痛み止めなどの保存療法でよくなることも多いですが、数ヵ月たっても症状が改善しない場合、従来は手術でヘルニアを摘出するしかありませんでした。
しかし2018年3月、腰椎椎間板ヘルニアの症状を注射により改善する、世界初の治療薬「コンドリアーゼ」が承認されました。患者の身体的負担が大きく軽減される一方、治療成績は手術と比べても、遜色ないそうです。
この新治療薬の臨床試験を担当した、浜松医科大学整形外科学教授の松山幸弘先生にお話をうかがいました。
解説者のプロフィール

松山幸弘(まつした・ゆきひろ)
浜松医科大学整形外科学教授。医学博士。
1960年、愛知県出身。87年、広島大学医学部卒業。名古屋大学大学院医学系研究科准教授等を経て、2009年より現職。16年4月~18年3月まで浜松医科大学副学長、同大学附属病院病院長を兼務(任期満了)。日本整形外科学会代議委員、日本脊椎脊髄病学会評議委員ほか。
9割は保存療法やブロック療法で改善する
──腰椎椎間板ヘルニアはどのようにして起こるのでしょうか?
松山 人間の背骨(脊椎)は、椎骨という骨が縦に積み重なった構造になっています。それらの骨のうち、腰の部分に当たる五つを腰椎と呼びます。
椎骨と椎骨の間には、円板状の軟骨組織である「椎間板」があり、クッションの役割を果たしています。
椎間板は、真ん中にある「髄核」とその周りを取り囲む「線維輪」で構成されています。加齢の影響や、過度の運動などで椎間板に大きな負担がかかると、線維輪に亀裂が入ってしまいます。
その亀裂から中の髄核がはみ出してしまった状態、それが椎間板ヘルニアです。
脊椎の周りには、多くの神経があります。飛び出した椎間板の髄核が神経に当たって炎症を引き起こしたり、神経を圧迫して引き伸ばしたりすることによって、痛みやしびれなどの症状が現れます。腰の痛みと下肢の痛みが同時に起こることが多いです。
腰椎椎間板ヘルニアが最も起こりやすい年齢は、20代から50代です。10代の若者でも、激しいスポーツなどで椎間板に負担がかかり、椎間板ヘルニアになることは珍しくはありません。
60代以降の高齢者では、もちろん椎間板ヘルニアになることもありますが、背骨にある神経の通り道である脊柱管が狭くなり、神経を圧迫する「脊柱管狭窄症」のほうが増えてきます。脊柱管狭窄症は、椎間関節が変性したり、黄色靭帯という靭帯が厚くなったりすることによって起こります。
■椎間板ヘルニアの病態

