
茨城県西部では伝統的な保存食
私は72歳のとき、家内と息子の三人で納豆の製造・販売の仕事を始めました。
作るのは、昔ながらのわらで包んだ納豆「藁苞納豆(わらづとなっとう)」です。
それ以前の私は、兼業農家から転身し、市議会議員を7期務めていました。
地元の茨城県は納豆の産地ですが、長年納豆は「買ってきたものを食べる」という認識でした。
もちろん、自分で作ったことはありません。
当初は試行錯誤の連続で、わらは何分煮るのがよいのか、納豆菌は何℃で繁殖させるのがよいのかなど、一つ一つを手さぐり状態で学んでいったのです。
以前、納豆生産に携わっていたご近所のかたや、農業高校の先生など、いろいろな人たちのお知恵も借りました。
汗の流れる夏も、水の冷たい冬も、手で編んだわらにゆでた大豆を載せては包み、載せては包みのくり返し。
ついには右手の小指が曲がりっぱなしになってしまいました。
おかげさまで今は、地元の道の駅で定期的に藁苞納豆を販売できるようになりました。
そこでは、藁苞納豆と一緒に「干し納豆」も販売しています。
干し納豆は自作の藁苞納豆で作っています。
家族で手間ひまかけて作った納豆ですから、一粒だって無駄にしたくはない。
そんな思いで干し納豆を作り始めたのです。
干し納豆は、塩漬けにした納豆を天日干ししたものです。
もともとは地元、茨城県の西部(現在のつくば市、下妻市、筑西市周辺)に伝わる保存食で、昔はどの家庭でも作られていました。
私が作る干し納豆の材料は、納豆と塩だけです。
笠島さん流「干し納豆」の作り方

まず、納豆に粗塩をまぶし、1週間常温で保管して塩をよくしみ込ませます。
それを、梅干しを干すザルにまんべんなく並べて、日のよく当たる屋外で7~10日ほど干します。
水分がすっかり抜けたら、干し納豆の出来上がりです(詳しくは下記作り方参照)。
完全に乾燥させた干し納豆は常温で1年以上保存できます。
わが家では、冷蔵保存をしたものであれば、5年物の干し納豆もあり、今でもおいしく食べられます。
干し納豆は水分が抜けている分、食感は硬めです。
しかし、納豆のうま味は凝縮されています。
長く保存したものは、色がやや黒ずみますが、渋味が加わり、味わいが増します。
干し納豆は粘りがないため、食べやすいというかたもいます。
お客さまのなかには、藁苞納豆はネバネバして苦手だけど、干し納豆は食べられるというかたもいました。
わが家では、お茶請けや、お酒のつまみとして干し納豆をつまんでいます。
孫は温かいご飯にも干し納豆は合うと言っていました。
密閉できるペットボトルに入れておくとにおいが漏れず、ちょうどよい量をすぐに取り出せるため、干し納豆の保存にうってつけです。
塩分摂取で熱中症の予防にもなる
私は、藁苞納豆のほかに、畑で今でも野菜を作っています。
塩分をしっかりときかせた干し納豆は、夏の畑仕事での熱中症予防にも役立ちます。
一日の分量など決めてはいませんが、毎日干し納豆を食べているからか、わが家はみんな健康です。
76歳になる家内は持病がありません。
「医者に行くのはハチに刺されたときだけだ」と笑っています。
関節痛などもありません。
以前、骨密度を測定したときは、70代にして50代のレベルだと言われたそうです。
私自身も、血圧は少し高めですが、持病は一切ありません。
カゼはめったにひきませんし、お通じは毎日つきます。
80歳を過ぎましたが、歯は差し歯にした1本を除いてすべて自前です。
この1本は、うっかり硬い栗をかじったときに欠けてしまったものです。
6時間かかると思われる登山道を4時間台で登頂

手作り干し納豆を毎日食べる笠島さん
さらに、私は80歳を過ぎた今でもプールでは息継ぎなしで25mを泳ぎ切ることができます。
また、スポーツジムのランニングマシンでは休まずに8㎞を走ることもできます。
数え年で80歳になった昨年の夏には、富士山山頂でご来光を拝んできました。
富士登山を決めたのは、テレビでタレントのタモリさんが、70歳で富士山に登っているのを見たのがきっかけでした。
タモリさんが70歳なら、私は80歳で登ってやろうと思ったのです。
しかし、いきなり富士山に挑戦するのは無謀です。
そこでまず春に2回、近場の筑波山で登山の練習をしました。
ケーブルカーの脇の道を一人で歩いて登ってみたのです。
事前に、この道は大人の足でおよそ90分で登れると聞いていました。
しかし私は、1回目は70分、2回目は63分で登ってしまいました。
そして、夏になって富士山に挑戦。
その結果、8合目までおよそ6時間かかるといわれていた登山道を、5時間かけずに登ることができました。
ちなみに同行した5歳年下の友人は、6時間かかりました。
その日は山小屋に宿泊し、翌日は午前2時に出発。
2時間かけて頂上に到達し、無事にご来光を拝むことができました。
しかし、この富士登山は予行演習にすぎません。本番は今年の夏。
20代の孫たちと一緒にもう一度、富士山に登るつもりでいます。
81歳になった今でも元気でいられるのは、干し納豆のおかげだと思っています。
これは、納豆菌の強い生命力と関係があるのでしょうか。
下妻の道の駅に納豆工場があり、以前はその隣に漬物の加工施設がありました。
5年ほどたった頃、その施設で糠漬けが漬からなくなったのです。
原因を調べたところ、糠床の菌が納豆菌に負けてしまっていることがわかりました。
シイタケ農家も、シイタケの生育を阻まれるため、納豆を避けるという話を聞いたことがあります。
強い納豆菌は、干し納豆にも生きているそうです。
若い人たちの道しるべになりたい
私は、できれば地元に住む年下の人たちの「道しるべ」になりたいと思っています。
「笠島は○歳で○○をした」。
こうした事実があれば、「自分も何歳になっても挑戦してやる!」といった具合に、誰かの励みになるかもしれません。
戦後の生活が苦しい中で、私は当初、高校への進学をあきらめていました。
しかし、意外にも父は進学を了承。
父の地元の知人が学費を援助してくれたのです。
おかげで私は進学できました。
父はその後早くに亡くなったため、結局どなたから学費を援助してもらったのかは、わからずじまいです。
このご恩も、自分が誰かのお役にたてれば、間接的にお返しできているのではないかと感じています。
そんな思いを果たすために、私はこれからも干し納豆を食べて、健康でいたいと思っています。
ビタミンK2が強い骨を作る(里見英子クリニック院長 里見英子)
80歳を過ぎても誰かのために役立ちたいという笠島さんの意欲はすばらしいと思います。
その前向きな意欲を支える体力は、毎日食べている干し納豆によって作られたのでしょう。
干し納豆の材料である納豆は、ビタミンC以外の体に必要な栄養成分をほぼ含んでいる優良な食品です。
植物性たんぱく質は筋肉の材料となりますし、ビタミンK2はカルシウムが骨になるのを助ける働きがあります。
富士登山ができるほどの筋力や骨の強さは、これらの栄養素によるものでしょう。
熱中症の予防に干し納豆を食べるのは、よい習慣だと思います。
血圧などで塩分量が気になるときは、ほかの食事で塩分を控えることをお勧めします。