解説者のプロフィール

本山輝幸(もとやま・てるゆき)
1963年、奄美大島生まれ。筑波大学大学院運動生化学修士課程修了。義母の認知症をきっかけに筑波大学大学院にて認知症の運動療法について研究を始める。厚生労働省の認知症予防プロジェクトに参加。その後、MCI(軽度認知障害)を改善する本山式筋力トレーニングを開発し、普及に努める。第24代ミスター神奈川ボディビルチャンピオンでもある。著書に『ボケたくないなら筋トレをやりなさい』(KADOKAWA)がある。
75歳を過ぎて20代の俊敏さといわれた
75歳以上の高齢ドライバーが起こす死亡事故のうち、約半数は「認知症のおそれ」や、「認知機能の低下のおそれ」がある人が起こしているそうです(2015年警察庁調べ)。
私は15年ほど前から、厚生労働省の認知症予防プロジェクトに参加し、認知症の前段階であるMCI(軽度認知障害)の患者さんに運動指導をしてきました。
MCIになると、とっさの判断ができなかったり、運転操作を誤ったりすることがあり、それが交通事故につながることがあります。
そういうMCIの人でも、私が考案した筋トレをすると、MCIが改善し、運転能力も向上していきます。
実際に私の教室では、参加者の4割くらいのかたが現役で運転されています。
しかし、これまで自動車事故を起こした話を聞いたことがありません。
それどころか、75歳を過ぎたある男性は、免許証の更新時に受けた運転適性検査で、「20代の俊敏さ」と教官からほめられたそうです。
なぜ筋トレが認知症の予防やMCIの改善につながるのか
では、なぜ筋トレが認知症の予防やMCIの改善につながるのでしょうか。
それは、筋肉に強めの刺激を与えることで、感覚神経が脳につながりやすくなるからです。
運動にかかわる神経には、運動神経と感覚神経の二つがあります。
運動神経は脳から出た指令を筋肉に伝える神経で、これによって手足が動きます。
もう一つの感覚神経は、末梢の感覚器官が受け取った刺激の信号を脳に伝える神経です。
手足を動かすと、動かした筋肉には「痛い」「心地よい」「疲れた」など、大なり小なり筋刺激が生じます。
その筋刺激の信号は、脊髄などを通って脳に伝達されます。
この、筋肉から脳に戻る神経が感覚神経です。
運動神経と感覚神経は対になって働いており、健常な人はどちらも正常に機能しています。
ところが、高齢になると、運動神経には問題はなくても、感覚神経が脳にうまくつながらなくなってきます。
それがひどくなると、MCIや認知症に進んでいくと考えられるのです。
運動にかかわる神経というと、運動神経だけに目が向きがちです。
しかし私は、脳にフィードバックする感覚神経のほうが重要だと考えています。
認知症になると、どんなに長く運動しても、疲れや足の痛みを感じません。
体力がないはずの認知症のお年寄りが何時間も徘徊できるのはそのためで、感覚神経がつながっていないから、疲労や痛みが脳に伝わらないのです。
もし感覚神経がつながっていれば、痛みや刺激の信号が脳に届き、認知症になることもないのではないか。
私が筋トレをMCIの運動療法に取り入れたのも、そう考えたからです。
そして実際にやってみたら、ほぼ100パーセント、MCIが改善したのです。

判断が早くなり体の操作性もよくなる
感覚神経がつながれば、脳との連携が改善し、判断が早くなったり、判断してからの体の操作性がよくなったりします。
それは運転するうえでも重要な能力で、何かあったときにとっさに判断したり、的確なハンドル操作ができたりするようになります。
また、感覚神経は自分の力加減を司っていますから、感覚神経をつなげることによって力の入れ具合をコントロールできるようになります。
すると、微妙な運転のタッチができるようになり、急発進、急ブレーキをしなくなります。
こうしたことが、高齢者の事故を減らすことにつながります。
ですから、まず感覚神経をつなげて、体からの刺激を脳に上げやすくすることが大事です。
そのために、私が勧めているのが、次の二つの訓練です。
①もも上げ運動
イスに腰かけ、左右の足を交互に上げながら、1、2、3、4……と声に出して数えます。
②ス・マ・ヌ法
あらかじめ「背中にス、マ、ヌの中の一文字を書きます」と伝え、背中に何を書いたか当ててもらいます。
ス、マ、ヌは、字の形も書き順も似ています。
それを識別しようと背中に意識を集中させると、感覚神経がつながりやすくなります。
テーブルの上に何か置いてもらい、目隠ししてそれが何か当てるというようなゲーム感覚の訓練も有効です。
こうした訓練を、今から積み重ねていくことが重要です。
運転寿命をなるべく長く延ばすため、ぜひ取り入れてください。
本山式筋トレのやり方
トレーニング1「もも上げ」
【コツと注意点】
●行う前に、腹筋と太ももの筋肉を触ったりたたいたりすると筋肉を意識しやすい。
●なるべく上半身が倒れないように、おなかに力を入れる。
●筋肉に痛みを感じるほど、脳に強い刺激が届くことになるので効果的。
●関節や骨に痛みや病気がある人は、無理のない範囲で行う。第二項、第三項の簡易版を行ってもよい。


足上げがキツい人に「その場足ふみ」
腰などを痛めている人は、前項の足上げトレーニングが難しいこともあります。
その場合はこちらを行ってみましょう。

トレーニング2「スマヌ法」

階段上りや坂道上りで脳を活性化できる!
感覚神経をつなげる方法は、普段の生活の中にもあります。
階段上りや坂道上りです。
階段や坂道を上ると、下半身の筋肉が鍛えられます。
ここで重要なのは、上るさい、太ももやお尻を意識する(注意を向ける)ことです。
太ももを意識して階段を上ることで感覚神経がつながり、脳へ多くの刺激が伝わります。
太ももやお尻を意識するには、上る前や上っている間にその部位を触るとよいでしょう(下写真参照)。
家の中で階段を上るとき、ちょっとしたときに行える方法です
