解説者のプロフィール

宇都宮洋才(うつのみや・ひろとし)
和歌山県立医科大学准教授・医学博士。専門は細胞生物学。
1963年生まれ、大分県出身。東海大学大学院博士課程修了。
和歌山県立医科大学助手を務めた後、米国バンダービルト大学に留学。
高血圧、糖尿病などの生活習慣病の発生メカニズムを研究。帰国後、言い伝えの域を出なかった梅干しの効能を国内外の共同研究によって医学的に解き明かす。
梅干し博士として知られ、マスコミや講演でも活躍。
著書に『梅干をまいにち食べて健康になる』(BABジャパン)などがある。
昔は梅干しが大嫌いだった
現在では、梅干しの効能を医学的に解明する「梅干し博士」として知られている私ですが、実は、子どもの頃は梅干しが大嫌いでした。
古くから「梅干しはその日の難逃れ(梅干しを食べると、食あたりなどの災難から逃れられる)」などと言われており、私も母から「梅干しは体にいいから」と、無理やり食べさせられていました。
運動会のお弁当のおにぎりに入っていた梅干しがイヤで、取り出して捨てようとしたところ、母にひどく叱られ、やはり無理やり食べさせられた記憶があります。
それ以来、私にとって梅干しは、「懲罰的に食べさせられる、しょっぱくて酸っぱいもの」という存在だったのです。
梅干しの効能研究を始めた経緯

そんな私が、梅干しにもおいしいものがあると知ったのは、全国第1位の梅の産地である和歌山県に赴任した、1995年のことでした。
昼食をとろうと入った定食屋のテーブルに、梅干しの小鉢が置いてあったのです。おかずがなかなか出てこなかったため、空腹で待ちきれなかった私は、仕方なく、お代わり自由のご飯に梅干しを添えて食べ始めました。
すると、そのおいしさにびっくり! あっという間に、梅干しだけでご飯3膳を食べてしまったのです。梅干しに対するイメージがガラリと変わりました。
その後、1年間の任期を終え、アメリカ留学をへて、1999年に再び和歌山県立医科大学に赴任することになるのですが、そのさい、友人から「地元ならではの物を研究して、県民に貢献しては」というアドバイスを受け、梅干しを研究テーマに決めたのです。
「梅」にまつわる言い伝えを科学的に検証
もともと梅は、約1500年前に中国から「烏梅」という燻製にした梅の実が、漢方薬として伝わったのが最初です。戦乱の世においては、武士の携行食や薬として、梅干しが重用されました。全国の城下町に梅の名所が多いのは、その名残です。庶民が梅干しを口にするようになったのは、江戸時代以降と言われています。
梅干しの効能については、弁当に入れると傷みにくくなる、食あたりや水あたりを防ぐ、カゼをひかないなど、先人の経験に基づいたさまざまな言い伝えがありますが、医学的にはほとんど証明されていませんでした。
そこで、まず、和歌山県みなべ町の住民に聞き取り調査を行いました。みなべ町は梅の名産地であり、梅の最高級品種として知られる「南高梅」の原産地です。役場には「うめ課」があり、ほとんどの家庭で毎日梅干しを食べていたからです。
集められた声をまとめると、数多くの言い伝えとともに、梅干しによる制菌作用、胃炎や胃がん予防、糖尿病予防、高血圧予防、疲労回復、血流改善などの効果を実感していることがわかりました。
しかもそのほとんどが、私の専門分野であるがんや生活習慣病と重なっており、梅干しとの関連性にますます興味が湧いてきました。
もし、これらの言い伝えが正しければ、梅干しの効能を医学的に解明できるはずです。
そこで協力者を募って、みなべ町の梅の生産者、梅の加工業者、国内外の大学の研究者、みなべ町役場でチームを作り、産官学一体となって、梅の効能研究をスタートさせたのです。
梅の効能研究の成果
「梅干しをお弁当に入れると痛みにくい」を検証
それでは、私たちが行った梅の効能研究の成果をご紹介していきましょう。
みなさんよくご存じのように、日本では、昔から弁当やおにぎりに梅干しを入れる習慣があります。「梅干しを弁当に入れると傷みにくくなる」という言い伝えは本当に正しいのか、実験してみました。
まず、食中毒を引き起こす「黄色ブドウ球菌」と「病原性大腸菌(O‐157)」を培養した試験管を2本ずつ用意します。1本には何も加えず、もう1本には梅干しから抽出したエキスを加えて、経過を観察します。
すると、どちらの場合も、何も加えなかった試験管には大量の細菌が増殖し、梅干しを加えたほうは細菌の増殖が抑えられました。これによって、梅干しの制菌・抗菌作用が証明できました。
梅雨から夏の終わり頃までは湿度や気温が高まり、細菌性の食中毒が発生しやすくなります。弁当には、制菌作用のある梅干しを必ず入れるよう、科学者の立場からもお勧めします。
「梅干しは胃腸によい」を検証
また、私たちは「梅干しは胃腸によい」という言い伝えも検証してみました。
日本人の約半数が、胃炎や胃潰瘍の原因となる「ヘリコバクター・ピロリ菌」という細菌に感染しており、年代が高くなるほど感染率が高いとされています。
ピロリ菌は、胃の中を動き回って悪さをし、胃の組織を破壊したり炎症を引き起こしたりします。ピロリ菌は日本人に多い胃がんともかかわりが深く、感染していることで、胃がんのリスクが高まります。
そこで、梅に含まれる成分にピロリ菌の動きを抑制する成分がないか調べ、ポリフェノールの一種である「梅リグナン」の中の「シリンガレシノール」という抗酸化物質にたどり着いたのです。
培養したピロリ菌に、シリンガレシノールを加えて変化を観察すると、ピロリ菌が丸く変形して動けなくなりました。
実験を重ね、マウスやヒトでも調べました。マウスを前がん状態にし、梅リグナンが含まれた水を飲ませると、がんの発生を抑えることができました。
さらに、毎日1個以上梅干しを食べている人と、食べていない人の血液検査と胃カメラ検査を行ったところ、ピロリ菌に感染していても、梅干しを食べている人のほうが、抗体価も胃の炎症も低いことがわかりました。
これらの結果から、梅干しを毎日食べている人は、胃炎や胃がんになりにくいことが裏付けられたのです。
梅干しは血圧の上昇を抑える作用もあった
ところでみなさんは、梅干しは血圧に悪いと思っていませんか? 私たちの研究では、梅干しに血圧の上昇を抑え、動脈硬化を防ぐ効果があることがわかっています。
高血圧と動脈硬化には、「アンギオテンシンⅡ」というホルモンが関係しています。
このホルモンの分泌が過剰になると、血管が収縮をくり返して、血管の筋肉細胞を増殖・肥大させます。すると、血管が狭くなって血圧が上昇し、同時に動脈硬化を引き起こします。
私たちは、ラットの血管の培養細胞を使って実験を行いました。
筋肉細胞にアンギオテンシンⅡを加えると、細胞が増殖・肥大します。しかし、梅の成分を加えた筋肉細胞には、アンギオテンシンⅡを加えても細胞が増殖せず、肥大も抑えられることがわかりました。
梅の成分がアンギオテンシンⅡの働きをブロックし、血管の筋肉細胞の増殖・肥大を防いで血圧の上昇を抑え、動脈硬化を防ぐことが証明できたのです。

