解説者のプロフィール

大河原節子
1956年生まれ。群馬大学医学部卒。
現在、みさと健和病院回復期リハビリテーション病棟医長。
NPO法人日本コンチネンス協会会員で、認定排泄ケア専門員、電話相談員の資格を持つ。
コンチネンス・ケアの啓蒙と普及に努めている。
著書に、自らの体験も交えた尿トラブルについての本『おしっこの本』(三一書房)がある。
38歳のときから尿もれに悩む
「尿がもれる」「トイレが近い」でお困りではありませんか?
尿失禁は、誰にでも起こる可能性のある病気です。ちっとも恥ずかしいことではありません。ですから、尿トラブルで悩んでいる人は、まずは一度、専門医の診察を受けてください。
私自身も18年間、尿もれに悩まされました。
しかし、3年前の56歳のとき、尿失禁の手術を受けたことで、尿もれのわずらわしさから解放され、好きなことが自由にできるようになりました。今は、手術を受けて本当によかったと思っています。
「尿もれに悩んでいるけど、どうしたらいいかわからない」「恥ずかしい」「手術に踏み出す勇気もない」……。
そんな人のために、私自身の体験を交えながら、ささやかなアドバイスをしたいと思います。
私が尿もれに悩むようになったのは、38歳のとき。初めての出産の後でした。
高齢出産にもかかわらず、産休に入って気持ちのタガがゆるみ、食欲のおもむくままに食べたのが悪かったのか、あっという間に太ってしまいました。
なんとか経膣分娩でお産をしたものの、3800gという大きな赤ちゃんだったので、会陰裂傷がひどく、出産後、会陰を縫合する手術を受けました。
尿もれに気づいたのは、退院してしばらくしたころです。子どもをだっこしたり、小走りしたりすると、尿がもれてしまいます。それから、パッドを当てる生活が始まりました。
そのころ、尿もれで困っていることを、お産を経験したことのある女性医師や看護師に話すと、一様にびっくりされました。お産をした人がみんな尿もれになるわけではなく、むしろ私の年齢で尿もれになる人は、少ないようです。
このことがまた、自己管理が悪かったのではないかと、自分を責める原因になりました。
腹圧性尿失禁なら手術でほぼ95%の人が治る
女性の場合、尿失禁は大きく二つに分類できます。
①おなかに力を入れたときに尿がもれる「腹圧性尿失禁」
②突然膀胱が収縮して尿意を感じ、がまんできずに尿がもれる「切迫性尿失禁」
どちらか一つだけでなく、この二つが混合しているケースもあります。
私は腹圧性尿失禁でした。飛び跳ねたり、重いものを持ったりすると尿がもれるので、趣味のテニスやジョギングはできなくなりました。
しかし、寝ている間は問題なく、昼間も腹圧がかかるようなことをしなければ、特別不便はありません。
それでも、仕事を持っている私は、いつ尿がもれるかわからないので、パッドは外せませんでした。私が使っていたのは生理用パッドでしたが、暑い時期は蒸れて困りました。
後で知ったのですが、生理用パッドは血液を吸収するようにできており、失禁用パッドは水分を吸収するようにできているそうです。使用感も、失禁用はサラサラして肌にやさしく、蒸れにくいようです。
また、尿失禁を改善するという観点から、一般に、骨盤底筋体操が勧められています。私も試しましたが、うまく習得できず、またどれくらいすれば効果があるのかもわからず、このときは、結局続きませんでした。
こうして18年も尿失禁とつき合って、「もうこのままでいいかな」と思っていたとき、たまたま昔の友人の泌尿器科医と会い、尿失禁の手術のことを知りました。
腹圧性尿失禁なら、手術で95%の人が完全に治るそうです。それを聞いて心が動きました。
私は、回復期リハビリ病棟で医師として勤務しており、日々、患者さんの尿の問題に直面しています。
特に女性の場合は尿路感染を起こしやすく、よく患者さんが高熱を出します。私も、それまでひと冬に1~2回は膀胱炎を起こしていました。これから年を取れば、さらに感染の頻度は増えるでしょう。
