解説者のプロフィール

能勢博(のせ・ひろし)
信州大学大学院医学系研究科特任教授。1952年生まれ。京都府立医科大学医学部卒業。京都府立医科大学助教授などを経て現在、信州大学大学院医学系研究科・疾患予防医科学系専攻スポーツ医科学講座教授。ウォーキングの常識を変えたといわれる「インターバル速歩」の提唱者。信州大学、松本市、市民が協力する中高年の健康づくり事業「熟年体育大学」で、約10年間で約6000人以上に運動指導。著書に『いくつになっても自分で歩ける!「筋トレ」ウォーキング』(青春出版社)など。
高血圧と肥満を同時に改善
私が考案した「インターバル速歩」が、NHKのテレビ放送で取り上げられ、大きな反響を呼びました。それ以来、何度かテレビで紹介されているので、ご存じのかたもいらっしゃるでしょう。
インターバル速歩は、「速歩き」と「ゆっくり歩き」を3分間ずつ交互に行う運動です。これを私は、10年以上前から、6200人に上る中高年者に指導してきました。
その効果は、目を見張るものがあります。多くの人が、インターバル速歩を始めて5ヵ月後には、筋力・持久力が大幅に向上。最大で20%アップした人もいます。さらに、高血圧、高血糖、肥満の人の割合が、いずれも20%も減少したのです。
実は私自身も、この効果を実感している一人です。
10年前、私は仕事のストレスなどで、最大血圧が160mmHg前後まで高くなったことがあり、本腰を入れて、インターバル速歩を行いました。
最初のころは、血圧にあまり変化が見られませんでした。しかし、2週間を過ぎると徐々に下がり始めて、1ヵ月後には130mmHg前後になったのです。同時に体重も3kgへって、標準体重に戻りました。
血圧は肥満と相関関係があり、運動不足などで体重がふえると、血圧も上がります。インターバル速歩は、高血圧も肥満も同時に解消してくれます。
ただ1万歩を歩いても生活習慣病の改善には至らない
一方で、肥満の解消などに「1日1万歩」が推奨されていますが、私たちの実験では、1万歩をただ歩くだけでは、生活習慣病の改善には至らないという結果が出ているのです。これは、最大体力の約40%しか使わないためだと考えられます。
では、なぜ、インターバル速歩には、このような効果があるのでしょうか。
まず、生活習慣病の原因は、筋力の低下と深く関係しています。そのことについて、少しお話ししましょう。
近年、大きな注目を集めているのが、「慢性炎症」という考え方です。例えばカゼをひいてのどが腫れるのは、急性炎症です。慢性炎症は、全身に起こる微弱で持続的な炎症で、運動不足などをきっかけに起こるとされています。
この慢性炎症が全身に起こると、ガンや高血圧、糖尿病などの生活習慣病、うつなど、さまざまな症状を引き起こすと考えられているのです。
例えば、慢性炎症が脂肪細胞に起これば糖尿病を招きます。免疫細胞に起これば動脈硬化や高血圧、脳細胞に起これば認知症、ガン抑制遺伝子(ガンを抑制する遺伝子)に起こればガンを招くことになるのです。
では、慢性炎症が現れるとき、私たちの細胞レベルでは何が起こっているのでしょうか。
私たちの細胞を構成しているものに、エネルギーの産生を行う「ミトコンドリア」という重要な器官があります。
運動不足や加齢によって筋肉が衰えて萎縮してくると、細胞内のミトコンドリアの数が少なくなり、残っているミトコンドリアも機能が低下し、劣化してきます。
この結果、体の各所で慢性炎症が起こるのです。
ミトコンドリアをふやせば慢性炎症を抑制できる!
では、どうしたらよいのでしょう。答えは明解です。ミトコンドリアをふやして、慢性炎症を抑制すればいいのです。
インターバル速歩で、機能が低下したミトコンドリアが活性化すると、それが慢性炎症の解消につながり、継続すると、血管壁や脂肪細胞の慢性炎症が抑制され、血圧も安定してきます。
私たちは、年々筋力が低下していきます。しかし、少しきつめの運動をすることで、筋力を強化し、ミトコンドリアをふやすことができるのです。
その、少しきつめの運動が、「速歩き」です。しかし、速歩きだけを長く続けるのは大変です。
そこで、3分間、速歩きをしたあとに、3分間の「ゆっくり歩き」を行います。それによって、息切れや、筋肉痛のもとになる乳酸が代謝され、疲れが回復します。すると、再び速歩きができるようになります。
速歩きの「ややきつい」というのは、その人の最大体力(最大酸素摂取量)の70%に相当する運動強度。3分間歩くと、少し息がはずんでくる程度です。
一方のゆっくり歩きは、最大体力の40%程度で、散歩くらいの楽な速さです。
速歩きをするときは、背すじを伸ばして肩の力を抜き、腕を大きく後ろに引いて、大股で歩きます。かかとから着地するように意識し、目線は25mくらい先にするといいでしょう。
私は、3分間ずつ5セット(30分)のインターバル速歩を、週に4回行うように勧めています。歩く時間帯は、体内リズムを整えるために、できれば毎日同じ時間帯にしましょう。
インターバル速歩は、ぜひとも2週間は続けてみてください。最初は、筋肉に負荷がかかりますから、つらく感じられるでしょう。しかし、しだいに慣れてくるはずです。
そうして2週間続けると、インターバル速歩をしないと、逆に体がだるく感じられるようになります。そうなれば、しめたものです。
「インターバル速歩」のやり方
《速歩き》
最大体力の70%。3分歩くと、少し息がはずむ。「ややきつい」速度。
《ゆっくり歩き》
最大体力の40%。散歩くらいの楽な速度。
《姿勢》
背すじを伸ばして肩の力を抜き、腕を大きく後ろに引いて、大股で歩く。かかとから着地するように意識し、目線は25mくらい先にする。

