「手術・放射線・抗がん剤」の三大療法に次ぐ第4の治療法と期待される「がん免疫療法」。
現在、国内で承認されている免疫療法はまだ一部のがん対象に限られていますが、近い将来、さらに多くのがんへの適応が予定されています。ことに、従来の治療だけでは治らなかった進行がんを食い止め、生存率を上げる効果が期待されています。
がん免疫療法を30年以上にわたって研究してきた昭和大学の角田卓也教授は「いずれ、がんが死に至る病ではなく、糖尿病や高血圧と同様に、単なる慢性疾患となる時代が来る」と力強く語っています。がん免疫療法の現在と今後について詳しいお話をうかがいました。
アクセルとブレーキ2通りの方法がある
──まず「がん免疫療法」とは、どんな治療法なのでしょうか?
角田 簡単に言えば、誰もが体に備えている自らの「免疫」機能を活用して、がんを死滅させる治療法です。
免疫療法は大別すると二つのアプローチがあります。一つは、免疫細胞ががんを撃退する力を強める方法で、「免疫強化療法」と呼んでいます。これは車にたとえると、免疫の「アクセルを踏み込む」アプローチです。
従来の免疫療法の多くは、この考え方に基づいていました。例えば、がんと戦うリンパ球(免疫細胞の一種)の数を増やしたり、活性を高めた状態にして体内に戻したりと、さまざまな方法が研究されてきました。
しかし、免疫の働きを促進しても、実際にはなかなか思った治療成果が上がりませんでした。というのも、実はがん細胞は攻撃を逃れるために、免疫細胞にブレーキをかけていることがわかったのです。そこで「ブレーキを外す」というアプローチが登場したのです。「免疫抑制解除療法」と呼んでいます。
今、脚光を浴びている「免疫チェックポイント阻害剤」もこのタイプの薬です。この薬の登場によって、免疫療法の未来が大きく広がりました。
──「免疫チェックポイント阻害剤」はどんな働きをする薬なのですか?
角田 火事の現場ですでに鎮火できているにもかかわらず、水をまき続けていたら、現場は水びたしになり、後の処理が大変になりますね。免疫も同様に、異物を攻撃する作用が過剰になりすぎると、炎症が続いて、自らの体を必要以上に傷つけてしまいかねません。
がん細胞を直接攻撃する細胞障害性T細胞(CTL)は非常に殺傷力が高いので、必要に応じてアクセルを踏んだり、逆に活性化しすぎて暴走しないようにブレーキ役になったりする分子などが備わっています。この場所を「免疫チェックポイント」と呼んでいます。
がん細胞の中には、この免疫チェックポイントにくっつく分子を出して、免疫細胞にブレーキをかけるものがあるのです。すると免疫細胞がいくらいても、がん細胞を攻撃するモードに入れないわけです。このブレーキを解除し、がん細胞を攻撃できるようにする薬が「免疫チェックポイント阻害剤」です。
免疫チェックポイント阻害剤が劇的な効果を上げた最初の一歩は、皮膚がんの一種であるメラノーマ(悪性黒色腫)でした。メラノーマは手術で切除できない進行期に入ると、予後が極端に悪く、ステージⅣ(がんが別の臓器に転移している状態)の5年生存率は10%未満です。メラノーマに免疫チェックポイント阻害剤を用いたところ、ステージⅣと診断された患者さんの約20%が10年後も元気に生存できることが海外の臨床試験で明らかになったのです。
この結果を受け、日本では「PD-1阻害剤」(免疫チェックポイント阻害剤の一種)のニボルマブ(商品名:オプジーボ)が、世界に先駆けて2014年に日本で承認されました。
これは有効な治療法がなかったメラノーマの患者さんに大きな福音となりました。実際に私たちも、内臓の中にまで転移して手術不能だったメラノーマの患者さんに承認後すぐニボルマブを用いたところ、進行が止まり、元気に、普通に生活しているケースを体験しました。
その後、肺がんの8割を占める「非小細胞肺がん」に対してもニボルマブの保険適用が認められ、この薬がさらに脚光を浴びることになりました。
肺がんの生存率が大きく改善した!