──腰椎椎間板ヘルニアは、従来どのような治療が行われていたのでしょうか?
松山 腰椎椎間板ヘルニアで症状が出ている人は、全国に100万人くらいはいると推計されています。
通常、整形外科に行って、腰椎椎間板ヘルニアと診断された場合、まずは「保存療法」が試みられます。
●消炎鎮痛薬を用いる薬物療法
●骨盤にベルトをかけて引っ張るけん引療法
●ホットパックや赤外線照射で温め、患部の筋肉の緊張を取る温熱療法
●患部の負担をやわらげるためのコルセット装用
などが代表的な保存療法です。
こうした保存療法をしばらく続けてもよくならない患者さんや、症状の強い患者さん、症状をすぐになんとかしたいという患者さんには、「ブロック療法」が行われることが多いです。
ブロック療法とは、局所麻酔剤とステロイド剤を、痛む部位の神経付近に注射する治療法です。一時的な麻酔効果だけでなく、痛みによる反射的な筋肉の緊張や血管の収縮を抑え、二次的な痛みも改善するといわれています。
9割くらいの患者さんは、これらの治療で痛みを抑えている間に、時間の経過とともに治っていくものです。実は、椎間板ヘルニアは時間がたつとしだいに吸収されて小さくなり、自然に消滅することが少なくないのです。
日本発で世界初の薬剤がついに承認
しかし、こうした保存的な治療でよくならない患者さんも1割くらいいます。その場合、従来は手術でヘルニアを摘出するしかありませんでした。
手術は、従来は全身麻酔下で背中を5~6㎝切開し、椎間板ヘルニアを切除する方法(ラブ法)が一般的です。古くから行われていて、治療成績のよい手術ですが、残念ながら患者さんの身体的な負担は大きく、2~3週間の入院が必要になります。
そこで近年は、より低侵襲の(体を傷つけることが少ない)治療ということで、内視鏡を用いた手術が普及してきました。
内視鏡を使うことで小さな傷で済み、切らなければいけない筋肉も少なくなるため、手術後の痛みも軽減されます。入院期間も、数日から1週間程度で済むようになりました。ただし、内視鏡手術は熟練を要するため、実施可能な医療施設や医師が限られます。
また、いくら低侵襲とはいえ、手術には合併症のリスクが伴います。
起こる確率は低いですが、神経を傷つけてしまったり、手術後に血腫(血管外へ流れ出た血液が組織内にたまった状態)ができて、神経を圧迫してしまったりすることもあります。さらに、手術は基本的には全身麻酔で行われますから、麻酔に伴う合併症の懸念もあります。
そこで手術で切除するのではなく、「薬剤で、飛び出した髄核を溶かしたらどうか?」というアプローチが考えられてきました。
実現するまでには長い時間を要しましたが、2018年3月、腰椎椎間板ヘルニアの症状を注射により軽減する、日本発で世界初の薬剤がついに承認されました。5月には保険適用となり、8月から学会指導医のいる病院で治療を受けられるようになったのです(下記で詳述)。
その薬が「コンドリアーゼ(商品名:ヘルコニア)」です。
水風船がしぼむようにヘルニアが縮小する
──どんな薬なのですか?
松山 コンドリアーゼは、椎間板の髄核中の主要成分である「プロテオグリカン」を分解する薬です。
プロテオグリカンには水をつかまえる性質(保水性)があります。この保水成分が分解されることによって水分で膨らんでいた椎間板の内圧が適度に低下して、ヘルニアが縮小します。膨らんでいた水風船から水が抜け、小さくしぼむ感じをイメージするとわかりやすいでしょう。
その結果、神経への圧迫が減って、痛みやしびれが軽減します。
これと似た考え方で、海外では1980年代にたんぱく質分解酵素の「キモパパイン」を髄核内に注入し、椎間板内圧を減少させる治療が行われていたことがあります。しかし、キモパパインは注射薬がもれたさい、神経や周囲のたんぱく組織に悪影響を及ぼし、重篤な副作用を引き起こすことがあったため、販売中止となっていました。
それに対してコンドリアーゼは、たんんぱく質を分解することなく、プロテオグリカンの中の「糖鎖」だけを特異的に分解するのが特徴です。プロテオグリカンはたんぱく質と多糖類の結合した物質ですが、その結合部だけを壊すので、より安全性が高いというわけです。
コンドリアーゼの土台となったのは、「コンドロイチナーゼABC」という酵素です。今から約50年前に名古屋大学理学部の鈴木旺先生(同大名誉教授)が「プロテウス・ブルガリス」という土壌中の細菌から発見し、多糖類の糖鎖を分解する働きがあることを明らかにしました。
当時、鈴木先生の教室で研究生として学んでいたのが、後に名古屋大学医学部の整形外科教授となる岩田久先生(同大名誉教授)です。岩田先生はコンドロイチナーゼABCが椎間板ヘルニアの治療に応用できるのではないかと考え、研究を開始し、動物実験などの基礎研究を経て、2000年からヒトを対象にした臨床試験が開始されました。
臨床試験では当初から好成績を上げていましたが、酵素を精製するための基準の見直しなどがあり、承認されるまでに長い年月がかかりました。その間に岩田先生が退官されたため、私たちが研究を受け継ぎました。この治療がようやく日の目を見ることになり、私としても感慨深いものがあります。
日帰り治療が可能で2週間から1ヵ月で改善を実感
──コンドリアーゼによる治療はどのように行われるのですか? また、治療成績は手術と比べて違いがありますか?
松山 治療は局所麻酔をして、下図のように背中側から注射針を挿入し、椎間板の髄核内に薬を注入します。注射針で神経を傷つけてしまわないよう、レントゲンで位置を確認しながら行います。治療に要する時間は30分程度で、日帰りでの治療が可能です。
■コンドリアーゼ治療の流れ

