解説者のプロフィール

大橋俊夫
信州大学医学部特任教授・日本リンパ学会理事長。
1949年、茨城県生まれ。74年、信州大学医学部医学科卒業。医学博士。英国ベルファストクイーンズ大学講師(生理学)をへて、80年に信州大学医学部教授に就任。現在、信州大学医学部特任教授(メディカル・ヘルスイノベーション寄付講座)。2001年より日本リンパ学会理事長を務め、本邦におけるリンパ学研究の推進に専念。
●日本リンパ学会
http://lymphology.umin.jp/
リンパ液を流すと免疫力が上がる
今回皆さんに紹介する「腸のリンパ流し」は、腸(腹部)と足のリンパ液を、効率よく体中に流すための方法です。
そもそも、なぜリンパ液を流すことがたいせつなのでしょうか。
これまで、リンパ液の話といえば、足のむくみや顔のむくみの話が中心でした。
「マッサージでリンパ液を流すと足や顔のむくみが取れる」という話を、皆さんも聞いたことがあるかもしれません。
しかし、むくみの解消は、リンパ液を流すことの利点のひとつに過ぎません。
リンパ液を流すことには、もっと大きな意味があるのです。
それは、リンパ液を流すことが、免疫力(異物を排除する力)の向上につながるということです。
中でも、腸のリンパ液を流すことは、免疫力の向上に直結します。
ではなぜ、腸のリンパ液を流すと免疫力アップにつながるのでしょうか。
そもそもリンパ液は体液の一種で、体中に張り巡らされたリンパ管を通って体を流れています。
一日に流れるリンパの量は、約2Lです。
注目すべきは、リンパ液のうち約8割が、腹部と足に集中しているという事実です。
中でも腸は、人体最大のリンパ器官で、豊富なリンパ組織を持っています。
腸を大別すると、小腸と大腸に分けることができます。
小腸には、十二指腸、空腸、回腸があり、大腸には、盲腸、上行結腸、横行結腸、下行結腸、S状結腸、直腸があり、肛門とつながっています(下の図参照)。
小腸の長さは、成人なら6~7メートル。
長い小腸は折りたたまれるように、腹部におさまり、その周りを大腸が通っています。
長い腸が、ダラッと下がらず腹部におさまっていられるのは、腸の大部分を包む、腸間膜という組織のおかげです。
腸間膜が、体の後ろ側の腹壁とつながっているため、腸は腹部に安定することができます。
この腸間膜に、リンパ管とリンパ節(※リンパ管のところどころにある、リンパ球の待機所のようなところ)が豊富に張り巡らされています。
また腸間膜だけでなく、回腸の壁にも、特有のリンパ組織(パイエル板)がたくさんあります。

