解説者のプロフィール

上馬塲和夫(うえばば・かずお)
医師・医学博士。
広島大学医学部医学科卒業時から、東西医学の融合をライフワークとし、虎の門病院内科、北里研究所附属東洋医学総合研究所、富山県国際伝統医学センター、富山大学和漢研を経て、帝京平成大学ヒューマンケア学部東洋医学研究所所長。
著書として『新版インドの生命科学アーユルヴェーダ』(農文協)、『アーユルヴェーダとヨーガ改訂第三版』(金芳堂)など好評発売中。
頭を刺激することが最も効率よく体を変える
私は39年間にわたり、東西医療の融合をライフワークとしてきました。
西洋医学(現代医学)と東洋医学は、心身の健康に対する理論が異なるだけで、共通した方法が多くあります。
特に私が注目するようになったのは、インドの伝統医学「アーユルヴェーダ」です。
なぜなら、東西医学を融合させる理論があるからです。
アーユルヴェーダの特筆すべき点は、体の健康だけでなく、心や五感、魂が幸福に満ちていることを追求していることです。
また、体の器官の中でも、頭頸部(頭から首の部分)を特別視しています。
西暦100年ごろにまとめられたアーユルヴェーダの医学書には、「頭部が、体内で最も優位な場所である」といった記述が残っています。
つまり、頭を刺激することが、最も効率よく体を健康にし、精神にもいい影響を及ぼすことが考えられるのです。
実は、西洋医学的な見地からも、同様のことが考えられるのです。
今回は、頭を刺激する有効性について、東西医学の観点からご説明しましょう。
頭を刺激する有効性
①脳内の静脈洞の流れがよくなる
脳は、内側から順に軟膜、くも膜、硬膜という三つの膜によって覆われています。
そのうちの硬膜の内側には、静脈洞という太い河のような大きな隙間があります。
静脈洞は、脳内をめぐった血液が頭から出て心臓へ戻る前に、最後に集まるところです。
静脈とは、心臓に血液を戻す血管で、血圧や血流には動脈ほどの勢いはありません。
そのため、血液の滞りや逆流を防ぐために、手足の静脈の内部には「弁」がついています。
ところが、頭や首、背骨の内外の静脈や静脈洞には弁がなく、体のほかの部分と比べて、血流が滞りやすいのです。
静脈の血液が滞ると、どんな問題が生じるのでしょうか。
足の静脈の弁が壊れて血液の流れが悪くなり、静脈がボコボコに膨れ上がる下肢静脈瘤という病気があります。
この病気は、放置すると足の皮膚が真っ黒に変色します。
これは、赤血球が血管壁からしみ出し、赤血球の持つ鉄が酸化するためです。
頭の静脈で血流が悪くなれば、脳内の神経細胞を、鉄が障害するかもしれません。
脳の病気に関しては、アルツハイマー病やパーキンソン病など、未だに原因のはっきりとしないものがいくつもあります。
静脈のうっ血による鉄の漏出が、神経細胞を変性させてしまう可能性も考えられるのです。
また、静脈洞には、目や耳、鼻粘膜を流れた血液が流れ込みます。
これらの流れが滞れば、目の疲れや鼻詰まり、耳の聞こえの悪さ、唾液の不足、といった不調が生じるはずです。
次の記事でご紹介する頭の刺激は、脳内の静脈洞と周囲の組織の静脈の流れをよくする働きがあります。
②静脈に流れ込む脳脊髄液の流れもよくなる
静脈洞の血流が滞ると、脳脊髄液の循環も悪くなります。
脳脊髄液とは、くも膜の下で脳の周囲を満たす透明の液体で、脳細胞へ栄養を送ったり、老廃物を排出したりすると考えられています。
この脳脊髄液の循環が悪くなると、認知症の症状が悪化するという研究報告もあります。
脳脊髄液は、くも膜の外側にある硬膜の中の静脈洞や脊椎(背骨)の内外の静脈へとつながっています。
つまり、出口である静脈の流れが滞ると、脳脊髄液も滞ってしまうわけです。
そうなると、脳の正常な働きが維持できなくなるおそれも生じます。
これを解消するのが、頭への刺激なのです。

