私のクリニックには、1日に100人以上の患者さんがいらっしゃいます。
患者さんの中には、
「消炎鎮痛剤を飲んでも痛みが引かない」
「手術を受けたのに痛みがずっと続いている」と訴える人が少なくありません。
正直なところ、開業する前、
大学病院で「難しく高度」な外科手術に明け暮れていたころには、
これほど慢性的な関節の痛みやしびれ、こり、疲労感に悩まされている人が多いとは思っていませんでした。
実は、こうした慢性的な痛みは、骨や筋肉の器質的な異常や炎症ではなく、
神経が誤作動を起こして、生じている場合が多いのです。
神経は、外界や体内からのさまざまな情報を脳と脊髄に届けると同時に、
脳と脊髄からの指令を体中の内臓や筋肉などに伝えて働きを制御しています。
そのため神経にトラブルが起こると、体に傷がないのに痛みを感じたり、
痛みを感じる閾値(境界値)が下がって、ちょっとした刺激を激烈に感知してしまったりします。
こうした神経の誤作動が引き起こす症状に高い効果を上げているのが
「耳の裏さすり」です。
「VDT症候群」の改善効果を検証
耳の裏が、筋肉や神経が集中する特殊なポイントであることは、記事「耳の裏さすり」のやり方で述べてきたとおりです。
さらに、科学的に耳の裏刺激の効果を検証したいと考えた私は、手軽に耳の裏を刺激できる耳かけ式磁気グッズを開発し、耳の裏を刺激したときのデータを取ることにしました。
検証したのは「VDT症候群」の改善効果です。
VDT症候群とは、パソコンやスマートフォンなどのモニターを長時間見ながら作業することで起こる、さまざまな症状の総称です。
眼精疲労、視力低下、かすみ目、目の痛み、充血、ドライアイなどの目の症状や、肩こり、首・肩痛、腕のしびれ、背部痛、腰痛といった筋・骨格系の症状、抑うつ症状、不眠などの精神的症状、頭痛、めまいなど現れ方は多岐にわたります。
VDT症候群と診断された総勢60人に、耳の裏への刺激を実行してもらったところ、症状の改善が見られました。
科学的検証データを学会で報告
○目の疲労度が22.6%低下
VDT症候群の42人を耳の裏を刺激したグループとしないグループに分けて、30分間、スマートフォン上での計算問題を解いてもらい、目の疲労度を10段階で答えるテストを実施。
その結果、刺激なしグループよりも刺激したグループのほうが、22.6%も目の疲労度が低いと回答しました。
次に、刺激なしだったグループの耳の裏に刺激を与えた状態で、同様に30分間の計算問題を解く中で、10分後、30分後、60分後の目の疲労度を尋ねたところ、比較的早い段階から疲労度が下がることがわかりました。
○頭痛スコアが14.5%低下
19人を対象に、4週間にわたって耳の裏刺激を続ける前後で頭痛インパクトテスト(※1)を実施。
すると、耳の裏刺激を行う前よりも頭痛のスコアが14.5%低下し、平均60.5(重度の支障を来す)から、51.7(軽度の支障を来す)へと2段階改善しました。
○ストレスの指標が16.3%低下
心身にどれぐらいストレスがかかっているかを調べるバイオマーカ―(生物指標化合物)として、唾液アミラーゼの量を測定しました。
耳の裏刺激を4週間行う前後で、アミラーゼの量がどのように変化するのか、20人で調査を行ったところ、アミラーゼの量が16.3%減少。
耳の裏刺激でストレスが軽減したことが確認されたのです。
こうしたデータを基に、耳の裏刺激の効果を、私は2015年に日本自律神経学会と日本頭痛学会で、2916年には日本抗加齢医学会と日本脊椎脊髄病学会で発表しています。
(※1)頭痛が個人の活動に与える影響を測定するテスト。スコア60以上が「重度の支障」、59~56が「中程度の支障」、55~50が「軽度の支障」、49以下が「支障なし」となる。

【症例1】車のエンジン音並みのひどい耳鳴りが止んだ
最後に、私がこれまで耳の裏への刺激を勧めてきた中で、印象に残っている体験例をいくつか紹介したいと思います。
1人目は、70代の男性。
腰痛と肩こりで来院されたのですが、診察のやり取りの中で、耳鳴りの苦痛を強く訴えられたのです。
その男性は若いころに真珠腫(※2)の手術を受けた後、セミの鳴くような耳鳴りが始まり、年々悪化して、今では車のエンジンルームに頭を突っ込んだときのような大きな音がするようになっていたとのこと。
耳の裏刺激を勧めたところ、その場で耳鳴りが小さくなったそうです。
これはいいと5日続けたら、50年近く悩んだ耳鳴りが消失し、奇跡のようだと大変喜んでくれました。
(※2)鼓膜が奥に入り込み袋状になった中に耳垢のようなものがたまってできた腫瘍
【症例2】朝の目覚めがスッキリ、心身もリラックスできた
毎日夕方になると頭痛に悩まされていた30代女性は、耳の裏刺激のおかげで頭痛薬が不要になったそうです。
耳の裏さすりを行うと、薬を飲んだ後のように、緊張がゆるむ感覚があるとのことでした。
また、プロゴルファーの40代女性は、寝る前に耳の裏さすりを行うようになってから朝の目覚めがスッキリするようになったと実感しているそうです。
ゴルフというスポーツは精神面がプレーを大きく左右するので、いつもピリピリと緊張感が高い選手は珍しくありません。
耳の裏さすりには心身をリラックスさせる効果も高いのです。
単身赴任中の会社員の40代男性も、ぐっすり眠れるようになり、手足がいつも温かく感じられるようになって、いつの間にか3㎏ほどやせたとのこと。
耳の裏さすりは、手軽にできて時間もお金もかかりません。
ぜひ毎日の習慣に取り入れてください。
解説者のプロフィール

小田博(おだ・ひろし)
●おだ整形外科クリニック
東京都板橋区大山西町14-2
TEL 03-3973-5007
http://www.odaseikei.com/
おだ整形外科クリニック院長。
1995年、日本大学医学部卒業。日本大学医学部附属板橋病院、駿河台日大病院(現・日本大学病院)、公立阿伎留医療センター、東松山市市民病院、春日部市立医療センターを経て、おだ整形外科クリニックを開院。
VDT症候群に悩む患者のために、耳の裏を刺激する健康法を考案し、耳かけ式の磁気グッズ「EARHOOK」を開発。
著書に『1日10分押すだけ疲れ・痛みがスッと消える「耳のツボ」健康法』(幻冬舎)、監修書に『あきらめていた肩こり・首痛が消える! 疲れとりイヤーフック』(宝島社)がある。