大腸にできるポリープの中には、放置すると大腸がんになってしまうものがあります。海外の研究では、大腸がんになる可能性のあるポリープをすべて取り除くことで、死亡率は半減するというデータもあります。
ただし従来は、ポリープの切除に伴う出血などのリスクと、大腸がんの発症リスクをはかりにかけて、「小さなポリープは様子を見る」という考え方が主流でした。しかし近年、より安全に、より小さなポリープを取り除くことが可能になり、その考え方が変わりつつあります。
年間15000件もの内視鏡検査を手掛ける専門病院である、東葛辻仲病院の松尾恵五先生に大腸ポリープ治療の現状についてうかがいました。
取材・文/山本太郎(医療ジャーナリスト)
解説者のプロフィール

松尾恵五(まつお・けいご)
●東葛辻仲病院
千葉県我孫子市根戸946-1
04-7184-9000(代表)
http://tokatsu-tsujinaka.com/
東葛辻仲病院院長。
1984年、横浜市立大学医学部卒業。横浜赤十字病院外科、横浜市立市民病院外科、横浜掖済会病院外科などを経て、東葛辻仲病院で診療に当たる。2009年より現職。日本大腸肛門病学会評議員、指導医・専門医、日本消化器内視鏡学会専門医、日本外科学会指導医・専門医、日本消化器外科学会認定医。
良性腫瘍から徐々にがん化するのが大腸がんの特徴
──まず、大腸ポリープと大腸がんの関係について教えてください。
松尾 「ポリープ」とは、細胞が増殖して、臓器の粘膜層の一部がイボのように盛り上がったものをいいます。ポリープができる部位は、胃や大腸など消化器、喉頭や声帯など呼吸器、子宮頸管や子宮内膜などが代表的です。
ポリープはあまり大きくなければ特に症状も現れず、心配いらないということも多いのですが、大腸ポリープの中には、大腸がんにつながる恐れのあるタイプもあります。
細胞ががん化するしくみには、正常細胞がいきなりがん化するもの(デノボがん)と、正常細胞がまずポリープ化し、それが成長していく過程でがん化するもの(多段階発がん)とがあります。
胃がんの場合はほとんどが、いきなりがんができるデノボがんです。言葉を変えると、胃にできたポリープは一生、良性のままで、がん化しないことがほとんどです。
ところが、大腸がんの場合、デノボがんは少なく、正常粘膜に本来は良性腫瘍である「腺腫」というポリープがまずでき、それが徐々に大きくなるうちに悪性化し、がんになるケースが9割以上を占めます。ですから、大腸に腺腫と疑われるポリープを発見したら、早期に取り除いてしまうことで、大腸がんの予防的な治療になるというわけです。
その場で取ってしまうこともできる
──ポリープはどうやって見つかるのでしょうか?
松尾 大腸ポリープは、大腸がん検診の過程で内視鏡検査によって見つかることがほとんどです。
大腸がん検診では、まずスクリーニング検査(がんの疑いがあるかどうかを拾い上げる検査)として、便に血液が混じっているかどうかを調べる「便潜血検査」を行います。いわゆる検便です。2日間の便を調べて、どちらか1日でも陽性(血液が混じっている)と判定されれば、内視鏡による精密検査を行います。
便潜血検査で陽性が出た場合は大腸がんが疑われるわけですが、95%以上の人は「異常なし」です。便潜血検査で陽性が出るのは、実は痔による出血が圧倒的に多いのです。ですから便潜血検査が陽性でも心配しすぎないでください。
ただ、こう言うと、「それなら内視鏡検査を受けなくてもいいのでは?」と思うかたがいるかもしれませんが、早期発見のために内視鏡検査を必ずしっかり受けていただきたいのです。
便潜血検査の後に内視鏡検査を受けた人のうち、大腸がんが発見される割合は1~2%程度です。数%の人にポリープが発見されますが、こちらは内視鏡検査をやったおかげでたまたま見つけられたもので、便潜血検査の陽性とは関係ないことがほとんどです。
私たち専門家が「ポリープ」と呼ぶのは、一般にそう大きいものではありません。大きくても1㎝前後、小さいものは数㎜です。その程度のポリープはなんの症状も出しません。便潜血検査はごく微量の血液でも検出できますが、1㎝前後のポリープから血液成分が出ることはまずないので、便潜血検査だけでは見つからないのです。
大腸がんは他の部位のがんに比べれば、治療予後がよく、特に早期発見できれば、ほぼ完治するがんです。大腸内視鏡検査でポリープが見つかったら、医療機関にもよりますが、その場で取ってしまうこともできます。ですから、しっかりと内視鏡検査を受けるメリットは大きいと言えるでしょう。
がん化する前に小さな腺腫も取ったほうがいい
──大腸ポリープが見つかった場合、どのように治療するのでしょうか?
