超音波を発することがたびたびあります。
そうした超音波を当てられると、まるで体の一部をビシビシと突かれたように感じるのです。
超音波は、確かにエネルギーだと実感する瞬間です。
イルカは、周波数を自在に変え、その周波数を正確に対象物に浴びせることができます。
この超音波という強力なエネルギーが、人の心身に影響を与え、病いなどを改善させる可能性はじゅうぶんあるでしょう。