解説者のプロフィール
治療を受けなくても受けても生存率は同じ
中高年者の場合、血圧が基準値を超えたら、直ちに降圧剤を飲むほうが体のためによいのでしょうか。それとも、降圧剤を飲む前に行うべきことがあるのでしょうか。この問題を考える参考に、私たちが行った大規模追跡調査をご紹介しましょう。
私たちは、都市郊外に在住の65歳以上の高齢者1万3066人を対象に、高血圧の治療を受けている人と、受けていない人とで、累積生存率を調べたことがあります。累積生存率とは、ある一定期間における生存率で、この調査の場合、3年間の追跡調査を行いました。
その結果、高血圧の治療を受けている人の生存率は92.0%、受けていない人は92.7%でした。つまり、高血圧の治療を受けても、受けなくても、3年後の累積生存率には差が見られなかったのです。
この調査では、対象者が薬を飲んだかどうか、生活改善を行ったかどうかなどについては、調査をしていません。
しかし、いずれにしても、薬に頼ったからといってグンと生存率が上がることはないことを示唆しています。そして、こうした結果が出た背景には、日本の高血圧治療の特殊性があるといってよいでしょう。

笑顔のある生活が血圧を下げる!
血圧が高いのは人間が活発に活動している証拠
世界で最も有名な内科学の教科書として、アメリカで出版された『ハリソン内科学』(2007年)があります。この教科書には、降圧剤を飲んだほうがいい目安として、最大血圧180mmHg以上、最小血圧110mmHg以上という数値が示されています。これが世界基準といってよいのです。
日本でも、かつて厚生省(現在の厚生労働省)は、ほぼ同様の基準を用いていました。
1987年に、厚生省が示した服薬基準は、最大血圧180mmHg以上、最小血圧100mmHg以上でした。
しかし、その後、日本の高血圧の基準は段階的に引き下げられました。さらに、2008年からは、年齢に関係なく、最大血圧140mmHg以上、最小血圧90mmHg以上が、「受診勧奨」とされるようになったのです。
つまり、このような高血圧基準の引き下げによって、より多くの国民が「高血圧症」と診断され、服薬につながったわけです。基準値を超えたということを理由に、医師から直ちに降圧剤を勧められた人も少なくないはずです。高血圧基準と服薬基準は異なるのに、です。
このように、現在の日本の服薬実態は、厳しすぎます。世界の服薬基準からいえば、血圧を下げる必要がないのに、薬によって無理に下げている人が多数いるということになります。
降圧剤を飲んだからといって、生存率が延びるわけではありませんし、逆に、薬を使って無理に血圧を引き下げることによって、体にマイナスの影響が出るリスクもあるのです。
ことに高齢者の場合、無理に血圧を引き下げると、生きる活力を薬が奪ってしまうケースがしばしばあります。認知機能が低下する危険もあるのです。
高血圧を招く生活習慣を見直そう
そもそも人間が死ぬときは、血圧が低下しすぎています。血圧が高いということは、人間が活発に活動している状態を示しています。オリンピックの短距離走選手が100mを走り抜けるときの最大血圧は、おそらく200mmHgを超えているでしょう。しかし、それは、生存を脅かす「赤信号」とはいえません。高くなった血圧はすぐに戻るからです。
身体活動に応じて、血圧は大きく変動します。ですから、検診のたった1回の計測で、高血圧と決めつけることはできません。試しに、深呼吸をしたり、よく笑ったりしてから、血圧を測ってみてください。好きな音楽を聴いたり、ビールを一杯飲んだりしてから、測ってみてもいいでしょう。そのつど、血圧は違った値を示すはずです。
リラックスした状態で血圧を測って、数値が基準値を超えているかたも、慌てることはありません。薬を飲む前に、行うべきことがあります。自分の生活を見直してみると、高血圧を招いている生活習慣や、住居環境、職場環境が思い当たるはずです。まずは、それらを改善しましょう。
さらに、笑顔のある生活を心がけてみてください。ストレス対処がうまくできていないと、血圧を上昇させる強力な要因となります。深呼吸や好きな音楽、家族や友人との歓談などは、いずれも、血圧を下げるよい薬となってくれるでしょう。
食事に配慮し、運動を心がけ、生活習慣や、住居・職場の環境を改善したうえで、1日に何度血圧を測っても、最大血圧が180mmHg以上、最小血圧が110mmHg以上であるとします。私なら、このとき初めて、世界基準に沿って、降圧剤をお勧めするでしょう。
ただし、糖尿病や腎臓病など、ほかの病気がある場合は、この限りではありません。必ず主治医に相談してください。
星 旦二
1950年、福島県生まれ。首都大学東京名誉教授。放送大学客員教授。福島県立医科大学を卒業し、竹田総合病院で臨床研修後、東京大学で医学博士号を取得。東京都衛生局、厚生省国立公衆衛生院、厚生省大臣官房医系技官併任などを経て現職。公衆衛生を主要テーマとして、「健康長寿」に関する研究と主張を続ける。著書に『ピンピンコロリの法則(改訂版)』(ワニブックス)など。