③中枢神経細胞の働きを改善
中枢神経とは、脳と脊髄で成り立つ、全身の末梢神経に指令を送ったり、伝達された情報をまとめたりする神経です。
この中枢神経の細胞は、脳脊髄液により栄養補給と老廃物の排泄が行われています。
頭への刺激により、前述の①と②から、③中枢神経細胞の新陳代謝(物質の生まれ変わり)もよくなるはずです。
これらの結果、頭重感や頭痛、目や鼻の不調、首のこり、神経の圧迫による手足のしびれや肩こり、腰痛などの改善が期待できると考えられます。
④自律神経のバランスが整う
自律神経とは、意思とは無関係に血流や内臓などの働きをつかさどる神経のことです。
自律神経には、交感神経(活動時に働く神経)と副交感神経(リラックス時に働く神経)があります。
一般的に、マッサージや鍼灸などは、副交感神経を優位にします。
交感神経幹(神経線維の束)は、背骨の両側を走りながら、ほとんどの内臓の機能を調整していますが、その交感神経幹の血流は、そばにある椎つい骨こつ静脈叢そう(背骨の静脈が集まっているところ)に流れ込みます。
この静脈叢の流れが悪くなると、交感神経幹の血流もうっ滞して、自律神経の機能が発揮しにくくなり、自律神経のバランスが乱れることになります。
すると、多くの内臓の機能障害や、脊柱起立筋のこりなどが起こることになります。
疲労感や不眠、肩こり、胃腸の不調、イライラといった心身の不具合も起こります。
頭への刺激は、頭の静脈洞や脊柱管の椎骨静脈叢の流れを改善することで、交感神経幹の血流をよくします。
すると、自律神経の機能も回復し、さまざまな不調の改善が期待できます。
余談になりますが、鍼灸治療の考え方でも、頭には全身に対応するツボが数多くあります。
これらのツボへの刺激も、頭の静脈の滞りの解消に役立つことで、全身的な疾病を改善させているのかもしれません。
例えば、頭頂部付近にある百会というツボにお灸をすることで、骨盤内のうっ血である痔核が改善するなどの現象です。
⑤頭から足の裏までつながっている筋膜をゆるめる
筋膜とは、体の表面を覆う線維状の膜のことです。
偏った体の使い方や姿勢などによって、筋膜は、よじれたり、厚く硬くなったりします。
近年では、原因不明の筋肉や関節の痛みは、筋膜の異常によって起こると考えられるようになりました。
また、筋膜は全身につながっているため、一部分にできた筋膜の異常が、体のほかの部分の痛みなどの原因となることもめずらしくありません。
頭を覆う帽状腱膜は、首や肩、背中、腰など、頭部以下のほぼ全身の筋膜とつながっています。
頭への刺激で帽状腱膜をゆるめると、全身の筋膜がゆるみ、全身のこりや痛みが軽快すると考えられます。
⑥頭部の急所である「マルマ」を刺激する
アーユルヴェーダの施術の一つに、「マルマ療法」というものがあります。
マルマとは、人体の急所のことで、肉体と意識の交流ポイントといわれています。
このマルマに優しい刺激を与えることで、心身の調子を整えるのがマルマ療法です。
マルマは、全身には107個存在しますが、頭や首には、そのうち37個存在します。
頭の刺激は、マルマに直接触れなくても、間接的に優しくマルマが刺激されるため、心身によい効果が得られ、場合によっては、頭部ケアにより「宇宙に行ってきた!」と言う人までいます。

頭髪を引っ張って頭部内の流れをよくする
最後に、今までご紹介した①~⑥の効果を得られる頭の刺激方法をご紹介します。
私が特にお勧めしているのが「髪ひっぱり」です。
頭皮を引っ張ると、頭の骨や硬膜に隙間ができ、静脈の流れがよくなります。
すると、脳脊髄液の流れや中枢神経細胞の働きも改善し、自律神経のバランスまで整うことになるでしょう。
さらに、筋膜もゆるみ、マルマも優しく刺激することができると思われるのです。
やり方は簡単で、頭髪を根元近くからつまんで、優しく引っ張るだけです(下の画像参照)。
抜け毛が気になる人や、髪の毛のない場合は、両手の指で頭皮を寄せるだけでも同様の効果が得られます。
髪ひっぱりを行う部位として、特にお勧めなのが、導出静脈のある頭頂部や、後頭部の髪の生え際です。
静脈の流れをよくするのに最も効率的です。
脳内の静脈のうっ血が長期に続くと、脳脊髄液中の老廃物が蓄積したり、漏れ出た鉄分により神経細胞が変性したりして、認知症からパーキンソン病まで起こることが推定されています。
頭への刺激を習慣にすれば、これらの脳の病気の予防から、ひざ痛や腰痛の改善など、多くの症状に有効だと考えられます。
ぜひお試しください。
頭を効率よく刺激する「髪ひっぱり」のやり方

①
髪を適量、根元付近からつかみ、心地よいと感じる強さでゆっくりと引っ張る。
頭皮を頭蓋骨から優しく引きはがすイメージで行う。
②
1ヵ所につき5秒ほど引っ張ったら、場所を変えてまんべんなく行う。
※髪がない場合は、頭皮を指でつまむようなイメージで寄せる。
頭皮と頭蓋骨の間に隙間ができるようにするとよい。
※時間は決まってないが、1日5分ほど行う。