松尾 大腸ポリープには大きく分けると「腫瘍性ポリープ」と「非腫瘍性ポリープ」とがあります。まず大事なのは、その見極めです。これは、専門医が内視鏡でポリープの形態や色調を観察すれば、ほぼ鑑別可能です。
非腫瘍性ポリープは一生、良性のままなので、基本的に「放置しておいていいポリープ」です。
一方、腫瘍性ポリープには、悪性のがんと、良性の腺腫があります。くり返しになりますが、腺腫は本来は良性腫瘍であるものの、将来的にがん化する恐れがあるポリープです。
腺腫が発見されたさい、従来は「大きさが5㎜を超えたら切除」とする考え方が主流でした。逆に言うと、5㎜以下ならば、すぐに取らずに経過を観察していました。というのは、ポリープの切除は100%安全な方法ではなく、出血や穿孔(組織に穴を開けてしまうこと)を引き起こすリスクがあるからです。
「リスクを冒してまで、がん化する前の腺腫を取らなくてもいいだろう」と考えられていたわけです。
しかし近年、小さなポリープをより安全に切除できる方法が登場しました。それによって、「切除を先送りせず、がん化する前に、小さな腺腫も取ったほうがいい」という考え方に変わりつつあります。

電気メスでの切除に比べて出血と穿孔リスクが少ない
──新たな方法とはどんなものですか?
松尾 簡単に言うと、熱を加えずにポリープをそのまま(生のまま)切り取る内視鏡切除術です。「コールドポリペクトミー(CP治療)」と呼ばれます。
従来の内視鏡的ポリープ切除術は、内視鏡の先端から「スネア」と呼ばれる特殊なワイヤーを出してポリープの根元を締め付け、そこに高周波電流を流し、焼き切っていました。この高周波発生装置は、一種の電気メスです。
電気メスによる切除が普及したのは、焼き切ることで切除箇所からの出血を防ぐことができるからです。しかし、血は出ない代わりに、やけどができます。このやけどが粘膜の下に位置する粘膜下層に達し、そこにある血管を傷つけて後から出血を招いたり、粘膜に穴が開いてしまったりすることがありました。
これに対して、「小さなポリープならば、焼き切るよりも、生のまま切ったほうがむしろ安全」というのが、コールドポリペクトミーです。生で切ると、たしかに直後にわずかな出血は起こりますが、それはほんの数分で止まります。腸の粘膜は再生力が高く、生傷はすぐ治るのです。そして、後から出血が起こる危険はまずありません。
実を言うと、コールドポリペクトミーはなにも新しい発想ではありません。電気メスが登場する以前は、おそらくそのまま切っていたわけで、ある意味「先祖返り」と言ってもよいでしょう。
実際のところ、現場の医師の多くは「小さなポリープは焼かずに、そのまま切ったほうがいいのでは?」と感じていたはずです。ただ、これまでは5㎜以下のポリープは経過観察とすることが推奨されていたので、従っていたというのが実情です。
治療器具の進歩でポリープを安全に切除できるようになったことで、なるべく早くに切除して、がん化のリスクを減らしたほうがいいと変わってきたわけです。
なお、コールドポリペクトミーには鉗子(はさみのような形をした器具)でポリープをつまんで取り除く方法と、輪っかになったスネアでポリープの根元を締め付けて切除する方法の2種類があります。大きさでいうと、10㎜未満のポリープはスネア、3~4㎜以下の、より小さいポリープは鉗子を使用します。ポリープの形態によって、スネアで取りやすいものと、そうでないものとがあるので、形態で使い分けることもあります。

抗凝固薬服薬中でもペースメーカー使用中でも適用できる
──コールドポリペクトミーを行うことによって、どんなメリットが期待できるのでしょうか?
