解説者のプロフィール

内村直尚(うちむら・なおひさ)
医学博士。久留米大学医学部神経精神医学講座教授。
久留米大医学部神経精神医学講座の助手、講師、助教授を経て、2007年4月から同講座教授。国内トップレベルの睡眠医療チームを率いる睡眠研究の第一人者。日本睡眠学会の理事も務める。久留米大学で開発した『3次元型睡眠尺度マニュアル〜はたらく現代人のための睡眠チェックシート〜』(丸善プラネット)を監修。母校の明善高校に、日本で初めて「午睡タイム」を導入して14年になる。
高校生の平均睡眠時間が6時間を切っていた
以前、進学校である福岡県立明善高校の高校生の睡眠時間を調査したところ、平均は5時間45分でした。
本来、高校生の睡眠時間は8時間必要で、最低でも7時間は寝ないと、思考力や記憶力、体調面で支障をきたすことが多くなります。
睡眠時間が6時間を切っている状態では、授業中に眠くなったり学習能力や運動能力が低下しがちです。朝早くから遅くまで勉強やクラブ活動をがんばっていても、睡眠不足がじゃまをして、その時間に見合う効果が現れているかは疑問でした。
一方で、課題、部活、塾、SNSなどで忙しい高校生に、親や教師が「早く寝なさい」と言っても、実行できる人は少ないでしょう。
また、夜は24時間営業しているコンビニや、スマホの光によって目が冴え、早く眠るのが難しい時代でもあります。
そこで私は平成17年に、高校生に日頃の睡眠不足を補ってもらうため昼休みに10分だけ眠る「午睡タイム」を提案しました。「午睡」とは、昼寝のことです。昼寝をするかしないかは自由で、強制はしていません。
すると、「午睡タイム」を導入してから3年後、生徒たちに驚くべき変化が現れたのです。
■福岡県立明善高校 昼休みの「午睡タイム」

学業に、部活に、保健に劇的な変化が起きた
明善高校で調査をした結果、昼寝をするようになってから、センター試験の成績が上がった、午後の授業での集中力が上がった、体調がよくなった、ケガが減った、クラブ活動の成績が上がった、といった変化がありました。
体調がよくなった生徒が増えたことで、保健室の利用が減ったのも特徴です。
東京大学の合格者も2倍に増え、ほかの難関大学への合格者数もアップしました。
合格した生徒からは、「昼寝のおかげで東大に入れた。東大にいっても昼寝を続けていて、学生生活が充実している。社会人になっても昼寝を続けたい」という、うれしいコメントをもらいました。
明善高校では、始めてから14年たった現在も「午睡タイム」が続けられ、他校でも取り入れられるようになっています。
■「午睡タイム」導入前後の3年間を比べてみると
◎部活などでけがをする件数が減った※1
◎部活動の県大会ベスト16以上の出場数が増えた
◎大学入試センター試験の成績が上がった※2
平成15年度 1.1524 / 平成16年度 1.1372 / 平成17年度 1.1572
→ 導入後
平成18年度 1.1620 / 平成19年度 1.1887 / 平成20年度 1.1937
◎東京大学など難関大学への合格者数が増えた
東京大学 4名→8名 / 京都大学 20名→25名 / 大阪大学 12名→21名
国公立大医学部 22名→40名 / 九州大学 179名→193名
※1 授業、部活動、登下校、対外試合など、学校の管理下で負傷し、医療機関で治療を受け、医療費を請求・給付を受けた件数を示す
※2 全科目の「明善高校の平均点/全国の平均点」の数値。数値が大きくなるほど、成績が伸びていることを示す
■「午睡タイム」導入半年後の生徒へのアンケート
生徒が特に効果を実感しているのは「午後の強い眠気が改善」と「授業への集中が向上」の2つ。
週3回以上昼寝するグループは、ほとんどの項目でほかに比べて高い割合を示している

日本の3歳児の睡眠時間は世界で最も少ない
日本は、高校生だけでなく、幼児も大人も、世界と比べて睡眠時間が少ないのが気がかりです。
特に3歳児の睡眠時間の短さは世界一で、夜10時以降も起きている3歳児の割合が半数という結果に。夜9時までに子どもを寝かしつけることが多い欧米では考えられません。
幼児期の睡眠不足によって、認知機能が低下する、肥満になりやすい、きれやすくなる、小1の成績が悪くなる、といったデータも出ています。睡眠不足が子どもの脳の発達や体の成長に悪影響を及ぼすことを、ぜひ知ってほしいと思います。
また、子どもの昼寝は大事ですが、東京では「保育園の昼寝をなくそう」という運動がありました。
これは、昼寝の時間が長く、深く眠ってしまうと、夜に眠れなくなる子どもが増えてしまうからです。
保育園の昼寝時間は長くなりがちですが、3〜4歳なら昼寝の時間は1時間が目安でしょう。
最近は、IT企業などで、残業させず、生産性を上げるために昼寝を推奨する動きもあります。
特に午後2〜4時は体内時計の影響で眠くなり、思考力も意欲も低下します。しかし、昼寝をすると午後の眠気がとれて仕事がはかどり、その結果、企業の収益アップにつながるのです。
ただし、15時以降の昼寝は夜の睡眠に影響するのでNGです。ランチを食べた後、10〜15分の昼寝がベストでしょう。
2日に1度以上の昼寝を習慣づけると、普段は睡眠を長くとるのが不可能な人でもカバーできます。
ぜひ、皆さんも、昼寝の効用を実感してみてください。