リンパ球の8割は腸に存在する
このように豊富なリンパ組織をもつ腸には、免疫機能で重要な働きを担う「リンパ球」も、たくさん集まっています。
リンパ球は白血球の一種で、体内をパトロールし、ウイルスなど異物を見つけたら、排除してくれます。
先ほど挙げた腸間膜や回腸などに存在するリンパ球を合計すると、体内にいる全リンパ球のうち、約8割ものリンパ球が、腸に集まっていることになります。
ちなみに腸のリンパ球については、いまだわかっていないことも多く、最近になり、「ILC‐3(イナード・リンフォイド・セル・スリー)」という、体の抵抗力を高めるリンパ球が腸で発見され、話題を集めました。
腸のリンパは、最先端の研究分野でもあるのです。
外敵にさらされやすくリンパ組織が発達した
なぜこれほど、腸はリンパ器官として発達しているのでしょうか。
それは、腸が外敵にさらされやすい臓器だからです。
私たちの感覚では、口から中は、自分の体だと思っています。
しかし、医学的には、口から肛門までは、「体の外」とみなされます。
私たちは、口を開けて外部から食物を取り込みます。
それが胃腸を通って、肛門から出ていきます。
つまり、口から胃、胃から腸、腸から肛門までの空間は、外部に接している世界と言えます。
外界と接している腸は、それだけ有害物や病原菌にさらされやすい臓器です。
こうした外敵を侵入させない(腸から吸収させない)ようにがんばっているのが、腸のリンパ球であり、腸のリンパ組織なのです。
危機に立ち向かう前線基地。
それが、腸がリンパ器官として発達している、理由のひとつと考えられます。
リンパ球を体じゅうに届ける腸のリンパ流し
腸のリンパ液を流すことは、腸に集まる豊富なリンパ球を、体中に行き渡らせることにつながります。
外敵と戦う兵士と言えるリンパ球が、全身を巡っている状態になるので、免疫力が高まるというわけです。
そして、腸のリンパ液を効率よく流す方法が、今回紹介する、腸のリンパ流しです。
腸のリンパ流しは、あおむけのまま腹式呼吸を行い、深い呼吸で腹部に圧を加えることで、リンパの流れを促します。
腸のリンパ流しのしくみはこうです。
まず、腸のリンパ液はすべて、リンパ液のプールである「乳び槽」に流れ込みます。
このとき腸のリンパ球も、乳び槽へと入ってきます。
乳び槽にたまった腸のリンパ液は、胸管を通り血液に流れ込みます。
胸管は、リンパ液の大量輸送道路のようなもので、乳び槽から胸管にうまくリンパ液を送り出すことができれば、リンパ液の流れが促され、リンパ液をどんどん血液に送ることができます。
ところが、乳び槽は後腹膜腔(※腹膜の後ろにある空間)にあるため、立ったり座ったりしたままでは、リンパ液を効率よく胸管に流せません。
そこで、腸のリンパ流しの出番です。
まず、あおむけになることで、足のリンパ液が乳び槽から胸管へと、自然に流れ出すのを促進できます。
さらに、腹式呼吸を行い、腹圧を上げたり下げたりします。
こうすれば、乳び槽に圧が伝わり、勢いよくリンパ液を流すことができます。
このとき、足のつけ根からへその下へと、なで上げるように手を動かせば、足のリンパ液もさらに乳び槽に流すことができ、一石二鳥です。
腸のリンパ流しの効果を確認するために、私は、ある実験を行いました。
腸のリンパ流しを行う前後で、被験者の血液成分にどんな変化が起こるかを調べたのです。
腸のリンパ流しを行った後では、被験者のさまざまな血液成分の濃度が低下していました。
リンパ液は最終的に血液の中にそそぎ込まれるので、腸のリンパ流しによって、リンパ液の流れが活発になった結果、血液が薄まったと考えられます(下記グラフ)。

リンパ液の流れがよい人はカゼを引きにくく、口内炎や口角炎にもなりづらい
腸のリンパ流しを行えば、リンパ液に含まれる豊富な腸のリンパ球も体中に流れ、あるものは細胞の組織間隙(※細胞と細胞の間に生じる間隙)にもれ出し、さらにリンパ管を通って、リンパ節に入ります。
いわば、リンパ球によって体中がパトロールされ、異物を排除する臨戦態勢が整っている状態になるのです。
この状態をつくることが、免疫力を高めることになリます。
免疫力が高まるということは、周りはカゼを引いていても、自分はカゼを引かないということです。
実際に私が調べたところでも、リンパ液の流れがよい人は、カゼを引きにくく、ガン細胞などを殺す役割をする、特別なリンパ球の活性が高いことがわかりました。
また口内炎や口角炎にもなりづらいです。
こうしたじょうぶな体でいられることの最大のメリットは、不調を感じることが少なく、人生に意欲が持てるようになるということです。
意欲があれば行動が生まれます。
免疫力の高さは、アクティブで充実した人生の土台と言えるものです。
腸のリンパ流しのやり方

オシッコの近さでリンパ液の流れ具合を確認
最後に、腸のリンパ流しで、実際にリンパ液の流れが活発になっているかを、自分で確認する方法を紹介しましょう。
リンパ液の流れが活発になると、リンパ液が血液にそそぎ込まれるので、そのぶん血液が薄められるというのは、お話しした通りです。
血液が薄められると、ADHという「尿を出すのを抑えるホルモン」の血液中の濃度が低下します。
尿を抑えるホルモンが低下するわけですから、現象としてはオシッコが近くなります。
ですから、「オシッコが近くなってきたな」と感じたら、それはリンパ液が活発に流れて、免疫力が高まってきているということです。
体の変化を感じながら、腸のリンパ流しを続けてみてください。