解説者のプロフィール

二宮利治(にのみや・としはる)
●九州大学大学院医学研究院衛生・公衆衛生分野
http://www.eph.med.kyushu-u.ac.jp/lab/
九州大学大学院医学研究院衛生・公衆衛生分野教授。
糖尿病歴の長い人ほど脳の海馬の萎縮が強い
私たちが行っている久山町研究の認知症調査で、「認知症の発症に糖尿病がかかわっている」ことがわかってきました。
久山町研究は、福岡県久山町の地域住民を対象に、1961年から九州大学が行っている疫学調査(地域や集団を対象にした、病気の原因などの統計的な分析・調査)です。認知症の調査については、1985年から始まりました。
この調査で認知症の有病率を30年間追った結果、特にアルツハイマー病の有病率が高く、高齢化を大幅に上回る形で増加していました。その危険因子を調べると、糖尿病との深い関係が浮き彫りになったのです。
今回の調査は、1988年に糖負荷試験を受けた60歳以上の住民1017名を対象に、15年後の認知症の発症率を調べたものです。
糖負荷試験は、75gのブドウ糖液を飲んでもらい、2時間後の血糖値を測る検査です。200㎎/㎗を超えると糖尿病、140〜199㎎/㎗未満なら、糖尿病の手前の境界型と診断されます。
境界型糖尿病には、二つのタイプがあります。空腹時血糖値が高めの「空腹時血糖異常」と、糖負荷2時間後血糖値が高めの「耐糖能異常」です。
以前は、糖負荷2時間後の血糖値も糖尿病の診断基準の一つでしたが、現在は空腹時血糖値やヘモグロビンA1c(過去1~2ヵ月の血糖状態がわかる指標)で診断することが多く、糖負荷試験は行われることが少なくなりました。
しかし久山町では、糖負荷試験を毎年行っています。空腹時血糖値が正常でも、食後に上がった血糖値が下がりにくいと、糖の処理能力(耐糖能)が落ち始めていることがわかるからです。
私たちは認知症を発症した人を、血糖値が「正常」、「空腹時血糖異常」、「耐糖能異常」、「糖尿病」という四つに分類しました。
その結果、アルツハイマー病は、正常に比べて、耐糖能異常で1.6倍、糖尿病で2.1倍も発症リスクが高くなったのです。血管性認知症については、耐糖能異常が1.4倍、糖尿病が1.8倍でした。
一方、空腹時血糖異常と認知症の発症には、明らかな関連が認められませんでした。
また、MRI(核磁気共鳴画像)による脳画像や、亡くなられたかたの脳の解剖などで、脳の状態と血糖値の関係も調べました。
すると、糖負荷2時間後血糖値が高い人に、アルツハイマー病の原因物質となるアミロイドβの沈着や、記憶の中枢である海馬の萎縮が高い割合で見られました。
これらのことからいえるのは、食後2時間血糖値の高い人ほど、アルツハイマー病の発症リスクが高く、アミロイドβが蓄積していたり、海馬が萎縮していたりするおそれがあるということです。
しかも、中年期(40〜64歳)に糖尿病になって、病歴の長い人のほうが、海馬の萎縮が強いことも判明しました。

脳のインスリン不足から神経細胞が障害を受ける
このように糖尿病が認知症(アルツハイマー病)の発症に深くかかわっていることが確認されましたが、なぜ糖尿病が発症リスクを高めるのか、明確な機序はわかっていません。
近年の研究によると、脳のインスリン作用不足と認知症の関係が指摘されています。
脳は糖を主な栄養にしています。しかし、高血糖状態が続くと、糖を細胞に取り込むときに必要なインスリンの膵臓からの分泌低下や、細胞のインスリン作用の低下が起こります。脳はインスリン作用不足となり、脳の神経細胞は糖を取り込めなくなります。そのため、脳の神経細胞はダメージを受け、それが記憶力の低下から、認知症へ発展するという説です。
そのほかにも、糖尿病が認知症を招く説は、いくつかあります。列記しましょう。
●高血糖状態を改善するために、インスリンの血中への分泌が増加すると、インスリン分解酵素(IDE)が分泌され、インスリンの量を調整します。IDEは、同時にアミロイドβの分解も担っています。食後高血糖でインスリンが大量に分泌されると、その分解にIDEが使われて、アミロイドβの分解に手が回らなくなります。その結果、アミロイドβが増加します。
●血糖値が高い状態が続くと、血中の糖が組織のたんぱく質と結びついて最終糖化産物(AGE)を作ります。このAGEが神経細胞を障害します。
●血糖値が急激に上がると、活性酸素が発生して、酸化ストレスを引き起こし、神経細胞を変性させます。
●糖尿病によって動脈硬化が進むと、脳に血流障害を来します。そのため、毛細血管からのアミロイドβの回収がうまくできなくなります。
このように、糖尿病の関与にはいろいろな説がありますが、私は、糖尿病はアルツハイマー病の発症の原因というより、アルツハイマー病の発症を促進するものだと思います。
脳の変性は誰にでも起こるもので、長生きすればどなたも認知症になる可能性はあります。もし脳の変性がゆっくりなら、寿命が先に来て認知症の発症を防げます。しかし、そこに認知症の発症を促すものが加われば、脳の変性が早く進行して寿命がくる前に認知症を発症してしまいます。今の私たちにできることは、なるべく脳の変性を促進させないことです。
甘い物の摂取を控えて食事は野菜から食べる
久山町研究では、認知症になりにくかった人の食生活もわかりました。摂取したエネルギーを一定にして食事のパターンを調べたところ、大豆や大豆食品(納豆、豆腐など)、淡色・緑黄色野菜類、イモ類、魚、海藻類、牛乳・乳製品、果物、果物ジュースの摂取が多く、米(ご飯)の摂取量が少ないという食事パターンです。
誤解してほしくないのは、ご飯が悪いわけではないことです。米の摂取量と認知症の間には、明らかな因果関係はありませんでした。ご飯の摂取量を抑え、その分、たくさんの種類のおかずをとるほうが、認知症になりにくいのではないかと考えています。
今回の調査では、空腹時血糖よりも、食後の血糖値の上昇や変動しやすさが、認知症の発症リスクを高めることがわかりました。
したがって、急激に血糖値を上げる砂糖や甘い物(菓子やケーキなど)、飲料水(缶ジュースなど)を控える一方で、食事の最初に野菜をたっぷり食べ、食後の血糖値が上がらないようにすることも大事です。

ご飯を減らし、その分、多種類のおかずをとろう!