解説者のプロフィール

竹内東太郎(たけうち・とうたろう)
●東鷲宮病院
埼玉県久喜市桜田3-9-3
0480-58-2468
http://www.washinomiya-hsp.or.jp/
東鷲宮病院高次脳機能センター長。
1972年、日本大学医学部卒業。カナダのウェストン・オンタリオ大学附属病院脳神経外科臨床研修医、駿河台日本大学病院脳神経外科局長・外科医長・日本大学専任講師、本川越病院病院長などを経て、現職。突発性正常圧水頭症をはじめ、認知症の診断・治療に力を入れている。著書に『認知症は自分で治せる』(マキノ出版)など。
認知症患者数は推計で2030年に830万人
「ガンも怖いけど、やっぱり認知症だけにはなりたくない」
講演で高齢者に「どんな病気にかかりたくないですか?」と質問すると、こんな答えが数多く返ってきます。
その気持ちの根底に等しくあるのは、介護に対する強い不安です。
「家族や周囲に迷惑をかけたくない」というわけです。
確かに認知症は、患者さん本人はもとより、介護に当たるご家族の苦労も大変です。
長年、認知症の治療に取り組んできた私にも、その気持ちは痛いほどわかります。
しかも、厚生労働省の発表では、2030年に認知症患者数は推計で830万人まで増えるといわれています。対して、それを支える生産年齢人口(日本では15~64歳)は、逆に減り続けると予測されています。
しかし、恐れることも、あきらめることもありません。認知症に対する研究は世界中で着実に進んでいます。
今ではご本人の気持ち一つ、やる気一つで、認知症は防げますし、たとえ発症しても、改善することはできるのです。
私が考案した「OK指体操」(「OK指体操」のやり方参照)もその一つ。実際の有効性でも、高い評価を得ています。
手足の指を動かすほど脳を効果的に刺激できる
認知症とは、なんらかの原因で脳神経細胞が壊れたり、機能が低下したりすることによって起こる、さまざまな症状の総称です。
なぜ、その認知症の予防・改善が可能かを知っていただくために、まず脳の働きのしくみを簡単に説明しましょう。
脳の最も重要な働きである情報伝達は、神経細胞(ニューロン)が担っています。約4~5億個あるその神経細胞の一つひとつが、密接につながって情報伝達ネットワークを形成しています。外部からの刺激(情報)も脳中枢からの指令も、すべてこの神経細胞のつながりを通して行われているのです。
情報を運ぶ役割を担っているのは、情報を感知するエネルギー源(ATP)と、それを円滑に動かす神経伝達物質。どちらも神経細胞の中のTCA回路という働きの中で作り出されます。
このTCA回路が働くのに不可欠な動力源が、血液が運んでくるブドウ糖と酸素です。
後述しますが、この血液の役割が認知症の発症に深くかかわってきます。
神経ネットワークのしくみは非常に複雑かつ緻密になっているため、それを構成する神経細胞群の一部に損傷や破壊などが起こると、情報伝達が滞ったり、遮断されたりします。
その結果、関係する体の機能が急速に低下してきます。
認知症は、その神経細胞の破壊が、主に記憶をつかさどる脳の部位(海馬や扁桃体など)で起こる病気なのです。
■認知症とは
なんらかの原因で脳神経細胞が壊れたり、機能が低下したりすることによって起こる、さまざまな症状。神経細胞の破壊が、主に記憶をつかさどる海馬や扁桃体で起こる。

