病気というのは、発症の原因が明らかなほど、有効な治療も生まれやすくなります。
ですから、原因が明らかな脳血管性は「治せる可能性は非常に高い」といえます。血管障害によって途絶えている血流を復活させればいいからです。その最も有効な手段が「手足の指を動かすこと」なのです。
でも、脳変性性にはダメなんでしょ?」とがっかりされることはありません。
実は、認知症の多くは「混合型」といって、いくつかの原因が複合しています。アルツハイマー病などの脳変性性に、脳血管性が同居しているのです。
その場合、脳血管性の症状を改善することで、総合的に認知機能を回復・向上させることが可能です。実際、私の臨床経験にもそんな例が多くあります。例えば、アルツハイマー病と診断されていても、実は混合型で、症状がほとんど見られなくなって、要介護が解消されたという患者さんもいます。
脳の代償機能を促すスイッチが入る!
手足の指の動きは、脳を最も広く、効果的に刺激することが明らかになっています。
「OK指体操」(やり方は下記の図参照)は、その運動を継続的に行うことで、損傷で停滞、もしくは断絶された脳の血流を復活。再び神経細胞を活性化させて、低下した認知機能の改善・向上を図る方法です。
脳の血流がよくなっても、一度壊れた血管や神経細胞は生き返らないのでは? という疑問を持つ人もいるでしょう。
でも、ご懸念にはおよびません。そのキーワードになるのが「バイパス」です。
道路でも、事故や工事などで通れなくなった道には、バイパス(迂回路)を設けて渋滞を防ぎます。
脳の道路(神経ルート)においても、脳の血流を高めることで、それと同じ現象を作り出すことができるのです。
しかも、かなりの高い確率で実現できることが、私どもの臨床でも明らかになっています。
私たちの体には「代償機能」という働きがあるのをご存じでしょうか。ケガなどで、ある部位の筋肉が動かなくなったとき、その働きを近くの別の筋肉が肩がわりする機能です。
この代償機能が、脳にもあるのです。
例えば、血管障害で機能停止になった神経域で、手の指を動かしている1個の神経細胞を刺激します。すると、どんなことが起こるでしょうか。
まず、その周囲の血流が増えてきます。血流が増えれば、各細胞へのブドウ糖や酸素の供給も活発になります。
神経ネットワークで情報伝達を担うのは、情報を感知するエネルギー源(ATP)と、それを円滑に動かす神経伝達物質です。そして、これらを作り出すのがTCA回路です。
このTCA回路が、動力源であるブドウ糖と酸素を十分に得られるようになることで、がぜん活発に回るようになります。
その結果、ダメージを受けた領域の神経細胞が元気を取り戻し、遮断されたルートとは別に、新たな伝達ルート(バイパス)を自発的に作り始めるのです。
こうして、代償機能が高まれば高まるほど、低下した認知機能の回復も期待できます。
この脳の代償機能を促進するスイッチを入れるのが、OK指体操というわけです。
認知機能テストが 16.2→20.4点に上昇
実際問題、OK指体操が認知症の改善・予防にどれほど効果を発揮するか。その成果を示す臨床データがあるので、ご紹介しましょう。
これは、私どもを受診された患者さん112名に、1年間OK指体操を毎日実践していただいた結果をまとめたものです。
症状判定の目安としては、認知機能を評価する国際基準であるMMSE(ミニメンタルステート検査)を用いました。
MMSEは、口頭による11の質問からなり、見当識(時間や方向感覚)、記憶力、計算力、言語的能力、図形的能力などを検証するもので、評価基準は次のようになっています(30点満点)。
・30~25点:正常
・24~22点:認知症の疑いがある
・21点以下:認知症の疑いが強い
調査対象者の内訳は、健常者64名(男性42名、女性22名。平均年齢59・2歳)と、MMSEが20点以下で軽度の認知症が認められる48名(男性28名、女性20名。平均年齢62・1歳)です。
結果は、健常者グループの認知機能には、ほぼ変化がなく、新たに認知症を発症された人もいませんでした。
一方、軽度の認知症が認められる患者さんの平均値は、調査開始時が16.2点、1年後が20.4点。なんと4.2点も上昇していました。
認知症が進行しないどころか、明らかな改善傾向が見られたのです。
■OK指体操で認知機能が大改善!(OK指体操を1年間実践後の認知機能の変化)
音楽に合わせて行うと効果がより高まる!
また、調査終了時には、被験者ご本人やご家族に、自覚的あるいは客観的な症状の変化に関するアンケートも実施。その結果、以下のような回答が寄せられました(回答件数82名。重複回答あり)。
「元気になった。笑顔が多くなった」(58件)
「歩き方が早くなった」(52件)
「イライラしなくなった。穏やかになった」(46件)
「(言動が)はっきりしてきた」(46件)
「会話が多くなった」(33件)
「自分のことは自分でやるようになった」(22件)
「趣味を始めた」(19件)
これらの声から、数値上だけでなく、日常生活においても明らかに症状が改善に向かっていることがうかがえます。
OK指体操は、音楽に合わせて行うと、より効果が高まります。指を動かす刺激はもっぱら脳の真ん中にある運動野で処理されますが、音の情報は主に脳の横の側頭葉で処理されます。
それだけ、脳の活性化する領域が広くなるわけです。
私どものリハビリでは、よく「リンゴの唄」(作詞・サトウハチロー、作曲・万城目正)を用いますが、選曲はご本人の好みでかまいません。ゆっくりでもいいので、できるだけリズムに乗って動きやすい曲を選んでください。
なお、OK指体操は1日1回以上、できるだけ毎日続けましょう。
大切なのは継続です。ご本人がやりやすい時間であれば、いつ行ってもかまいません。
ただし、テレビを見ながら、おしゃべりをしながらといった〝ながら運動〟は、脳への刺激が拡散してしまうので控えてください。
OK指体操のやり方
OK指体操は、脳の血流を促し、脳を広範囲に刺激する、7種類の手足の指の運動です。イスに座って、①の「手指ニギニギ屈伸運動」から⑦の「足踏み運動」まで順に行います。
好きな音楽をかけながら、そのリズムに合わせて楽しく行うと効果的。私たちは、並木路子さんの『リンゴの唄』を用います。1日1回以上、毎日行いましょう。