梅に含まれるポリフェノールがインフルエンザを予防する
紀南地方の小学校では、カゼやインフルエンザが流行する季節になると、水で薄めた梅酢でうがいをするよう奨励しているところがあります。学級閉鎖が少ないことから、効果があると思われました。
そこで、私たちが研究を進めたところ、梅に含まれる「エポキシリオニレシノール」というポリフェノール成分が、インフルエンザウイルスの増殖を抑えることを、世界で初めて発見しました。
このほか、梅に含まれるクエン酸などの有効成分が、血液をサラサラにして弱アルカリ性に保ってくれることや、梅に含まれるオレアノール酸が、糖質の消化吸収を遅らせることで、血糖値の上昇を抑え、糖尿病や肥満を予防することもわかっています。
さらに、梅干しに含まれる梅バニリンという成分には、脂肪燃焼効果が期待できるという実験結果が出ています。紀南地方に住む女性201人を対象とした調査でも、梅干しを毎日食べている人は、食べていない人と比べて、肥満度(BMI値)が低いことがわかりました。
こうした梅干しの健康パワーをいただこうと、私も毎日、朝食と昼食に梅干しを欠かさず食べています。みなさんの日々の食生活にも、梅干しをとり入れていただきたいと思います。
塩分を計算して上手に食べよう
梅干しは、白干し梅でも調味梅でも、お好みのものでかまいません。いろいろな健康効果を考えると、1日に食べる梅干しの量の目安は、健康なかたの場合、1~3個ぐらいでしょう。
ただし、梅干しには塩分が含まれるので、いくら体によくても、食べすぎは禁物です。
私は常々「梅干しは頭で食べましょう」と言っています。まずは、商品の成分表示を見て、梅干し1個に含まれる塩分量を計算しましょう。そのうえで、ほかの食事の塩分量を調整しながら食べれば、塩分のとりすぎを防ぐことが可能です。
和歌山県では、梅リグナンや梅バニリンなどの成分が多く含まれる梅干しも製造販売されています。また、温泉があり、パンダもいます。ぜひ遊びにいらして、お土産においしい紀州産の梅干しを買って帰ってください(笑)。
薬と違って、ご家族やご近所さんと一緒に食べることができ、地域の健康づくりのお役に立てるのが、梅干しの役割であり、最大の魅力だと私は考えています。