■認知症のタイプ
⃝脳血管性
脳の血流が悪くなり、一部の神経細胞が死滅する。
•脳卒中の後遺症 •慢性硬膜下血腫など
⃝脳変性性
神経細胞の異常変性により、細胞の死滅が広がる。
•アルツハイマー型 •レビー小体型 •ピック型(前頭側頭型)など
神経細胞が壊れる原因は、大きく二つに分かれます。
一つは「脳血管性」。脳梗塞などで脳の血流が悪くなった結果、一部の神経細胞が死滅するタイプです。もう一つは「脳変性性」で、神経細胞の異常変性によって細胞の死滅が広がり、症状が現れるタイプです。
ここで申し添えておきたいのは、現状では、認知症は治せる可能性が高いものと、低いものがあることです。この二つでいえば、脳血管性が前者で、脳変性性は後者になります。
理由は、発症原因の解明状態にあります。
脳血管性の場合は、それが明らかです。血流の悪化によって神経細胞に栄養や酸素の供給が届かなくなる。その結果、前述したように、TCA回路が働かなくなり、情報伝達の役割を担うATPや神経伝達物質が作られなくなってしまうからです。
一方、脳変性性は、残念ながら、今なお原因がよくわかっていません。神経細胞の変性が脳を萎縮させることはわかっていても、その元になる「変性を引き起こす原因」までは明らかになっていないのです。
例えば、日本人に最も多いアルツハイマー病は、アミロイドβという異常たんぱく質が神経細胞に沈着。これが増えるにしたがって、神経細胞が圧迫され、やがて死滅します。
しかし、ではなぜアミロイドβが増えるのかという肝心な点は、まだ解明されていません。
病気というのは、発症の原因が明らかなほど、有効な治療も生まれやすくなります。
ですから、原因が明らかな脳血管性は「治せる可能性は非常に高い」といえます。血管障害によって途絶えている血流を復活させればいいからです。その最も有効な手段が「手足の指を動かすこと」なのです。
これはOK指体操の紹介(「OK指体操」のやり方参照)でも詳しく説明しますが、手足の指をよく動かすほど、脳を効果的に刺激できるのです。最近の研究によれば、記憶をつかさどる側頭葉と、思考・判断をつかさどる前頭葉が特に関係が深いことも明らかになっています。
それだけ認知症の予防・改善に大きな力になることはいうまでもありません。
■手足の指を動かすと脳血流がアップ!(脳画像写真)

体操後、脳の広範囲に血流の改善が見られる(色が薄いほど血流がよい)。
脳変性性でも認知機能の回復・向上は可能!
「でも、脳変性性にはダメなんでしょ?」とがっかりされることはありません。
実は、認知症の多くは「混合型」といって、いくつかの原因が複合しています。アルツハイマー病などの脳変性性に、脳血管性が同居しているのです。
その場合、脳血管性の症状を改善することで、総合的に認知機能を回復・向上させることが可能です。実際、私の臨床経験にもそんな例が多くあります。例えば、アルツハイマー病と診断されていても、実は混合型で、症状がほとんど見られなくなって、要介護が解消されたという患者さんもいます。
また、脳血管性の一種に特発性正常圧水頭症という病気があります。これは脳脊髄液(脳とクモ膜の間を流れている細胞外液)の異常が血流を悪化させることで、認知機能の低下が起こるものです。
特発性正常圧水頭症は、手術でほとんど治ります。私は、患者さんの負担が少ない手術法を開発しました。従来の手術は全身麻酔が必要でしたが、私の手術法は局所麻酔で済みます。
認知症の兆候や症状は、原因タイプによって異なるものの、一般的には次のような言動が見られたら、要注意と思ってください。
・今日の日時がわからない(特に年号と月)
・家への帰り道がわからない。
・他人から見て「人が変わった」と思われる。
・周りがおかしいと思うことを、本人は平然とやっている。
・同じことを何度も聞く。
・趣味や習慣など、今までやっていたことをやらなくなる。
ほかの病気同様、認知症も早期発見・早期治療がなによりも大切です。
しかし、恐れることも、あきらめることもありません。認知症に対する研究は世界中で着実に進んでいます。
今ではご本人の気持ち一つ、やる気一つで、認知症は防げますし、たとえ発症しても、改善することはできるのです。
私が考案した「OK指体操」(「OK指体操」のやり方参照)もその一つ。実際の有効性でも、高い評価を得ています。