松尾 まず出血率の低下、つまり、安全性の向上です。出血が起こるリスクは、従来の方法に比べて10分の1程度に低減できると考えています。
私たち東葛辻仲病院で、従来の電気メスを用いた場合(ホット群とする)と、コールドポリペクトミーを用いた場合(コールド群とする)とを比較した研究報告を行っています。
その結果、ポリープの切除後に出血をした症例がホット群で2.0%に対し、コールド群では0.4%でした。また、ホット群では後出血が1.1%認められたのに対し、コールド群では認められませんでした。
従来の方法では、狭心症や脳梗塞、動脈硬化など、血栓症の予防で抗凝固薬(血液を固まりにくくする薬)を服薬している人はいったん休薬する必要があり、その間は血栓症のリスクが高くなってしまいました。
しかし、出血リスクの低いコールドポリペクトミーなら、薬が1種類ならば服薬し続けたままでも問題なく切除できると考えられています。ただ、2種類以上飲んでいる人の場合はデータがまだ少なく、これからの検討課題です。
また、コールドポリペクトミーは通電しないため、心臓ペースメーカーや、金属ステント(血管や気管、食道、胆道、大腸などを管内から広げる医療器具)が体内に入っているかたにも適用できるという利点があります。
一方で、ポリープにはイボのようなふくらみの下に茎のような細い部分がついているもの(Ip型という)があります。この茎が長いポリープは、茎に血管が通っており、切除すると大きな出血が起こりやすいので、コールドポリペクトミーは向きません。その場合は従来の電気メスの使用が選択されます。
小さな腺腫のうちに発見するためにも内視鏡検査を
最後に、大腸がんの予防治療効果について、私の見解をお話ししましょう。
大腸の腺腫を早めに取ることが、大腸がんの予防につながることは、間違いないでしょう。
海外の研究では、大腸の腺腫やがんをすべて取りきった「クリーンコロン」(大腸をきれいにした、という意味)を達成することによって、大腸がんの発生を76~90%抑制し、死亡率を53%低下させるという報告があります。
ただし、この数値について、日本人にそのまま当てはめてよいのかどうかは、私は疑問視しています。というのも、これまでも日本の医療は、国際的に見ても大腸ポリープの切除をかなり熱心にやってきています。しかし、それでも大腸がんの発症数や死亡数は年々増加中です。これは食生活の変化など、さまざまな要因が関係しているためと考えられます。
ですから、大腸ポリープさえ取っていれば必ず大腸がんが防げるとは言えず、やはり、さまざまな生活習慣の見直しも大切だと考えます。
もう一点、「クリーンコロン」という言葉が一人歩きして「大腸にポリープがあったら、とにかくすべて取るべきだ」と誤解されてはいけないと考えます。がんに移行しない、非腫瘍性のポリープまで全部取ろうとする必要はありません。
もちろん「腺腫を含め、がんが疑われるポリープは5㎜以下でも取るほうがいい」という基本的な考え方は、正しいはずです。内視鏡検査を受けたさいに小さな腺腫が発見され、安全に取ることができたなら、大腸がんのたいへん有効な予防治療となりうるでしょう。
そのためにも、40代以降の人に大腸がん検診と内視鏡検査の受診率を上げてもらうことがやはり重要です。