❶「速歩き」と「ゆっくり歩き」を3分間ずつ行うのを1セットとし、5セット(30分)行う。
❷週4回を目標にする。
❸実行した日を記録する。
長く運動を続けているとその効果が頭打ちになる
ここまで、インターバル速歩についてお話ししてきましたが、インターバル速歩を長年続けていると、その効果が頭打ちになる人が出てきました。糖尿病や高血圧などの生活習慣病も、ある程度までは改善するのですが、それ以上よくならないのです。
そこで私は、そういった人たちに、インターバル速歩をしたあとに、チーズやヨーグルトなどの乳製品を食べてもらうことを考えました。乳製品には、筋肉を増やす良質のたんぱく質やミネラル類が豊富に含まれているからです。
この運動法を、わかりやすく「チーズウォーク」と呼ぶことにします。
私は、6ヵ月以上インターバル速歩を続けていて効果が薄くなった人たちを、インターバル速歩のみのグループ[運動群]と、インターバル速歩後にチーズとヨーグルトを食べるグループ[チーズ群]とに分け、筋力などの比較・検討をしました。
その違いは明白でした。5ヵ月後、[運動群]は筋力に変化がなかったのに対し、[チーズ群]は筋力が平均8%もアップしていたのです。
運動を続けていて筋力の維持ができていた人が、さらなる筋力アップを図れたわけですから、運動をしていない人なら、より効率のいい筋力アップが期待できます。
また[チーズ群]だけは、慢性炎症を引き起こすという二つの遺伝子(NFKB1.2)の活性を、それぞれ平均で29%・44%も抑制していました。
これはチーズウォークで、生活習慣病を招く慢性炎症が抑えられるということです。つまり、糖尿病や高血圧、動脈硬化、ガン、認知症などを予防・改善する可能性が示唆されたのです。
さらに最近の研究では、インターバル速歩後に乳製品をとると、実際に糖尿病や動脈硬化が改善することもわかりました。
糖尿病患者さんの血糖値を連続測定したところ、食後の血糖値の上昇が20%抑えられました。すなわち、糖を細胞に取り込むインスリンというホルモンの効きもよくなったことを意味します。
頸動脈(首の太い動脈)が25%やわらかくなったという結果も出ています。血管がやわらかくなれば血流がよくなり、動脈硬化や高血圧の改善も期待できます。
「チーズウォーク」のやり方
最後に、私たちが指導するチーズウォークのやり方をご紹介しましょう。
まず、インターバル速歩を30分行います。その後、30〜60分以内に、チーズ1個(18g)と小カップのプレーンヨーグルトを2個(150g)食べます。これで約12gのたんぱく質を摂取できます。チーズのタイプは、プロセスチーズでもナチュラルチーズでもかまいません。
このとき大事なことは、糖質もいっしょにとることです。糖質をとると、インスリンの分泌が促されます。インスリンはたんぱく質の合成を促進する働きもあり、筋肉を大きくしてくれるのです。
ですから、チーズといっしょにクラッカーや果物などの糖質を少量とるといいでしょう。
なお、チーズウォークは週に4回を目標にし、行った日を記録することをお勧めします。皆さんも、チーズウォークで効率よく筋力をアップし、ダイエットや生活習慣病の予防・改善に役立ててください。

糖質もいっしょにとることが大事!