解説者のプロフィール

太田光明
東京農業大学バイオセラピー学科動物介在療法学研究室教授。
1950年、愛知県生まれ。東京大学農学部を卒業。同大学院修士課程を修了。財団法人競走馬理化学研究所、東京大学助手、大阪府立大学助教授、麻布大学獣医学部教授を経て、現職。農学博士、獣医師。専門は、獣医生理学、人と動物の関係学。
イルカとクジラの違いは5m以内か、以上か
「イルカが好き」という人は、多いもの。
イルカの外見は愛らしく、「賢い生き物」というイメージも広く定着しています。
そんな万人受けするイルカですが、その生態について、よく知られているとは言えません。
ここでは、そんなイルカの生態の特徴について、簡単にお話ししたいと思います。
まず、イルカとクジラの違いをご存じでしょうか。
両者の違いは、実は体のサイズでしかありません。
一般的には体調4~5m以内のものをイルカ、以上のものをクジラと言っているに過ぎません。
両者ともに哺乳綱クジラ目に属するもので、それぞれの名称は人為的な分類なのです。
歌で有名なのは、ザトウクジラです。
1977年に打ち上げられた惑星探査船ボイジャー1号に、ザトウクジラの歌が録音されたレコードが搭載されて注目を集めました。
いつか出会うかもしれない地球外の知的生命体へ向けてのメッセージの1つとして乗せられたのです。
ザトウクジラの鳴き声は、1つひとつの音(ユニット)が決まった順に並び、規則正しくくり返され、一定の構成を持つため、「歌」と呼ばれます。
大きな体に似合わない変化に富んだ音色で、ザトウクジラは10分間以上も歌い続けるのです。
ミンククジラやシロナガスクジラなども歌います。
シロイルカ(ベルーガ、実際はクジラ)は、美しく高い音でにぎやかに鳴くため、「海のカナリア」と呼ばれるほどです。
イルカは、「音感の動物」と呼ばれるほど、実によく鳴くのです。
海や水族館でイルカを見たら、その声に耳を傾けてください。
イルカたちが交わししている歌を、しばしば耳にできるでしょう。
7年間の研究を通し賢く神秘的な生物と実感
イルカが「賢い動物」というイメージが広まったのは、1980年代に脳の研究をしていたアメリカのある研究者が、「イルカは水中生物の中で最大の脳の持ち主」と言ったことがきっかけとされています。
イルカの脳の重さは種類によっての違いはありますが、スジイルカやバンドウイルカなどの脳の重さは、人の脳とほとんど変わりません。
イルカの脳はまた、人の脳と同様に、表面にたくさんのシワがあることも特徴です。
シワが多いということは、それだけ大脳の表面積が大きいと言えるでしょう。
動物の知能を測る目安として、「脳化係数」があります。
体重に占める脳の重さの割合を調べた指標です。
これによると、ヒトの脳化係数が、0・89、イルカ(バンドウイルカ)が0・64、チンパンジーが0・30、イヌが0・14となっています。
イルカは、人に次ぐ数値で、霊長類のチンパンジーよりもずっと大きい値なのです(下の表参照)。
しかし、賢さはこの値だけで計れません。
脳化指数は、あくまで脳全体の重さをもとにして計算した数値で、脳内で記憶や思考など、複雑な知的作用をしている部分の重さがどの程度なのかわからないためです。
イルカに限らず、その動物が賢いかどうかは、行動させてみないことにはわかりません。
しかし、私は7年間にわたるイルカの研究を通して、彼らが賢く、とても神秘的な生き物だと実感しました。
賢い証拠に、イルカは例えば1頭だけだと狂い死に(自殺)するほどの生き物なのです。
最低でも数頭(6頭以上か)を一緒に飼わないと、寿命は短くなる傾向のようです。
ほかに、そんな動物を私は知りません。

期待される地震の予知
イルカの脳には、ほかにも「眠らない」という特徴があります。
イルカは、人と同様に、右脳と左脳があります。
しかし、その働き方は、人とずいぶん異なります。
人の場合には、右脳と左脳は脳梁という神経の束のような組織でしっかりつながっていて、両者の間で多くの情報が行き来しています。
イルカの場合には、右脳と左脳をつなぐ脳梁が小さく、貧弱なためにそこを多くの情報が行き来することはありません。
そのため、右脳と左脳が別々に働いていると考えられます。
イルカは、この独立した右脳と左脳の働きを利用して、それぞれを代わりばんこに活動させているのです。
つまり、右脳が起きているときには左脳を眠らせ、左脳が起きているときには右脳を眠らせている。
つまり、「眠らない脳」なのです。
これを、「半球睡眠」と言い、渡り鳥などにも見られる現象です。
イルカは哺乳類のため、眠ってしまったらおぼれてしまいます。
また、イルカは巣を持たず、体が大きいために身を隠す場所もないため、常に外敵から身を守る必要があります。
そのため、眠れないのです。
しかし、群れで暮らすイルカには天敵がいません。
地上最強の動物と言っても過言ではないでしょう。
先ほど、神秘的という言葉を使いましたが、今でも、そのすばらしい能力の多くは解明されていません。
例えば、イルカの地震予知です。
大地震の発生前、その土地の近くでイルカの大量死が世界各地で報告されています。
例えば、2011年2月20日に発生したニュージーランド・クライストチャーチの大地震。
死者185名のうち、日本人も28人が犠牲になりました。
この大災害が起こる2日前、同国南部のスチュワート島の浜辺に、ゴンドウクジラが107頭も打ち上げられていました。
こうした例は、世界各地にあるのです。
イルカは、地震前に起こる電磁波の変動などを感知できるため、地震予知が可能だろうと考えられます。
そして、イルカの鳴き声も、彼らの秘められた大きな可能性の1つです。
彼らのそんな神秘の力に思いを馳せてみるのも楽しいことでしょう。