また、膀胱機能の低下も心配でした。尿失禁があると、失禁が心配で、早めにトイレに行きます。すると、膀胱がしっかり尿をためる前に出してしまうので、膀胱が膨らんで収縮するという、膀胱本来の機能が落ちてしまうのです。
膀胱機能が落ちれば、尿路感染も起こしやすくなりますし、おむつも必要になります。
こうしたリスクを避けるためにも、できることはやっておいたほうがいいのでは、と考えるようになりました。
そんな折、1泊の入院で手術をしてくれる医師が見つかり、手術を受けることにしました。

尿失禁の手術にはTVT手術と、それを改良したTOT手術の2種類がある
尿失禁の手術には、TVT手術と、それを改良したTOT手術の2種類があります。どちらも、尿道の後ろにメッシュテープを通し、テープで尿道を支える手術です。
腹圧がかかると、尿道が下がって尿がもれやすくなりますが、テープで尿道を支えることによって、それを防ぎます。
最初に開発されたのはTVT手術でしたが、TVT手術は臓器を傷つけるおそれがあるため、現在はTOT手術が主流になっています。
この手術は、腹圧性尿失禁だけに有効なので、事前に検査を受けます。私は、純粋な腹圧性尿失禁と診断され、手術の適応とされました。
手術は、局所麻酔で20分程度で終わります。私は退院した日の翌日から通常どおり出勤しましたが、術後1ヵ月は、無理な運動はできません。
その後は、走っても何をしても尿がもれることはなく、快適な生活を送れるようになりました。
なお、手術が適応しない切迫性尿失禁は、薬物療法が治療の中心ですが、セルフケアとして、骨盤底筋体操や膀胱訓練が有効です。
また、排尿日誌をつけると、自分の膀胱機能が把握できます。
それぞれについて、簡単に説明しましょう。
【骨盤底筋体操】
尿道や膣を支えている「骨盤底筋群」を鍛える体操です。
一人ですると効果が実感しにくく、継続がむずかしいので、できれば、体操を指導できる医療機関を受診し、きちんと指導を受けて始めるといいでしょう。
骨盤底筋体操は、私自身も、手術後から再び行っています。いくら手術で尿もれが止まったとはいえ、きちんと骨盤底筋を鍛えておかないと、加齢に伴って筋肉が弱り、また尿もれを起こすおそれがあるからです。
体操する時間を生活の中に組み込むと、継続しやすいようです。私の場合、電車での10分の通勤時間に、立ったまま骨盤底筋体操をする、と決めています。これは、一生続けていくつもりです。
【膀胱訓練】
頻尿や尿もれのある人は、膀胱に尿をためられなくなっていますから、尿意があったら、5分でも10分でもがまんして、なるべく膀胱に尿をためるようにします。
初めは100~200mLくらいしかためられなくても、がまんする時間を延ばしていくと、300mLくらいまでためられるようになります。
【排尿日誌】
500mLの水が入るプラスチックのコップを用意し、50㎖ずつの目盛りをつけます。トイレに行くたびにコップに直接排尿し、量を測って記入します。同時に、水分摂取量や尿もれした時間なども書き込みます。
2日分くらい記入すると、自分の排尿傾向がわかります。泌尿器科を受診するときに持って行くと、非常に役に立ちます。
私は、自分のこうした経験から、頻尿や尿もれ、排尿困難などの尿の問題に関心を持つようになりました。現在では、患者さんに向けたセミナーで、尿トラブルやセルフケアについてのお話をさせていただくほか、コンチネンス・ケア(排泄ケア)の普及などにも努めています。
尿トラブルに限らず、排泄の問題は、誰にでも起こりうることなのに、多くの人は自分のこととして考えていません。
排泄は、人間の尊厳にかかわる問題であり、介護する側から見ても先の見えない、大変な問題です。
いかに自分の排泄をコントロールするか、排泄の障害が出たらどうすればいいのかなどについて、すべての人が知識を持ち、考えていく必要があると思います。