解説者のプロフィール

瓜田純久(うりた・よしひさ)
東邦大学医療センター大森病院副院長。
1958年、青森県生まれ。
東邦大学医学部を卒業。専攻は、内科学、総合診療医学、機能性消化器疾患、内視鏡医学など。
便通異常や腸内ガス研究の第一人者として、これまでに1000人以上の患者を診察。
著書に、『便秘を治す腸活クリニック』(マキノ出版)、『腸が若返る新・健康法10分のゴロ寝で10年長生きできる』(扶桑社)などがある。
●東邦大学医療センター大森病院
https://www.omori.med.toho-u.ac.jp/
腸の不調が続けば大きな病気を招く原因になる
近年、医学界では腸の働きに注目が集まっています。
その機能が科学的に解明されるにつれ、腸が体全体に及ぼす影響が従来考えられていた以上に大きいことがわかってきました。
便秘や肥満だけではなく、これまで腸とは無関係と思われていた動脈硬化や糖尿病、高血圧といった生活習慣病、ガン、認知症、アレルギー性疾患など、実に多くの病気と関係していることが判明したのです。
そもそも腸の主な機能は三つあります。
一つ目は、口から取り入れた食物を消化、吸収、そして排泄することです。
これが、生命維持の根幹です。
二つ目は、病原体から身を守る免疫機能の働きです。
三つ目は、腸内細菌の働きを保つことです。
腸内細菌は、単に腸内環境を健全にするだけではなく、私たちの体が活動するのに欠かせない重要なホルモンなども産生します。
こうした大事な器官にもかかわらず、便秘や下痢などをはじめとして、腸が不調や病気に見舞われることは少なくありません。
普通、便秘や下痢は重篤な病気とは見なされませんが、こうした腸の不調が続けば、先に挙げた腸の主要な働きにも悪影響が及び、大きな病気を呼び込む原因になるのです。
つまり、気持ちのよい排便習慣を維持し、腸が元気に活動できることが、日々の健康維持の基礎となります。
腹痛を起こすガス腹が「腸もみ」で解消する
腸の働きを整えるためには、食事内容の見直しや食習慣の改善とともに、おなかをもんでマッサージすること(腸もみ)も有効です。
腸もみのやり方は別記事で詳しく紹介されています。
私も、外来診療の際には、便秘やガス腹の患者さんにお勧めしています。
先日もこんなことがありました。
ある84歳の女性が、腹痛のため、毎晩のように私の所属する大学病院の救急外来にやって来るようになりました。
担当医から相談を受けて私が診察したところ、腸にたまったガスが腹痛の原因でした。
私は腸もみなど、自分で行える腸内のガスを抜く方法を伝えると、腹痛が治まり、病院通いがピタリと止まったのです。
腸もみを行うと、腸内のガスが抜けやすくなります。
腸の中には、健康な人でも常に200mlほどのガスがたまっていて、その成分は主に二つのものです。
一つが、食事や呼吸の際に口から飲み込んだ空気中に含まれる窒素。
そしてもう一つが、腸内細菌が作り出す水素やメタンガスなどの気体です。
悪玉菌が増えると過剰にガスがたまる

そもそも腸内細菌は、腸の中に1000種類以上、600~1000兆個以上も群生しています。
このうち、人体にとって有用な菌を「善玉菌」、有害な菌を「悪玉菌」、どちらともいえないものを「日和見菌」といいます。
健康な人の腸内は善玉菌が多く、弱酸性の環境に保たれています。
そのため、悪玉菌は繁殖せず、腸管免疫系を刺激して免疫力を高める働きもあります。
腸内細菌が糖を分解する過程で、ガスが発生しますが、多くは水素、メタン、二酸化炭素などで、くさくありません。
一方、腸内に悪玉菌が多いと、硫化水素、アンモニア、スカトールなどのくさいガスが発生します。
便やオナラがひどくくさいのは、腸内に悪玉菌が増えた証拠ともいえるでしょう。
腸内で発生するガスの量が増え、過剰にガスがたまると、おなかが張ったり(腹部膨満感)、腹痛が起こったりします。
さらに、腸の内容物を先へ送る蠕動運動や消化、吸収の働きも妨げられ、その働きも低下していきます。
当然、便秘がちになるのです。
次に、腸の働きが低下して排泄が滞ると、便が腸内に長時間とどまります。
便と腸内細菌との接触時間が長くなり、その結果、ガスを増やすのです。
ことにメタンガスがたまると、腸の動きが遅くなり、ますます便の排出が遅れるという悪循環に陥るのです。
便通のよい人は総じて腸内ガスの量は少なく、便秘や下痢に悩む人ほど腸内ガスの量が増える傾向にあります。
腸もみでガスが移動し抜けやすくなる
腸内ガスを減らすことは、腹部膨満感や腹痛の改善だけではなく、便秘の解消にも重要なのです。
腸はおなかの中で複雑に曲がりくねっていますが、ガスがたまりやすいのは、くねりが大きく階段の踊り場のようになっているところ。
またガスは軽いため、立ち姿勢や座り姿勢では、なかなか下りてきません。
腸もみを行えば、おなかに物理的な圧力がかかり、腸の中にたまったガスが移動して、抜けやすくなります。
ガスが抜けることで、腸の蠕動運動も促されます。
腸もみは便秘にも効果的
また腸もみは、便秘にも効果的です。
ガスと同様に便もまた、腸の曲がりくねった踊り場のような場所にとどまりやすく、それが便秘を引き起こしていることも多いからです。
便秘のときに腸もみを行うと、踊り場につかえていた便が少しだけ動きます。
この少しだけ動くのがポイントで、これによってたまっていた便がスムーズに動き出すようになります。
糖尿病で悪化した腸の働きを助ける効果も

さらに腸もみは、自律神経にもよい影響を及ぼすことが期待できます。
腸の働きを支配するのは、自律神経でも体を休息へと導く副交感神経です。
そのため、副交感神経が最も優位になる、夜の就寝前に腸もみを行うといいでしょう。
なお、食後2時間以内は避けてください。
便秘や下痢以外にも、腸もみは糖尿病の患者さんにもお勧めです。
糖尿病が進行すると、腸の動きも悪くなります。
糖尿病の合併症である神経障害によって、胃腸の活動が阻害されるようになるためです。
腸もみを行えば、腸の動きを助けることができるでしょう。
自分で行う腸もみは、力加減が意外と難しいものです。
弱過ぎれば腸まで刺激が届きませんし、強過ぎれば内臓を傷めてしまう恐れもあります。
痛くない程度を目安に、無理のない範囲でやさしく行ってください。
高齢になるにつれ、腸の動きは衰えます。
腹痛や便秘だけにとどまらず、腸の機能の低下は免疫力も落とし、それが体全体への悪影響となって現れます。
末永く健康を維持するためにも、腸もみをうまく活用するといいでしょう。