解説者のプロフィール

岩瀬正典
●白十字病院
福岡県福岡市西区石丸3-2-1
TEL 092-891-2511
http://www.fukuoka.hakujyujikai.or.jp/
白十字病院副院長。
糖尿病内科糖尿病センター長・臨床研究センター長を兼任。
九州大学医学研究院共同研究員。
九州大学病院、スウェーデン・ウサプラ大学、九州医療センター、九州大学大学院病態機能内科学准教授を経て現在に至る。
日本糖尿病学会専門医・指導医、日本病態栄養学会専門医・指導医としてより有効な糖尿病治療の確立を目指し実践と研究を重ねる。
糖尿病治療の課題は合併症の発症とその進行の予防
糖尿病の患者さんに長年向き合ってきた私は、より有効な治療のために何ができるか、常に模索してきました。
糖尿病は、多くの場合、自覚症状を伴わないまま悪化が進みます。
気づいたときには、すでに合併症が起こっていることも少なくないのです。
そうなると、合併症の発症とその進行の予防が、課題になります。
そして治療の最終的な目標は、健常者と同じQOL(生活の質)を保ちつつ、同程度まで寿命を延ばすことです。
近年は糖尿病の研究が進み、よく効く新薬が次々と登場しています。
しかし、薬を用いて血糖値が下がったとしても、一度発症した合併症や、それに起因する別の生活習慣病が悪化して早期に亡くなるとしたら、どうでしょう。
総合的に見て、治療の意味がありません。
食物繊維はいまや 「第6の栄養素」!
こうしたことから、私たちは2008年より「福岡県糖尿病患者データベース研究」という疫学調査を開始しました。
福岡県内外を含む600以上の医療機関の協力を得て、5100余名の糖尿病患者の皆さんにご登録いただき、治療の経過や予後を追跡。
これを臨床に生かすことで、より有効性の高い治療を提供できると考えたのです。
膨大な調査データを分析した結果、注目すべき事実がいくつも浮き彫りになりました。
その一つが、糖尿病と食物繊維摂取の関連性です。
かつて、食物繊維は便通をよくする程度の作用しかないとみなされていました。
しかしいまや、5大栄養素に次ぐ第6の栄養素として認知されています。
私たちは、食物繊維の摂取量と、糖尿病患者さんの各種検査の数値に、どのような関連性があるかを調べました。
水溶性と不溶性のどちらも糖尿病に有効!
調査の結果、食物繊維の摂取量は、生活習慣病の指標となる検査項目のほとんどに相関していると判明しました。
食物繊維にこれほどの機能性があるとは正直、驚きでした。
具体的には、食物繊維の摂取量が多いほど、HDLコレステロールや中性脂肪の値、血圧が下がっていました。BMI(肥満度を表す体格指数)や内臓脂肪も減り、体重の減少が見られます。
そして、糖尿病に関連する空腹時血糖値や、ヘモグロビンA1c、インスリン感受性も軒並み改善。
らに、高感度CRP(体内の炎症反応を表す数値)、尿中アルブミン(腎臓の合併症を表す数値)なども、食物繊維を多くとっている患者さんほど少ない傾向にあったのです。
さらに5年超、予後を追跡調査した結果、食物繊維の摂取量が多い人ほど心疾患、脳血管障害などの発症率が減少。
死亡するケースも有意に少ないことが判明しました。
つまり、食物繊維を多くとることは、合併症を防ぎつつ健康度を保って長生きするという、本来の糖尿病治療の目的を後押しすることにつながるのです。
このような、食物繊維と糖尿病の関連性は、海外の研究でもたびたび指摘されています。
最近では、マウスに食物繊維の多いエサを与えると、1型糖尿病(膵臓でβ細胞が破壊されることでインスリンの分泌が低下するタイプ)の発症が抑制されることが示されました。
この作用は、食物繊維が腸内で「短鎖脂肪酸」という脂肪酸の産生を増加させたためで、1型糖尿病の新たな予防法になりうると、注目されています。
ところで、食物繊維といっても、具体的にはどんな食品からとるといいのでしょうか。
食物繊維には、大きく分けて水溶性と不溶性の二つがあります。
ちなみに、先のマウス実験で出てきた短鎖脂肪酸を増やすのは、水溶性食物繊維です。
この短鎖脂肪酸の持つ役割は食欲の調整、満腹感の増加、インスリン感受性の向上、脂肪の合成や糖産生の減少と、多彩です。
さらに高血圧や心肥大、腎障害、血糖コントロールの改善にも働きます。
そう聞くと、水溶性の摂取を優先したほうがよさそうですが結論を出すのは早計です。
別の研究では、豆類を含む食事が、特に降圧効果や血糖コントロールに優れていると示唆されています。

全粒穀物の摂取が、糖尿病合併症の炎症を抑制するという報告もあります。
そして、豆類や全粒穀物が特に豊富に含んでいるのは、不溶性の食物繊維なのです。
加えて、日本における食物繊維の総摂取量は、世界的に見ても不足ぎみ。
これを効率よく底上げするには、特に食物繊維が多い食品である豆類や穀類からとるのがお勧めです。
糖質の摂取を控える風潮もありますが、私はあまり制限していません。
患者さんにも、こうした食物繊維を積極的にとるよう指導して、治療成果を上げています。
皆さんもぜひ、糖尿病の改善に役立ててください。
食物繊維をたっぷり含んだ「糖尿病撃退レシピ」は次の記事を参照してください。