手術ができず、抗がん剤の治療効果も見られなかった非小細胞肺がんの患者さんに免疫チェックポイント阻害剤を投与すると、がん細胞の増大が止まるばかりか、小さくなったり、消えたりする症例が世界中で数多く報告されました。しかも従来の抗がん剤と比べて副作用が明らかに少なく、患者さんの生存期間が延びたことも確認されています。
上記の「図」は、非小細胞肺がんに対して、免疫チェックポイント阻害剤を投与した治験結果です。投与開始から3年後以降の生存率の線が水平に近く、5年後の生存率が大きく下がっていない点に注目です。
従来の抗がん剤治療では、生存率がしだいに右肩下がりになるのが通常でした。しかし免疫チェックポイント阻害剤では、3年を過ぎたら、ゼロとは言えないまでもかなりの程度、再発のリスクから解放され、その後の生存も維持できるのです。これは非常に画期的で、免疫療法は、従来では考えられなかった、進行がんを「完治」させる治療法としての期待が高まってきたわけです。
私の患者さんでも、劇的な例がありました。60代の男性Aさんは肺がんの手術後、標準的な抗がん剤治療を受けるも、すぐ再発が起こり、分子標的薬(特定の分子の働きを抑えることによりがんを攻撃する比較的新しい抗がん剤)による治療も受けました。分子標的薬は従来の抗がん剤よりは副作用が少ないとされますが、Aさんの場合は顔や手の皮膚にあばたができる副作用が強く現れ、「こんなにつらいなら、もういい」と治療をあきらめたそうです。
そうした中、ニボルマブが肺がんに承認され、Aさんに治療を受けてもらうことになりました。その結果、2カ月という短期間でがんが縮小したのです。治療開始時、肺がんの腫瘍マーカーのCEAが4000以上(基準値は5.0未満)でしたが、現在は20まで低下。1年半が経過した現在、治療の副作用や再発の兆候なく、たいへんお元気に過ごされており、趣味のスポーツをエンジョイされています。Aさんは「この薬が間に合わなかったら、今ごろ私は生きてないかもしれませんね」と話されていました。
肝がん、大腸がんなど適応拡大が期待される

──ほかの種類のがんに対する効果は、どうなのでしょうか?
角田 現在までに、日本国内で保険適用が承認されている免疫療法を上にまとめました。現状、まだ適応されるがんの種類は限られています。
しかし現在、世界で800種以上のがん免疫療法の臨床試験が進行しています。日本国内でも数年以内に、新たに承認される免疫療法や適応になるがん種が増えていくでしょう。
例えば、ニボルマブは2017年9月に日本で胃がんへの適応拡大が承認されました。米国など海外では肝臓がんへの適応も承認されています。ほかにも、免疫チェックポイント阻害剤の臨床試験は大腸がんや前立腺がん、卵巣がんなど多くのがん種を対象に進められています。
私は、10年以内にがん免疫療法を受けた人の50%以上が「完治」するようになると予測しています。
──免疫療法には副作用の心配はないのでしょうか?
角田 抗がん剤ほどではありませんが、免疫チェックポイント阻害剤にも副作用はあります。抑えていた免疫のブレーキを外すので、頻度は低いものの、免疫が自分の健康な細胞まで攻撃する「自己免疫疾患」が起こることがあります。甲状腺機能障害、膵臓障害による1型糖尿病、間質性肺炎などが代表的副作用です。
ですが、多くの自己免疫疾患にはステロイド剤が有効で、副作用を軽減できます。これが非常に興味深い点ですが、ステロイド剤を使用しても免疫チェックポイント阻害剤の治療効果は弱まらないことがわかっています。
もう一点、従来の抗がん剤は治療をやめると効果もしだいに薄くなりますが、免疫チェックポイント阻害剤は、投与をやめたあとにも効果が持続するのが特徴です。がん細胞に直接作用するのではなく、体に本来備わる免疫機能に作用するので、いったん免疫力のスイッチがオンになれば、その効果が継続するのだと考えられます。
さらに免疫療法は、抗がん剤や放射線など従来の治療と効果がバッティングするものではないので、併用によって治療成績の向上や副作用の軽減も期待されています。
腸内細菌を調べて免疫の状態を予測
なお現時点では、免疫チェックポイント阻害剤の奏功率(治療後にがんが縮小もしくは消失した人の割合)は20~30%と言われます。「意外と低い」と思われるかもしれませんが、対象となっているのは手術や放射線、抗がん剤など従来治療の効果がなかった患者さんです。限りなくゼロに近かった数字をここまで押し上げてきたわけです。
免疫チェックポイント阻害剤の効果が現れない人は、ガンと戦うことのできる活性化したリンパ球の数が少ないなど、そもそもの免疫力が低いと考えられます。つまり、ブレーキを外すだけでは足りなく、リンパ球というガソリンを満タンにしたり、アクセルを踏み込んだりする必要があるということです。
そもそも免疫力に違いが生じるのは、実は腸内細菌が大きくかかわっていると考えられています。
私は腸内細菌を調べることで、その人の免疫の状態を把握し、免疫チェックポイント阻害剤が有効かどうかを予測できるのではないかと考え、すでにその研究を始めています。
がん免疫療法の研究はまだ途上ですが、「がんは不治の病、死に至る病」という常識はすでに変わり始めています。糖尿病や高血圧といった生活習慣病と同様に、がんになっても病状をコントロールしながら長生きできる時代がすぐそこまで来ていると言ってよいと思います。

角田卓也
1959年生まれ。和歌山県立医科大学大学院卒業(外科学)。医学博士。和歌山県立医科大学第二外科助教、東京大学医科学研究所外科講師・同准教授、昭和大学臨床免疫腫瘍学講座教授などを経て現職。30年間一貫してがん免疫療法を研究する。著書に『進行がんを克服する希望の「がん免疫療法」』(幻冬舎)などがある。