■ポイント
•好きな音楽に合わせて楽しく行う。
•動きにメリハリつける。
①手指ニギニギ屈伸運動

❶両手を胸の前に出し、手のひらを前方に向けて指を軽く開く。
❷親指以外の4本の指をしっかりと曲げたり伸ばしたりする。
※曲げて伸ばすのを1回として、両手同時に12回くり返す。
②手指パッパ開閉運動

❶手にひらを前方に向けて指をそろえる。
❷5本の指の間をしっかりと閉じたり開いたりする。
※閉じて開くのを1回として、両手同時に16回くり返す。
③手のキラキラ星運動

❶手のひらを前方に向けて指を軽く開く。
❷手の甲を外側向けて回転させ、そのまま反転させて元の位置に戻す。
※回転させて戻すのを1回として、両手同時に12回くり返す。
④手の突き出し運動

❶両手をグーにして、胸元に引きつける。
❷手のひらを正面に向けて開きながら、腕を前方に突き出す。
※突き出して戻すのを1回として、両手同時に8回くり返す。
⑤足指ニギニギ屈伸運動

❶かかとを地面につけたまま、両足のつま先を少し上げる。
❷足指をしっかり曲げたり伸ばしたりする。
※曲げて伸ばすのを1回として、両足同時に16回くり返す。
⑥ひざ伸ばし運動

❶ひざを支点にして、右足を前方に伸ばす。このときつま先が上を向くようにする。
足全体が床と水平になるまで上がると理想的。
❷足を床に戻したら、同様に左足を前方に伸ばす。
※左右行うのを1回として、交互に6回くり返す。
⑦足踏み運動

❶右足の太ももを上げる。へその高さまで上がると理想的。
❷足を床に戻したら、同様に左足の太ももを上げる。
※左右行うのを1回として、交互に8回くり返す。
解説者のプロフィール

竹内東太郎(たけうち・とうたろう)
●東鷲宮病院
埼玉県久喜市桜田3-9-3
0480-58-2468
http://www.washinomiya-hsp.or.jp/
東鷲宮病院高次脳機能センター長。
1972年、日本大学医学部卒業。カナダのウェストン・オンタリオ大学附属病院脳神経外科臨床研修医、駿河台日本大学病院脳神経外科局長・外科医長・日本大学専任講師、本川越病院病院長などを経て、現職。突発性正常圧水頭症をはじめ、認知症の診断・治療に力を入れている。著書に『認知症は自分で治せる』(マキノ出版)など。
健常者に新たな認知症は発症せず、軽度の患者さんには症状の改善傾向が見られた。
30~25点:正常
24~22点:認知症の疑いあり
21点以下:認知症の疑いが強い