解説者のプロフィール

枝川義邦(えだがわ・よしくに)
早稲田大学研究戦略センター教授・薬学博士。
1998年東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了、博士(薬学)。2007年早稲田大学ビジネススクール修了、MBA。同年、早稲田大学スーパーテクノロジーオフィサー(STO)認定。1998年名古屋大学環境医学研究所助手、2000年日本大学薬学部助手、2005年早稲田大学先端科学・健康医療融合研究機構講師、助教授、准教授、2009年早稲田大学高等研究所准教授、2012年帝京平成大学薬学部教授・脳機能解析学ユニット長。2014年から早稲田大学研究戦略センター教授。
週末の睡眠を2時間程度長くするとよい
皆さんは、「睡眠負債」という言葉をご存じですか。NHKの番組で紹介されて話題になり、昨年の流行語にも選ばれました。睡眠負債をひと言でいえば、「潜在的な睡眠不足の積み重ね」です。
睡眠負債が厄介なのは、眠気の自覚に乏しいことです。例えば、前の日に3時間しか眠れなかったという「睡眠不足」ならば、翌日、頭がボーッとするでしょう。当然、自覚があります。
しかし、「潜在的な睡眠不足」である睡眠負債は、自覚があまりないので、知らず知らずのうちにどんどんたまってしまうのです。しかも、お金の負債のように、一気に返済できないこともわかっています。
この睡眠負債がたまると、物忘れが増える、判断力が低下する、怒りっぽくなるなど、日常生活にさまざまな不具合が生じます。
そして、そうした状況がさらに長期化すると、高血圧や糖尿病、認知症、うつ病などを引き起こす原因になるのです。
睡眠負債をためないようにするには、日ごろから「質の高い睡眠をできるだけ長くとる」ことが必要です。
とはいえ、皆さんのなかには、「なかなか寝つけない」「眠ってもすぐに目が覚めてしまう」といったお悩みをお持ちのかたもおられるでしょう。
しかし、それはあまり気にする必要はありません。ある程度の年齢になれば、若いころと同じような睡眠を取れないのは当然のことです。それに、睡眠時間は、長ければいいというわけではありません。
睡眠は、眠気を促す「メラトニン」というホルモンが分泌されて起こります。しかし、加齢とともにその分泌量は減少します。ご高齢のかたの眠りが浅く、とぎれとぎれになるのはしかたないのです。
ですから、「眠りたいのに眠れない」と悩むのはやめましょう。それ自体が、ストレスになるからです。ましてや、眠れないからといって、すぐに睡眠薬を服用する必要はありません。
睡眠負債を解消するうえで、特にお勧めの方法が「昼寝」です。時間としては、10~15分くらいがベストでしょう。
ただし、気持ちいいからといって、昼寝をし過ぎてはいけません。毎日30分未満の昼寝をすると、認知症のリスクが5分の1になる反面、1時間以上の昼寝は、逆にリスクが2倍になることがわかっています。
昼寝は、明るい居間のイスやソファに座わり、上半身を起こした姿勢で取りましょう。暗くした寝室で横になると寝過ぎてしまうおそれがあります。昼寝の際は、目覚ましやタイマーをセットして、30分を超えないように工夫してください。
さらに、睡眠負債の解消には、「週末の睡眠時間をいつもより長めにすること」もよい方法です。長くする時間の目安は、2時間程度でしょう。
先ほどもお話ししたように、睡眠負債はお金のように一気に返すことはできません。寝だめをしてもダメなうえ、生活のリズムがくずれるので逆効果です。昼寝をしたり、週末に少し長めに寝たりして、コツコツと返済していくしかないのです。

眠りを誘うメラトニンをたんぱく質で増やせ!
ここまで、睡眠負債とその解消法をご紹介しました。しかし、そもそも睡眠負債がないほうが健全です。日ごろから、きちんとした睡眠のリズムを保っていれば、足りなくなることなどないのです。
そこで、睡眠負債を抱えないコツをいくつかお話しします。
まずは、明るいうちに、ある程度体を使うことです。
若い人に比べて、ご高齢のかたが眠りにくくなるのは、前述のホルモンの減少だけでなく、日中の活動量が少ないことが挙げられます。
あまりにも体への負担が少ないと、よい眠りにつくことはできません。そもそも、体が疲れるからこそ、夜眠くなるのです。明るいうちに外へ出て、散歩や買い物をして、適度に疲労させることも大切です。
次に、カフェインについては、影響が6時間ほど残るので、夕方以降は摂取を控えましょう。コーヒーや紅茶、玉露入りの緑茶などは含有量が高いので注意が必要です。
ちなみに、カフェインは、体内に入ってから効果を発揮するまでに30分ほどかかります。したがって、昼寝をする前にコーヒーを飲むと、30分ほどで目覚めるのに役立ちます。
明かりも重要なポイントです。明るい状態にいると、眠りを誘うメラトニンの分泌が悪くなります。寝る3時間ほど前からは、部屋の明かりを落としましょう。蛍光灯よりも、淡くてやわらかい光を出す白熱灯を使うこともお勧めです。
この夏は特に暑さが厳しかったですが、真冬に寝苦しい人はいません。そこで、寝室を少し寒いくらいに冷やして寝るのも一つの方法です。エアコンの設定を24℃くらいにして寝室の温度を下げ、毛布や厚めの布団をかけて眠るのもいいでしょう。
エアコンが苦手なかたは、ドライ機能を使って、湿度を下げてみてください。湿度が高いと、体温が下がらず睡眠を阻害します。また、手のひらや足の裏を冷やすと、熱が放出して深部体温が下がります。寝る際は靴下をはかず、扇風機の風を足の裏に当てましょう。
食事面では、メラトニンの素材になるたんぱく質を、朝食でとるようにしてください。朝食の献立を、卵かけご飯と豆腐のみそ汁、というようにすれば、夜になるころにメラトニンが分泌されるので、眠りを誘うのに役立つでしょう。