解説者のプロフィール

蓮花一己
1954年生まれ。大阪大学人間科学研究科・博士(人間科学)学位取得。交通心理学・産業心理学が専門で、運転者行動、事故分析、交通教育を研究している。現代社会に生きる人間が何を考え、いかに行動するのかに関心がある。ドライバーがなぜ事故を起こすのか、どうしたら防ぐことが可能かなど、フィールド研究を中心に明らかにしている。一般社団法人交通科学研究会副会長。
●一般社団法人交通科学研究会
http://www.kokaken.or.jp/
高齢ドライバーの事故件数はわずかながら減少
最近、高齢ドライバーによる交通事故の報道が後を絶ちません。
そんな事故のニュースを見て、高齢者の運転は危ないと思っている人も多いでしょう。
確かに、免許人口1万人当たりの死亡事故件数を見ると、65歳未満は0.4件であるのに対し、75歳以上は0.7件、80歳以上は1.3件と、2倍から3倍の数となっています(平成27年交通統計、交通事故総合分析センター)。
この数字だけ見ると、高齢者の事故は増えているように思いますが、そうではありません。
この10年、事故件数は年々減少しています。
高齢ドライバーの事故件数も、わずかではありますが減っています(下グラフ)。
しかし、それ以上に他の世代の事故が減っているため、結果的に高齢者の事故の占める割合が大きくなっているのです。
ですから、高齢ドライバーだから危ないと短絡的に考えるのは、早計です。
実は、高齢者よりも運転が危険なのは24歳以下の若者です。
この世代は75歳以上に次いで死亡事故が多いのですが、両者は事故のタイプが異なります。
若者はスピードの出し過ぎなどの無謀な運転による事故が多いのに対し、高齢者の事故には、交差点や出合い頭の事故が多いという特徴があります。
交差点は複雑なので、同時に複数のことに注意を払わなければなりません。
処理すべき情報が多過ぎて、高齢者はそれに対応しきれないのです。
そこで、信号を見落としたりして、事故を起こしてしまうのです。
また、出合い頭の事故は、そんなに複雑なところでなくてもよく起こります。
それを防ぐには、「一旦停止して、確認する」ことに尽きます。

危険を「予測する」能力が低くなる
しかし、高齢者は、その基本動作を守れない人が多いのです。
その背景には、高齢者に特有の要因があります。
①危険を予測する能力が低い
私たちが行っている調査の中に、「ハザード知覚検査」があります。
これはビデオ映像を用いて、交通状況のどこに危険が潜んでいるかを見つけ出す検査です。
その点数が、高齢ドライバーは中年層に比べると低いのです。
例えば、見通しの悪い交差点では、普通は交差点に入るときに「あそこと、ここが危ないな」と瞬時に判断し、気を付けます。
ところが高齢者は、車の陰などの死角があっても、そこが危ないことに気付かないのです。
高速道路でも、ほかの車が合流車線から入ろうとしていたら、その合流車を意識して運転します。
ところが高齢者は、合流車が見えていてもスピードを変えず、車が目の前に近付いて初めて、危険に気付いたりします。
このように、目の前に存在している危険はわかるけれど、隠れた危険やこれから起こりそうな危険を予測する能力が、高齢になると全般に低くなります。
②時代による交通事情の変化
今70代や80代の人が免許証を取ったころは、今とはずいぶん教習内容も違いますし、交通事情も異なっています。
交通量が今ほど多くなく、道路もあまり舗装されていませんでした。
交差点でも一時停止の標識は少なく、減速はするよう指導されても、止まって確認することまでは徹底されていませんでした。
交通量が少なかった昔は、それでも、事故を起こさずにすんだのです。
また、高速道路も今ほど整備されていませんでしたから、高速道路での教習は必須ではありません。
免許を取るときに、高速道路の走り方を実地で習っていない人も多いのです。
加速車線で加速しなかったり、一般道路の対向車線と混同して、逆走したりすることがあり得ます。
③身体能力の衰え
こうしたこと以外にも、視力や聴力、反射神経などの身体能力が加齢とともに衰えていきます。
ですから、高齢になるほど事故を起こしやすくなります。
こういった現状や背景から、「ある一定の年齢になったら、一律に免許証を返納してもらう」といった動きも一部であります。
しかし、私はこれには賛成できません。
詳しくは後述(別記事:定期的な講習と運転支援装置の併用)しますが、「いかに長く、安全に運転を続けるか」。
このことを、私たちは社会全体で考えていかなくてはならないのです。