①局所麻酔後、X線で確認しながら注射位置を決定

②ヘルニアを起こしている椎間板の髓核に背中側から注射針を刺し、コンドリアーゼを注入する。日帰りも可能。

③2週間から1カ月で神経への圧迫が取れる。
コンドリアーゼの治療成績は、手術とほぼ同等であるとの試験結果が出ています。臨床試験開始からすでに十数年がたっており、長期的な成績も出ていますが、治療後に症状再発が起こる割合も十数%で、手術と同程度以下です。
ただし、手術ではその場でヘルニアを取り除くのに対して、コンドリアーゼは薬でヘルニアを小さくする治療ですから、効果が現れるまでには少し時間がかかります。およそ治療後2週間から1ヵ月くらいで、症状の改善を実感されるケースが多いです。
下の写真はある男性患者さんにコンドリアーゼによる治療を行った前後のMRI画像です。治療後2週間でヘルニアが小さくなり、神経の圧迫が少なくなっていることがわかります。
■コンドリアーゼ注入後2週間でのヘルニアの変化

治療前には神経を圧迫していたヘルニアが2週間後に小さくなっているのが確認できる
──コンドリアーゼによる治療はどんな患者さんにお勧めでしょうか? また、どこで受けられますか?
松山 まず、コンドリアーゼによる治療が対象になるのは、保存療法を続けても痛みが取れず、治療の適応となるヘルニアがMRIで確認できた患者さんに限ります。
なお、ヘルニアが後方にある靭帯を突き破っている場合は、この治療の適応になりません。ただし実は、靭帯を突き破っているヘルニアは時間の経過とともに自然に吸収されて、なくなることが多いので、一般に手術も適応になりません。靭帯を突き破らず、中にとどまっているヘルニアのほうが内圧が高くて、神経への圧迫も強く、症状が強く出ることが多いのです。
最初の1年間は学会指導医のいる医療機関でのみ実施
コンドリアーゼの長所は、なんといっても、手術と比べて患者さんの身体的な負担が大きく軽減される点にあります。
腰椎椎間板ヘルニアは20~50代の働き盛りの人によく起こるので、「できるだけ早く治して、社会復帰を急ぎたい」というかたが多いものです。けれど、脊椎の手術は一般に難易度が高く、リスクもありますし、術後の回復にも時間がかかります。
また、特にスポーツ選手などの場合、手術で筋肉を傷つけたために身体的パフォーマンスが落ちて、結果的に復帰に時間がかかるケースもあります。そうした患者さんにとって、手術以外の新たな治療の選択肢が加わったのは、喜ばしいことだといえるでしょう。
最近、当院でコンドリアーゼ治療を受けた20代の男性スポーツ選手も、治療後1ヵ月以内に下肢の痛みが出なくなったとのことで、「プレーに支障を来さなくなりました」と報告してくれました。
なお、今のところ、コンドリアーゼによる治療を実施できるのは、日本脊椎脊髄病学会や日本脊髄外科学会が認定する「指導医」がいる医療機関に限られています。正しい診断と、髄核に的確に針を刺せる経験と技術が必要なので、最初の1年間は設備の整った医療機関で、経験のある指導医が治療を進めていく方針を取っているからです。
現段階でコンドリアーゼ(ヘルコニア)による治療が実施できる医師や施設は、日本脊椎脊髄病学会のサイト内「ヘルコニア治療の実施可能医師及び施設リスト」で検索できます。今後、経験を積んだ指導医による講習を行うなどして、治療の裾野が広がることが期待されます。